作品タイトル不明
王都へ ②
「殿下。・・・本当に馬車をお使いにならないので?」
「息苦しいだけですから、王都の目前までは馬で参ります」
テレサにツーンと顔を背けられて、隊長さんと一緒に追加で来た護衛騎士さんが涙目になっている。
「早駆けするわけでも無い。問題無かろう」
「ハインズ様。長らくお世話になりましたね。その上、立派な軍馬まで頂戴しまして、何とお礼を申し上げれば良いものか」
取りなしに入ったハインズ様に、テレサは親愛の念に満ちた面持ちで頭を下げる。
フッと表情を緩めたハインズ様は首を振る。
「姪孫への手向けだ。王都へ帰っても励まれよ」
「はい。必ずや」
目尻に涙を滲ませたテレサをセリーナ様が抱き寄せる。
「アマリリアが元気になったら、また来なさいな」
「はい。是非に」
テレサもセリーナ様を抱きしめ返して、首元に頬を寄せている。
感動の離別シーンだな。
一方、テレサのすぐ横でお爺様とお婆様に見送っていただいている私の場合、ちょっと感じが違う。
「加減するのですよ」
「無茶はするでないぞ」
「・・・はい」
うん。自業自得かな。
心配している相手が私ではなく周囲のような気がする。
お母様が見送られるときも、こんな感じだったのだろうか。
「皆も、必要以上に気を抜かないようにしなさい」
「「「「「はっ」」」」」
ピーシーズの返事に頷いて、お婆様たちは顔を振り向ける。
「アレイオス殿、ミリア、お願いね」
「心配ないわよ」
「お任せを。移動経路の領には話を付けてあります」
「アレースとアスクレーをお願いね」
長男と次男の二人を置いて行くミリア叔母様に、お爺様とお婆様が頷いて返す。
あの二人、どこへ行った? ―――、あ。あんなところに。
当のお兄様たちは、叔母様からのお小言を避けるためか、私たちと言葉を交わした後、そそくさとテレサに挨拶しに行ってしまい、テレサと挨拶を交わした後は、さらに距離を取っていて、叔母様からは見えにくい位置取りで家人の人たちと話している。
要領の良さは両親譲りなのだろうし、危険察知能力が高いことは良いことなのだろう。
「アレースはファーレンガルド家の迎えが来るのであったな」
「明日にはレティアに到着するものと」
「分かった。二人も息災でな」
テレサとの別れを済ませたハインズ様たちがルナリアのところへとやって来る。
「色々なものを見て、しっかりと学んできなさいな」
「分かったわ!」
「ヨシ。行ってこい!」
「行ってきます!」
セリーナ様とハインズ様に代わる代わる頭を撫でられたルナリアは、ぺったんこの胸を張って宣言する。
一通りの挨拶が済んだと見て取ったテレサが鞍によじ登って馬上の人となる。
ルナリアと私も鞍へとよじ登って手綱を握った。
「それでは、皆様。またお会いできる日まで、お元気で」
最後の挨拶を口にしたテレサが、鐙で馬の腹を優しく蹴る。
目抜き通りへ見送りに出て来た多くの領民たちに手を振り、手を振られ、私たちはレティアの町の北門を出る。
今回の王都へ向かうルートは、お母様たちが敵地とも言える領地を選んで見せつけながら辿ったものとは違う、南部地域を通って途中から進路を変えて北上する、予定7日間のものだ。
“保守派”領地と、内戦の初動でお母様たちが蹂躙した“中立派”領地しか通らないので、比較的安全度が高いと判断して、アレイオス叔父様が事前に通行の承諾を取り付けてあるらしい。
反感を持っているかも知れない”中立派”領地を通るときは、念のため、王都の騎士団を先行させてルートの安全確認を行うのだそうだ。
隊列の並びは、ウォーレス領軍の騎馬が先導して、アレイオス叔父様の馬、ミリア叔母様とノーアが乗る馬車、お土産と荷物とレーテさんだけを乗せたテレサの馬車、ファーレンガルド家の家人が乗る馬車、ネルド隊長が率いる王都騎士団、テレサの馬、ピーシーズとテレサの護衛騎士の混成部隊、ウォーレス領軍本隊と輜重部隊、となる。
ルナリアと私はテレサの馬に併走して壁役と囮役を兼ねる。
そんな意味もあって、私たち3人は乗馬服の上にフード付きの分厚い外套を着ていて、防寒を兼ねたスカーフで顔まで隠している。
フードの裏にまで毛皮が張られたエスキモーみたいな外套なので、寒空の下でも、すごく暖かい。
同じような服装で、同じような体格で、傍目に見れば、テレサの馬車にテレサが乗っていないとは思わないだろうし、私たちの存在に気付いても、どれがテレサか見分けが付かない。
しかも、この隊列の中で最も強力な戦力は、領民強化プログラムに則って森で血を飲み、鍛えまくってきたピーシーズとテレサの護衛騎士の混成部隊だ。
ウォーレス領の脳筋ウィルスに感染したテレサの護衛騎士たちは、脳筋具合が進化して、もう、心身共にムッキムキなんだよ。
