作品タイトル不明
王都へ ⑨
「これはこれは、アリストテレジア王女殿下。田舎から無事のご帰還、お喜び申し上げます」
「田舎は遠かったでございましょう?」
「田舎での生活は、さぞや、ご不便だったことでしょう」
「田舎は行くのも戻るのも大変ですからなあ」
田舎、田舎、と連呼される度に、黙ってテレサの後ろに控えているルナリアの頭にポコポコと“怒りマーク”が増えていくのを幻視する。
インターネット掲示板に描かれる顔文字で言えば、頭に血が上った血管を示す「♯」が増えていく感じだね。
内心はプンスコ怒っているはずだけど、目を閉じて涼しい顔を装っているルナリアは偉い。
私でも、何度もイラッと来ているぐらいだから、ルナリアがイラッと来ていないはずがない。
後でヨシヨシしてあげよう。
今、私たちは、王城3階層の廊下に居る。
王都に入ってから、ずっと正面に見えていた王城は、目の前まで着くと、本当に大きな建物だった。
建物の背丈は、私が予想していたように、10階建てのマンションよりも高いはずだ。
10階建てだと、ざっくり地上30メートルぐらいかな?
目測で測っても、30メートルは明らかに超えていたはず。
遠くから見えていた外壁の数少ない窓は、上層階のもので、1階層から3階層までの下層階には、縦に3段、普通に多くの窓が規則的に並んでいた。
下層階の外壁には10メートル間隔ぐらいで観音開きであろうガラス窓が整然と並んでいるのに、上を見上げていくと、外壁の半ばぐらいから上には窓が殆ど無くなる奇妙な外観をしていたのだ。
テレサに訊こうかと口を開きかけたら、丁度、到着してしまったので訊けなくなってしまった。
私が覚えていたら、というか、窓位置の謎について聞く機会も有るだろうから、まあ、良いや。
建物の玄関―――、靴を脱ぐわけじゃないから「出入口」か、出入口は、真ん中ぐらいに在るらしく、右を見ても左を見ても、建物の端が見えなかった。
日本に居た頃を含めても、私の人生で、ここまで大きな建物は初めて見たよ。
王城に着いてからの様子は、ザ・プリンセスのテレサが、本当にプリンセスだったのだと実感させられるものだった。
三つの城門を潜って王城の出入口の前で下馬した私たちは、ずらりと並んで控えていたお仕着せのメイドさんたちにお辞儀で出迎えられ、 轡(くつわ) を取りに来た兵士さんに手綱を預けた。
私たちの馬は、テレサの馬と併せて王城内にある騎士団の厩舎で預かってくれるそうだ。
輜重部隊に預けている私たちの衣服は、私たちが逗留する部屋に届けてくれるらしい。
長旅を終えて帰宅したテレサの後ろに付いて、想像していたよりも装飾が少なくてスッキリとした出入口から入城すると、廊下を行き来する人たちが慌てて壁際に退いて頭を下げる。
モーゼが海を割ったように、テレサの行く手に道が開いて行った。
行政機関である”王宮”の官吏―――、お役人であるらしいお仕着せの人たちは、黙ってテレサに道を譲るのだけど、黙って譲らない人たちも居る。
正確には、道を譲っては居るのだけど、大人しく”黙っていない”人たちが居るのだ。
そこで連発されたのが、さっきまでの「田舎」発言だよ。
メイドさんに先導されて王宮の廊下を歩くテレサが数メートル進む度に、金糸や宝石で飾られた衣服に贅肉を押し込めたオッサンどもが声を掛け、下心満載のニヤケ顔を全力で披露してくる。
テレサに付き従っている私たちのことはテレサのオマケというか、付き人というか、ご学友? それとも、侍女か何かだと思っているのか、誰一人として見向きもせず空気扱いしてくれている。
なお、アレイオス叔父様とミリア叔母様は王城に入って馬を降りた途端、ノーアをピーシーズに押し付け、王城付きのメイドさんに私たちの案内を任せて、さっと、どこかへ行ってしまった。
あの夫婦、本当にフリーダムだな。
王城まで無事にテレサを送り届けたので仕事が終わった、というよりも、叔母様のところにも、叔父様のところにも、駆け寄って何かを耳打ちしている人たちが居たから、別の急ぎの仕事に引っ張って行かれたのだろうけどね。
居なくなるのは、いつものことなのか、叔母様夫婦がいなくなったことに対してテレサも何も言わなかった。
王女様でも放って行くのだから、そりゃあ、息子たちが放置されるわけだわ。
また別のオッサンに声を掛けられて、テレサが営業用スマイルで迎撃し始めた。
久々の帰還とはいえ、少し廊下を歩くだけで、この調子では、気が休まるときもないだろうな。
でも、このオッサンたち、気付いて居るのだろうか?
