作品タイトル不明
王都へ ①
「アリストテレジア王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「遠路、ご苦労でした」
5メートルほど手前で跪いた初老の騎士を、営業用の微笑みを貼り付けたテレサが鷹揚に労う。
王都での―――、普段のテレサは、こんな感じなんだね。
嘘くさい微笑みに見えてしまうのは、私たちと一緒にはしゃぐ自然体のテレサを見慣れているせいだろう。
今、私たちは、領主館の広間で王都からの使者の謁見に立ち会っている。
広間の真ん中に赤絨毯が敷かれた最奥に式典用の派手な椅子が1脚置かれ、テレサの両脇には大叔母のセリーナ様と、護衛騎士の中でもっとも偉い小隊長さんとレーテさんが立ち、その更に両脇には右手に護衛騎士さんたちが、左手にウォーレス領の騎士様たちがキッチリと整列して控えている。
そのウォーレス領軍側の騎士さんたちの 上手(かみて) に紛れているのがセリーナ様の補佐役であるお婆様と領主代行補佐のお爺様、そして、次期領主のルナリアと私。
ファーレンガルド家当主の正妻であるミリア叔母様とアレースお兄様、アスクレーお兄様は、護衛騎士さん側の上手に立っている。
ノーアは流石に儀礼の場へ参列するには幼すぎるのでピーシーズとお留守番だよ。
列の中にハインズ様とアレイオス叔父様の姿が無いのは、使者さんの数歩ほど後ろに跪いているからだね。
「此度は、国王陛下より、親書をお預かりいたしております」
「これへ」
テレサの命を受けたレーテさんが歩み出て、恭しく使者さんが差し出した親書を受け取ってテレサの元へと届け、蝋封を割って丸められていた手紙に目を通したテレサが頷く。
「王都へ帰還せよ、と。確かに承りましたわ」
テレサの返答を受けて伝書鳩の役目を終えた使者さんが深く頭を下げてから立ち上がり、跪いたままで動かないハインズ様とアレイオス叔父様のお二方へと向き直る。
カツッ、カツッ、カツッ、と足音を高く響かせて赤絨毯の外側を進み出てきた使者さんの従者役が、使者さんに最接近した位置で赤絨毯側へと90度方向転換し、高級そうな意匠の木箱に入った新たな封書を使者さんの手元へ届ける。
封書を受け取った使者さんは蝋封を割り、広げた書面を高く掲げる。
「王命である! ファーレンガルド卿に、アリストテレジア王女殿下の王都帰還の護衛を命ずる! また、ウォーレス家には護衛兵力の提供を命ずる!」
「「王命、承った」」
跪いたまま厳かな声で返すハインズ様とアレイオス叔父様の回答を受け取った使者さんが、右拳をガツンと鎧の胸に当て、その敬礼をもって、拝命の儀式は終了した。
完爾と笑った使者様が差し出す手を、立ち上がったハインズ様がガッシリと握り返す。
「ハインズ様! お久しゅうございます!」
「久しいな、ネルド! 息災そうで安堵したぞ!」
ハインズ様の空いた手でバシバシと肩を叩かれている使者さんは笑っているけど、かなり痛そうに見える。
使者さんも大変だなあ、などと暢気に構えていたら、赤絨毯の向こう側からミリア叔母様が合流してきた。
セリーナ様に連れられて、椅子から立ったテレサも合流してくる。
広間の入口の方で控えていた使者さんの随伴騎士さんたちと、整列を解いたテレサの護衛騎士さんたちも、にこやかに挨拶を交わし合い始めた。
同じ王都騎士団の騎士さんたちなのだから面識が有って当然だな。
ハインズ様の親睦の殴打を耐えきった使者さんは叔父様と握手を交わしている。
「アレイオス殿も、目覚ましい働きで陛下も満足なさっておられたぞ!」
「お褒めいただくのは有り難いのですが、岩塩の流通の件でしたら、功労者は私では有りませんよ」
「と、言うと?」
「妻の姪、フィオレ嬢と、ハロルドの娘、ルナリア嬢の功績です」
叔父様の視線を受けて、ミリア叔母様に背中を押されてルナリアと私は使者さんの元へと連行された。
「おお、ミリア殿。久しいな」
「使者の任、お疲れさまでした。ネルド隊長」
「で。こちらが?」
にこやかに叔母様と挨拶を交わした隊長さんの視線が低い位置―――、私へと移る。
「姪のフィオレですわ。ルナリアとは面識がございましたわよね?」
「ネルド様、お久しゅうございます!」
どのタイミングで挨拶すれば良いのか迷っていたら、突撃隊長ルナリアが突撃した。
元気よく挨拶するルナリアに合わせてか、隊長さんは完爾と笑う。
「うむ! ルナリア嬢の成長ぶりはベルーサーの報告書でも目にしたぞ!」
「いいえ! わたしなど、まだまだですわ!」
「いやいや、大したものだ! これからの活躍も期待しておる!」
「はい!」
いよいよ私へと視線が戻って来たので、タイミングはここしか無いとカーテシーする。
「・・・フレイア・ピーシスの義娘、フィオレにございます。どうか、お見知り置きを」
「うむ。王都騎士団南部方面隊の隊長を拝命しているネルドだ。此度は大変な働きだったそうだな。先日の戦でも活躍したとか。フレイアの娘自慢は王都でも知れ渡っておるぞ」
「・・・そ、そうですか」
知れ渡ってる、って、お母様・・・。
一体、何と自慢したんだろうか?
凄くハードルを上げられている気がする。
アレイオス叔父様が手のひらで私を指す。
「隊長。このフィオレ嬢が、件の岩塩鉱床の発見者であり、“魔の森”開発の立役者であり、流通阻害の無効化策立案者でもあります」
「なんと。噂以上の才女か」
隊長さんが目を瞠る。
改めて数え上げられると反応に困るね。
森の開発も塩の供給も私が言い出したことで否定しようが無いし、否定するものでも無いし、鉱床発見は幸運以外の何ものでも無かったけど、謙遜するのも、おかしいかも。でも、その時、その時で、私は必死だっただけだしなあ。
隊長さんは私たちとテレサの顔を見比べる。
「ルナリア嬢とフィオレ嬢は、殿下とも懇意だとか?」
「ええ。私の親友であり、同志ですわ」
「同志、と申しますと?」
首を傾げる隊長さんに、テレサは無邪気に見える笑みを向ける。
「いつの日か、勇王を倒しますの」
「倒すわよ!」
「・・・そうだね」
「これは頼もしい! その時は、この老骨も馳せ参じますぞ!」
隊長さん、テレサの無邪気っぽい笑顔に騙されて本気だと思っていないよね?
テレサは本気だと思うよ。
お母様たちと対等に話せるだけの知見が有って頭の良いテレサが勇王討伐を宣言したことに、真面目に向き合わないと、後で慌てる羽目になるんじゃないかな。
未来の女王様になる可能性が高いテレサの言動は、もっと重視した方が良いよ?
言質は取ったから、「その時」には本当に馳せ参じて貰うからね?
まあ、普通の大人だと、反応はこんなものか。
隊長さんの反応に私と同じような感想を持ったのか、コロコロとお上品に笑っているテレサの目の光は決して笑っていない。
儀礼のときに貼り付けていた嘘くさい営業スマイルは、こういうことだったか。
子供の言うことと軽視しないウォーレス家の人たちが、どれほど懐が深くて思慮深いのかを目の当たりにした気がしたよ。