作品タイトル不明
王都へ ⑪
感嘆が口を衝いて出る。
「・・・すごい部屋だ」
「あら。貴女には分かるのね」
「・・・えっ?」
離れた場所から掛けられた、柔らかくて耳触りの良い声に釣られて視線を巡らせると、部屋の少し奥の方に天蓋付きの大きなベッドが有って、テレサが手招きしている。
「こっちへ、いらっしゃい」
「・・・あ。はい」
「はい」
ルナリアと二人でベッドへ近付くと、夜衣姿の女性が半身を起こしている。少し不健康に見えるほど痩せてはいるけど、ものすごい美人さんだ。
顔立ちはテレサによく似ていて、テレサが大きくなったら、こんな感じかな、と思わせる人。
「貴女たちが、ルナリアちゃんとフィオレちゃんね?」
「ルナリア・ウォーレスにございます」
「・・・はい。お初、お目に掛かります。フィオレ・ピーシスと申します」
乗馬服姿だけどカーテシーすると、目を細めて柔らかく微笑んでくださる。
「はい。よく出来ました。私がテレサの母です」
「お母様。今日はお顔の色が良いですわ」
「先日、フレイアが治癒術式を施し直してくれましたからね。貴女たちのことも、フレイアが色々と話してくれましたよ」
「・・・色々と、ですか」
「ええ。色々と」
お母様・・・、何を言ったんだろう?
セリーナ様そっくりに目を細めて微笑むところが、底が見えなくて恐ろしくも有る。
この人が、王妃・アマリリア様。
セリーナ様の姪であり、社交の弟子。
お婆様の教え子で、ミリア叔母様が代わりを務めている、真の社交界の 首領(ドン) 。
王様の治世を陰から支える王国の重鎮オブ重鎮。
深い知性と懐の深さを悟らされる深緑色の目には、慈母の暖かさが同居している。
確か、ハロルド様の従妹でもあるんだよね。
ルナリアから見れば 従叔母(いとこおば) 様だ。
王国の端っこに在るウォーレス家が、意外なほどに王家と密接なことを、改めて認識する。
ベッドの上へ身を乗り出しているテレサは、報告すべきことを思い出したようだ。
「あっ、お母様。わたくし、解毒術式を修得したのですよ」
「まあ。そうなの?」
病でやつれた細面の王妃様が目を丸くする。
「・・・テレサは、がんばっていましたよ。自分の手で王妃様を助けるんだ、って」
「そうなのね。ありがとう、テレサ」
王妃様は優しい手つきで愛娘の頭を撫でる。
嬉しそうに撫でられていたテレサが、表情を引き締める。
「それで、お母様。わたくしに、お母様の解毒を試させていただけませんか?」
「そうねぇ。オーグスト様のお許しが出れば、お願いしても良いかしら」
分かりやすく思案顔を見せるように、王妃様は小さく首を傾げる。
「はい! わたくし、お父様のお許しをいただいて参ります!」
「お願いね。・・・オーグスト様は、今、国内の混乱を収めるのに、お忙しいようなのですけれどね」
勢い込むテレサを宥めるように、王妃様は微笑む。
おや?
夫婦仲が悪いとは聞いていないけど、ちょっと違和感。
忙しい王様は、王妃様のお部屋へ足を運ばれていないのかな?
同じ王城の中に居ても会えないぐらい忙しいのか。
それとも・・・?
でも、王様への直談判の機会は有る。
「・・・私たちに登城を命じられたのは国王陛下ですから、近く、拝謁させていただけるでしょう。私的な拝謁と聞いておりますので、そのときに、私たちからも陛下にお願い申し上げても構いませんか?」
「そうですか。・・・でも、近日、フレイアたちが凱旋するのでしょう? そのときにした方が良いかも知れませんよ」
「・・・・・」
あれ?
やっぱりだ。
お母様たちが北部地域から帰るまで交渉するな、と?
毒の後遺症で苦しんでいるご本人なのに、慎重だよね。
高貴な立場で裕福な生活をしている人が肥満体になることは有っても、健康体で痩せ細ることは無いだろう。
王妃様も、元々は、ふっくらと柔らかいお姿だったはず。
こんなに痩せるほど苦しんだのに、慎重になる理由が有る?
普通なら、差し伸べられた救いの手に飛び付いてもおかしく無い。
その救いの手が愛娘の手なら、尚更だ。
今日が初対面の私なら兎も角、魔法を使うのは娘のテレサだよ?
そして、使う魔法は体に悪影響が無い治癒魔法系・・・。
どこにも問題は無いように思える。
もしや、信用の問題では無く、政治的理由かな?
ミリア叔母様は、王妃様の近況をテレサに伝えるときに、お母様が治癒魔法を使って、「王宮の治癒術師が、もう、命の心配をしなくても大丈夫と言っていた」と言わなかったか?
これは、王宮に居る治癒魔法術師の立場に配慮して、ということか。
派閥がどうとか以前に、各方面への配慮をしないと、ご自身の命に関わる利益にも飛びつけない?
いや、「飛び付かない」のか。
ご自身の治療も、社交の一環、ということ?
王家の自宅でも在る王城内には行政機関である”王宮”が同居していて、例えば、治癒魔法ひとつを取っても、王宮の治癒魔法術師が居て、王都魔法術士団が居て、魔法術式学術研究院が在って、さらには、たまに訪れるお母様が居る。
同じ器の中に、同じような機能を持ち、立場が違う者たちが居れば、当然、手柄争いというか、何らかの形で闘争が起こるのだろうことは、私にも理解できる。
権力者の命を繋ぐ治療ともなれば、”相応の栄誉”のようなものが得られるのだろう。
実際には、裏でお母様が王妃様の命を繋いでいたのだろうけど、治療の栄誉を誰に与えるかも社交の一環だと考えてのことだとしたら・・・。
王妃様は、生死の境に有っても、ご自分の命さえ社交の 手札(カード) に使うというのか。
しかも、ふんわりと微笑んで本心を悟らせないまま、栄誉をエサにコントロールする?
覚悟というか、生き様の凄まじさに背筋が寒くなる。
これが、女の―――、社交で戦う人たち・・・。
この人にとって、社交の場が戦場なんだね。
お母様の”友人”と言うだけのことは有るよ。
賭ける” 賭け金(チップ) ”は、自分の命。
求めるものは、王国の安定と王家の存続。
戦い方と戦う場所が違うだけで、王妃様とお母様は生き方が似てるんだ。
この人を死なせちゃダメだ。
目的と手段は理解できても、ご自分の命を交渉材料にする遣り方には賛同できない。
テレサのお母さんでも有るけど、これほどの覚悟が有る人に死なれちゃ困る。
私にとっての正義は、一方的な勝利だ。
いつ襲い掛かってくるか分からない”敵”ばかりの世界だからこそ、戦う力が有る味方を死なせて堪るか。
この人の戦い方を邪魔する気は無いし、ご意向には沿うつもりだけど、私の考え方は少し違う。
王宮内の”栄誉の奪い合い”なんて、くだらないもののために、苦しんで欲しくない。
心の中で頷いた私は、王妃様の目をしっかりと見る。
「・・・そうですね。お母様が居る場でお願いした方が、確実にお許しを得られるかも知れません」
勝負に出るタイミングを計る、と、言葉を選んで言ったら、王妃様はくすくすと笑った。