作品タイトル不明
解毒魔法 ⑥
お婆様たちの姿を探したら、領主執務室には居なくて、ティールームに居た。
「あら。もう帰ったのね」
食肉加工場へ納入に行くと言ったら、セリーナ様たちは先に帰ると仰ったので領主館の前で別れたのだけど、私が思考タイムに入ったら長い、と、セリーナ様に思われてる?
「・・・聞いていただきたいお話が出来たので」
「食肉加工場で何か手掛かりを見付けたのですか?」
帰って来たノーアを傍に呼んで撫で回す手触りを楽しんでいたお婆様が私たちを見る。
「・・・市場です」
「市場?」
セリーナ様の片眉がピクリと上がった。
これは、予定になかった寄り道を叱られないうちに本題へ入った方が良いな。
「私たちの仮説を聞いていただけ無いかと」
「話してご覧なさいな」
ソファーを示されたので、テレサを真ん中に挟んで3人で座る。
ノーアはお婆様に捕まって膝の上に設置された。メイドさんたちが私たちの分もお茶を用意し始める。
「・・・お婆様たちは、雷石という魔法道具をご存知ですか?」
「鉄を含んだ石に雷撃系の術式を当てたものだったかしら」
「あの石は鉄を含んでいるのですね」
「確か、混ぜ物をした鉄粉を硬く固めたものだったはずですよ」
現代日本みたいな作り方だな。
古代中国や欧州では、鉄を叩いて磁力を持たせたんじゃなかったっけ。
まあ、良いや。私たちは磁石を使いたいわけじゃない。
「・・・雷石の用途はご存じですか?」
「代表的な使い方は方位針ね」
「南方では砂鉄集めにも使っていますよ」
「それですわ」
我が意を得たりとテレサが頷く。
「・・・砂鉄集めのように、体内の毒を集めて体外へ取り出せないかと考えました」
「そんなことが可能なのかしら?」
首を傾げるセリーナ様とお婆様をテレサが順に見る。
「バイコーンの体内からバジリスクの魔力が感じられたのです。その魔力が毒だとすれば、毒と魔力が分離してしまわないように気を付けながら魔石使用法のように魔力を掌握すれば、可能なのでは有りませんか?」
「理屈上は可能に思えますね。新しい考え方ですよ」
思案顔のお婆様が頷く。
為すがままにされているノーアを撫で続けたままだ。
想像しにくいのか中空に視線を彷徨わせたセリーナ様は、改めて首を傾げる。
「何の毒か分からない場合はどうするのかしら?」
「・・・患者本人の魔力とは違う異物が毒、とは考えられませんか?」
「生物の毒で有れば、その生物の魔力と同質でしょうが、生物以外の―――、例えば、鉱物のような毒だと魔力で感知するのは難しいでしょう」
それは私も思った。
でも、諦めない。
「・・・単に“異物”と定義して想像すれば、出来そうな気がしませんか?」
「ふむ・・・。面白いわね」
「試してみる価値は有りそうですよ」
お婆様たちが視線を交わす。
「では?」
「やってみなさいな。私も可能性を感じたわ」
セリーナ様の許可に、テレサがパッと表情を明るくする。
「フィオレ」
「・・・うん。やってみよう」
おっと、忘れる前に聞いておこう。
「・・・ところで、お婆様。砂鉄集めに使っている“南方”というのは、勇王国ですか?」
「他の国もですよ。戦場で鹵獲された方位針を模倣したものが広まったのは、勇王国の建国よりも随分と昔のことで、神教会が出所と聞きますから、勇者由来の技術だったのかも知れませんね」
やっぱり神教会か。
「なぜ、そんなことを訊くのかしら?」
「市場で立ち寄った店が魔法道具を扱う店だったのです」
セリーナ様とお婆様の目が、僅かに細められた。
「魔法道具? 西方からの流通を阻害されている、この時期にですか」
「間諜? いえ、刺客かしら?」
うんうん。そう思うよねえ。