私たちの後ろにはピーシーズがノーアを守りつつも、しっかりと控えているけど、近付いてくる連中を目付きも鋭く監視はしているものの、何も言わず備えている。
そう。備えているんだよ。
万が一にも私たちの身に危険が有ったら斬る気マンマンで備えている。
ピーシス家に仕える女性騎士の危険性を知ってか知らずか、テレサにしか興味が無いオッサンどもに空気扱いされている私たちも、見知らぬオッサンなんかと話したくも無いし、無視されていて有り難いぐらいだけどね。
下心が丸見えというか、欲望を隠すつもりも無さそうなオッサンどもの図々しさに、吐き気すら催してくる。
このオッサンども、どこかで見覚えが有るニヤケ顔だと思ったら、前世で私を口説きに来ていた上司のオッサンに似てるんだ。
そんなオッサンどもの矢面に立っているテレサが、どう思っているかなんて聞くまでも無く、さっきから、ずっと、「お気遣い、ありがとうございます~」・「おほほ~」・「いえいえ~」と、三つのセリフしか口にしていない。
オッサンどもも、気付けよ! っていうか、テレサがどう思っていようが、オッサンどもは、どうでも良いんじゃないだろうか。
オッサンどもが取り入って利用したいのは、テレサでは無く王様だろうからね。
目の前に居るテレサに話しかけては居ても、オッサンどもはテレサを見ていない。
王宮というか、貴族社会の面倒臭さが垣間見えて気持ち悪い。
良くも悪くも、スッキリ・サッパリとした脳筋の巣窟、ウォーレス領は、どれだけ過ごしやすい環境だったのか。
信用できない大人たちに囲まれた、こんな場所でテレサは暮らしてきたんだね。
そりゃあ、本心を悟らせない貼り付けた営業用スマイルが処世術になるわけだわ。
ようやく群がるオッサンどもが掃けて、一つ、溜息を落としたテレサが顔を振り向けてきた。
「こんな感じですのよ」
「・・・お疲れさまだねぇ。―――、うん?」
テレサを労っていたら、ガッシリと私の手が握りしめられた。
「ん!」
目は怒っているのに固く口を閉じて黙ったままのルナリアが私を睨んでくる。
「・・・どしたの?」
「んん!」
プルプルと首を振るけど黙ったままのルナリアの顔を、はっしと両手で捕まえる。
「・・・ちゃんと話してくれないと、分かんないよ」
「んんん~!」
あれ? ルナリアの頬って、こんなに固かったかな?
むにむにぐにぐにと頬肉を揉んでいたら、段々といつものモチモチぷにぷに感が戻ってくる。
「ぷは~! 何なのよ、何なのよ、何なのよ! 田舎、田舎、田舎って! ムキー!」
突如として怒りだして、ダン! ダン! と廊下を踏みつけて絵に描いたような地団駄を踏み始めた。
「・・・おおっ。我慢しすぎて顔が強張ってたのか」
すごく頭に来たけど堪えているうちに、顔の筋肉が硬直してしまっていたらしい。
いつもは直情的に反応するルナリアが、珍しく黙って言われっ放しで我慢していると思ったら、我慢のレッドゾーンを振り切れて話し方を忘れるぐらいに怒っていたようだ。
「・・・よく、手を出さなかったね?」
「お父様たちが戦場で頑張ってるのに、わたしが足を引っ張る真似なんてできないわ!」
「・・・おおっ! 偉いよ、ルナリア!」
感動に突き動かされるままに、頬肉を離したその手でルナリアを抱きしめた。
「ちょっ! 恥ずかしいってば!」
「・・・むぎゅ!」
いつもなら大人しく抱きしめられてくれるのに、頬を赤くしながら顔を押し退けられてしまった。
くそぅ、反抗期か?
初対面のメイドさんが微笑ましそうに生暖かく見守っているせいか。
仕方ないな。
羞恥心の発露というルナリアの健やかな成長を喜ぼう。
とはいえ、ルナリアに逃げられた私の両手が手持ち無沙汰だな。
ルナリアの代わりなら目の前に居るか。
「・・・じゃあ、テレサ。褒めてあげよう」
「嬉しいですけれど、遠慮しておきますわ」
ミリア叔母様を真似て「カモーン!」と両手を広げたら、首を振って拒否されてしまった。
コロコロと笑うテレサも、ストレスを忘れて肩の力が抜けたみたいだね。
ちぇっ。だったらノーアだ。
私には、まだノーアが居る。
振り返って両手を「カモーン!」と広げる。
「・・・ノーア。おいで~」
「にゃ。ねえさま」
「・・・おお。ヨシヨシ、良い子だね~」
テレサにもフラれたから、ノーアを抱きしめたら抱きしめ返してくれたので、無事に私の心は満たされた。