ピーシーズやウォーレス領の騎士様たちと一緒になって、剣を振り回して戯れていただけ有って、連携もバッチリらしい。
彼ら、彼女らが分厚い壁になって敵の突破を許すとは思わないし、私たちも馬の扱いに熟達して来ているので、万一の場合には騎馬の機動力を活かして離脱することもできる。
まあ、敵が隊列に近付く前に、私の“恒星”で吹き飛ばすんだけどね。
シュウゲキシャ殺すべし、慈悲は無い。
騎馬1000騎程度の護衛態勢だけど、ルート選定から考えて過剰戦力と評価されている。
馬車を牽く馬も全てがウォーレス領産のパワフルな軍馬にチェンジされているので、移動速度が通常の馬車よりも速く、移動可能距離も長い。
華美さは無いが、質実剛健で中身はかなり豪勢な行軍となっている。
イメージで言えば、公道を普通の市販車が走っていると思ったら、中身はお金の掛かったレース用車両だった、ぐらいの感じかな。
各領地を隔てる関所の通過もウォーレス領軍の騎馬が先触れに走るので、可能な限り、ノーチェック・ノンストップの超特急だ。
一定の距離、一定の時間で、馬を休ませる必要が有るから、道程という意味ではノンストップでの移動は不可能なんだけどね。
騎馬はまだまだ歩けても、騎馬と同じペースでは輜重の荷馬が保たない。
鐙を踏んで鞍に跨がっている私たちのお尻や脚も保たない。
通過する“保守派”領地の貴族家は特に、将来の神輿たるテレサに挨拶したがるので、そう言った貴族は隊列に走りながら合流して、休憩時間にテレサのところへ挨拶に訪れる。
鈍臭い領主だと、挨拶に来ることも出来ないんだよね。
事前に通行の打診が有った上での通過なのだから、対応できない方が対処能力を問われる。
なかなかのスパルタ思考だけど、他国の脅威に備えている”保守派”領地は、ちゃんと対応できている。
移動を続ける高難易度ターゲット化したテレサを掴まえることに成功した領主さんからは、決まって領地の領主館に宿泊してくれと懇願されるのだけど、テレサは”王命で王都へ帰還する急ぎの道程”と理由付けして丁重にお断りしている。
実のところは公務中でもないテレサが政治的思惑が丸出しの接待を嫌ったことと、”騎士団の遠征と同じ規格の野営”を望んだからなんだけどね。
最初から宿屋に泊まることすら拒絶する気のテレサが、貴族の領主館への逗留を受け入れるわけが無い。
こんな移動計画は異例も異例、なんだって。
将来、王権を担うのであれば国軍を率いての遠征も有り得るし、経験しておく価値は十分に有ると、ハインズ様とセリーナ様の推奨を引き出して、テレサ自身がアレイオス叔父様とネルド隊長に認めさせた。
王女としては型破りなのだそうだけど、テレサの逞しさと交渉能力の高さを示す事例となって、隊長さんは感服していたよ。
普通なら侯爵夫人が同行する道程で軍隊基準の野営など有り得ないし、ご婦人が卒倒するような計画なのだけど、その”ご婦人”とはミリア叔母様だよ。
お母様に引っ付いて“魔の森”を駆け回って育ったミリア叔母様にしてみれば、騎士団準拠なんて気分転換のお遊び程度なのだそうだ。
宿泊と野営の最大の違いは、おトイレだね。
女性が多いから、天幕を使ったおトイレ用の囲いが設えられたのだけど、この場合のおトイレとは、地面に穴を掘って、2枚の板を渡して、片足ずつ踏んだその板の上で踏ん張って、穴の中に爆弾を投下するものだ。
この板、おトイレのために、わざわざ積んできたのかと思ったら、違ったらしい。
街道のぬかるみを渡るために、準備の良い馬車には踏み板が積んであるものなんだって。
青空の下で投下する爆弾も開放感があって良いものだよ。
こっちの世界って、ちゃんとおトイレ用の紙が有るから、野営用物資の中にも含まれている。
30センチメートル角ぐらいのガサガサした手触りの粗い紙だけど、その辺の葉っぱに較べれば、十分に役目を果たしてくれる。
私は実物を見たことが無かったけど、確か、日本でも昔はトイレ用の紙はロール状では無かったと聞いたことが有る。
2メートル近くの深さがある穴に爆弾と使用済みの紙を投下したら、脇に積んである土を、突き刺してある 鋤(すき) で掛けて”現物”を隠す。
埋めてしまえば臭いも上がってこないし、虫も寄って来ないし、天然素材ばかりだから、野営地撤収の際には穴を埋め戻してしまえば証拠は隠滅される。
次に”現物”が人目に触れるのは、数億年後の化石か何かになった頃だろう。
アレイオス叔父様は騎士団出身だし、ファーレンガルド家の家人は平民階級の人ばかりだし、ルナリアも私もサバイバル経験者だから、野営程度で泣き言を言う者は一人も居なかった。
―――、あ、いや。一人だけ、インドア派のレーテさんが半泣きになっていた気がするね。
まあ、レーテさんはテレサの侍女で、彼女に拒否権は無いから忘れよう。