私が心の中で頷いていたら、テレサが現物を取り出した。
「そのお店で、これをフィオレから贈っていただきましたの」
「見せてみなさい」
ソファーの真ん中に座っているテレサに代わって、テレサから受け取った私がセリーナ様の手元へと届ける。
「・・・どうぞ」
「どう? シェリア」
セリーナ様から手渡されたお婆様がブローチを検分する。
「高度な物では無さそうですが、悪くない造りですね。石で隠れていますが、刻印を見れば害の有無は判別出来るでしょう」
「高かったのではなくて?」
セリーナ様の目が私へ帰って来た。
「・・・言い値で金貨3枚。良い商品が有れば領主館へ見せに来いと言ったら、お近付きに、と金貨1枚に値切れました。光魔法を補助する魔法道具だそうで、光魔法を使う人が少ないから売れないと」
セリーナ様の瞬きの回数が増えた。
「微妙な値段ね。裏が有りそうか判断が難しいわ」
「・・・そうなのです。ただ、西方だけでなく、南方へも行くそうです」
「間諜の線が強いのかしら?」
「・・・商人本人は、まだ若い男で線の細い感じです。ポルロッカ伯爵領出身だと言っていましたが、言葉遣いも、ちゃんとしようと思えば出来る感じでした」
セリーナ様とお婆様がアイコンタクトした。
「ポルロッカ・・・ね。他国の間諜ではないなら、刺客かしら」
「・・・危険度は高くないように見えたので、情報源に使えれば良いな、と」
暫し、セリーナ様が黙考する。
「一度、本人を見てみないと判断が付かないわね」
「その商人が領主館を訪れることが有ったら、私たち大人の誰かが同席します。決して、貴女たちだけで会わないようにしなさい」
「・・・承知しました」
セリーナ様はテレサへと目を移す。
「魔石の交換は、こちらで遣ってあげます。数日で仕上がるでしょう」
「よろしいのですか?」
「刻印を確認したいから、必要経費よ」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきますわ」
大叔母様に頭を下げるテレサを横目に、私はお婆様へと視線を戻す。
「・・・ところで、お婆様。どうして、神教会は雷石などというものを作ったのでしょう? それほど使い道が有る魔法道具には思えないのですが」
「大昔は、神教会の影響地域には大きな鉱山が無かったのですよ。拡大志向が強く、強硬な手段を執ることが多い神教会に、友好的な国ばかりでは有りませんでしたから」
「・・・それでですか。鉄の調達が不安定だったのですね」
うんざりした表情で、お婆様は首を振る。
「神教会がエルフ族の国を滅ぼしたのは、有力な鉱山を押さえていたドワーフ族の国を滅ぼすための、取っ掛かりを作るのが目的だったとする歴史研究者も居るぐらいですから」
「・・・資源を狙っての侵略なんて、随分と俗っぽい神様の使徒ですね」
こんなことを言ったら地球の宗教なんて全滅しちゃうんだけどね。
私の偽らざる感想だ。
「本当にね。都合よく侵略の建前を 丁稚上(でっちあ) げる神様なんて願い下げですよ」
お婆様と苦笑を交わしていたら、セリーナ様の目がルナリアをロックオンした。
「それで。テレサとフィオレが模索している間、ルナリアは何をしていたのかしら」
「みんなの揚げ菓子を買っていたわ!」
うわ。まずい! ダメだって!
「・・・ルナリア」
「ん?」
可愛く首を傾げるルナリアに、アイタタタ、と、小さく首を振るけど、私の思いは通じなかったようだ。
渋い表情になったセリーナ様が溜息を吐く。
「ルナリア、貴女は後で残りなさい。お説教です」
「ええー!?」
市場、って聞いた瞬間のセリーナ様とお婆様の表情に気付かなかったかなあ。
せっかくお二人の意識を逸らしたのに、もう。