作品タイトル不明
解毒魔法 ⑦
「本当!?」
「・・・終わったのですか!?」
呼び出された領主執務室のソファーで、私たち3人―――、いや、4人と向かい合って座るハインズ様とお爺様が揃って大きく頷く。
待ち望んだ朗報に、お二人の表情も明るい。
「先ほど、ハロルド様から報せが届いた」
「西部国境地帯は完全に鎮圧を終えたぞ」
ノーアが間に居るのに、ノーアを挟み込んでルナリアと抱き合っちゃったよ。
「・・・こちらに損害は有ったのでしょうか」
「まるで無かったそうだ。フレイアたちが“準備砲撃”で、アムシェリー領の領都を半ば瓦礫の山に変えたらしい」
「一方的な損害を与え、敵の戦意を挫くと共に突入時の抵抗を最小限に抑えることが出来た。新戦術は絶大な効果が有ったと言えよう」
お母様たちの助けになったのか。目を細めて頷くお爺様の言葉に、ぐっと胸が詰まる。
「・・・良かった」
「じゃあ、お父様たちが帰ってくるのね!」
パッと表情を輝かせたルナリアに、ハインズ様は重々しく首を振る。
「まだだ。バルトロイが北部の“融和派”を抑え切れて居らぬ」
「ええっ!?」
「・・・今度は北部地域へ転戦するのですか?」
マジか。
喜びで詰まり掛けた胸の支えがスッキリと通っちゃったよ。
ルナリアががっくりと落胆する。
私もだけど、西部を落として管理を王都騎士団に押し付けたら、レティアへ帰って来られるものだとばかり思ってた。
「転戦、というよりも、支援だな。グライアレー侯爵家の面目を潰すわけには行かぬ」
「・・・グライアレー家?」
どこかで聞いたことが有る家名だな。何だったっけ?
「北部方面というよりも“融和派”の中心的存在で、サリトガ・グライアレー侯爵が現・当主の家ですわ」
「要は、宰相閣下ね!」
「・・・あっ。そっか」
自ら進んで王宮で軟禁されていると聞いていたから敵勢力に数えていなかったよ。
「北部地域では、大きな戦闘は起こっていませんでしたよね?」
テレサが首を傾げる。
「王都騎士団と東部から派遣された“保守派”の連合軍と、北部の“融和派”で、ほぼ、睨み合っているだけだな」
「・・・戦力的に、状況はどうなのですか?」
ここ、重要だよ。
下手すると連戦と移動で疲れきっているお母様たちが矢面に立たされかねない。
場合によっては、私が援軍を引き連れて北部地域へ行ってやる。
「“融和派”2万に対して、連合軍3万と聞いている」
「優勢なのですね」
テレサの目元が、ふっと緩む。
「数だけで無く、そもそもの質が違う。現・当主のアレイオスが南部で政治工作に動いているためファーレンガルド侯爵家は動けぬが、大将・ドネルクの副官に次期当主のバルトロイが就いている故、クローゼリス公爵家が出兵している」
「ファーレンガルド家と同じく、“魔の森”に面した領地だからな。クローゼリス家の兵も、なかなかの精兵だぞ」
「そこへ圧倒的な勝ち方をしたウォーレス領軍が駆けつけるだけでも、膠着した戦線には大きな圧力になる」
「・・・んん? お聞きした状況からすると、北部地域には、王都騎士団団長だけでなく、魔法術師団団長のバルトロイ様までもが揃って事に当たられているのですよね?」
なんで?
騎士団長閣下って、現在の物理的最強って言われている方だよね?
バルトロイ様は、お母様が認めるほどの魔法術師のはず。
そのお二人が揃っている戦線で膠着状態って、おかしくない?
「言いたいことは分かるが、西部で流通阻害が行われていた以上、北部の流通まで阻害されるわけには行かなかったのだ」
「強硬に攻めるわけには行かなかったのですね」
「・・・道理です。浅慮でした」
頭を下げる私に、ハインズ様とお爺様は揃って首を振る。
「いや。元より、東部からの輸出品が通る北部の“融和派”は、西部ほど困窮しては居らぬ。まだ十分に説得の余地が有ったのだ」
「王都周辺の“融和派”をドネルクが抑え込んだ上で北部の応援に回っただけでも戦力としては十分なのだが、流通経路の維持を優先したのはバルトロイの判断だろう」
「・・・お母様たちが転戦しても、大きな衝突にはならないと?」
「幾らかの跳ねっ返りが抵抗していたようだが、圧力が強まれば態度を変えざるを得ぬ」
よかった。私が心配したような事態には、なりそうに無いね。
「やはり、サリトガが動かなかったことが大きいな」
「・・・宰相閣下は、なぜ静観されたのでしょう?」
「アレは元々、“中立派”だったのだ。それに、西部の“融和派”は大義を失していた」
「・・・宰相閣下は“融和派”の取り纏め役を押し付けられただけの方なのですか?」
これまた予想外。
元々、“融和派”だったわけじゃなかったのか。
「どん詰まりの片側に偏るよりも中間に居た方が幅が広かろう? だから“中立派”だったのだが、グライアレー家の繋累が“融和派”に組みしていてなあ」
「・・・そういう方ですか。もの凄く打算的な方なのですね」
実に官僚っぽい感じがする。いや、ある意味では商売人っぽい、のかな。
「でも、ウォーレス領軍の圧力が加われば、そろそろ動かれるかも知れませんわ」
「そうだな。頃合いではあろう」
「・・・旗色が完全に傾く前に、政治的決着に収めることで両方に恩を売る、と」
「そういうことだ。アレは文官だからな」
「恩を売って少しずつ影響力を増すのが文官の戦い方なのだよ」
そんな感じなのか。表面上は野心を顕わにせず裏でコソコソするのは、地球の公務員と同じなんだなあ。
「・・・お母様たちとは対照的ですね」
「それは、後が有るかどうかの違いだな」
「・・・後、ですか?」
「我らは武力で戦うのが手っ取り早いから武力を行使しているだけで、政治で戦う能力を持っていないわけでは無いが、文官や弱い領地には政治で戦うしか道が無い」
「・・・強者には選択肢が有ると」
ハインズ様が、静かな目でテレサを見据える。
「ゆえに、為政者は強くなければならぬ」
「心に刻みますわ」
ハインズ様の言葉が心に響いたらしいテレサは、しっかりと頷いて返した。