作品タイトル不明
猫耳ニンジャ爆誕 ㉓
「むむむ・・・」
整った柳眉を顰めて難しい顔をしたテレサが唸る。
目を閉じてイメージしようとしているけど、目に見える外傷でも逆回しに時間が戻るイメージは難しいのに、目に見えない体の内側ともなれば難しさのレベルが数段は上がる。
しかも、今、テレサが挑んでいるのは“異物”の除去―――、解毒魔法だ。
採掘場に着いて、私たちがシカを使った治癒魔法の練習を始めようとしたところ、お婆様から「待った」が掛かって、急遽、始まったのが、今、テレサが挑んでいる魔法となる。
本当の意味で”治癒”をしたいのなら、「先ず解毒から始めなさい」と言われてしまった。
図らずも新鮮な毒の補充が出来た私たちは、毒を嗅がせて昏睡状態にさせたシカを縛り上げてから解毒魔法を掛ける練習に取り掛かっているのだけど、テレサの頑張りに反して、ぐったりと横たわったシカに解毒された様子は無い。
「・・・お婆様。どうして“解毒魔法が先”なのですか?」
「体内に毒が残ったままだと、治癒術式を使っても効きがが良くないのですよ」
「・・・治癒と解毒は全く別の物? ―――いいえ。そういう意味では無いですね」
「治癒術式だけで済むのであれば、回復薬を併用すれば効果を促進できます」
私が自分の解釈の誤りに気付くと、お婆様が補足してくださった。
だよね。
毒による内臓損傷だけなら、時間を巻き戻すイメージでも治りそうなものに思える。
「ただ、いくら治しても毒物が体内から消えて無くなるわけでは有りません」
「・・・原因を取り除かないと新たな損傷を受ける、ということですか」
もしかすると、地球で言うところの消毒行為も、この「解毒」に含まれる可能性が有るのかも。
雑菌なんかも治療を阻害する原因になるのだろうから、原因を先に除去するのは道理だ。
そりゃあ、そうか。
焚き火にガソリンと水を同時に注ぎ込んでいるようなものだ。
ガソリンが注がれるのを先に止めないと、火を消せない。
ガソリン―――、毒そのものが体内に残っていたら、ダメージを受ける前の状態に体を戻しても「治した尻から新たなダメージを受け続ける」のだろう。
私が理解したことに頷きながら、お婆様は溜息を漏らす。
「そのため、毒を受けた場合、時間的にも、助かることが少ないのです」
「・・・間に合わない、と?」
「毒の種類が分からなければ解毒薬も効きませんからね。生存を優先して毒を残したまま治癒術式で無理押しすれば重い後遺症が残ります。強い毒を使われると、本当に対処が難しいのですよ」
お婆様が沈痛な表情になる。
テレサの頑張りを見守っているセリーナ様も黙って目を伏せた。
想定している 事例(ケース) は、王妃様が暗殺され掛かった事件かな。
王妃様の毒殺未遂事件の際、最善を尽くして、なお、ギリギリで王妃様の命を繋ぐことができたのだろう。
国家の中枢たる王宮にはバルトロイ様のように有名な魔法術師が居ただろうし、お母様やお婆様ほど優れては居なくても治癒魔法が使える魔法術師も居たはずだ。
それに、いくら優れていても、どれだけ心配でも、お母様もお婆様もウォーレス家系の人で、王宮から請われない限り手が出せなかっただろう貴族社会の事情や面倒臭さは、今の私には何となく想像が付く。
そもそも、ウォーレス領から王都まで、通常、馬車で一週間も掛かる距離だ。
一刻を争う救急医療の場面に数百キロメートルもの物理的距離は、どうやっても埋めようが無い時間的制約となる。
事件が起こったときに、手も足も出せなかったことに悔いを残しているのだろうね。
セリーナ様にとって王妃様は姪で、お婆様にとっては教え子だ。
お二人が王妃様を大切に想っていることがよく分かる。
娘のテレサは尚更だ。
みんな、どんな気持ちで王妃様の生還を願っただろうか。
「・・・許せないな」
ふつふつと怒りが湧いてくるけど、今は怒っている場合じゃ無いぞ。
ぷるぷると頭を振って思考を切り替える。
過ぎ去った時間のことで怒るよりも、テレサに対抗手段を与えて次に備えさせる方が大事だ。
「・・・毒の種類。・・・時間の制約。・・・どう対処するのが良い?」
私はお世話になったことが無かったけど、日本でも、毒の種類によって投与する薬が違ったはず。
例えば、毒ヘビに噛まれた場合ひとつ取っても、陸に居るハブやヤマカガシの毒は血液凝固毒で、海に居るエラブウミヘビの毒はコブラなどと同じ系統の神経毒で、毒の成分や作用が全く違うと聞いたことが有る。
同じ血液に作用する毒でも、蜂や蜘蛛の毒だと蛇とは真逆に血液を凝固させない出血毒だったりするのだ。
中和? 分離?
日本ではそれぞれの毒素に合った中和剤となる解毒薬の投与で対処していた。
でも、それは、毒素を解析して毒素が引き起こす化学反応を中和させる物質を見つけ出す化学技術が有ってこそ出来る高度な治療だ。
便利な魔法技術が存在するせいで物理法則の利用が発達していない、こっちの世界では、日本のような化学技術は望むべくも無い。
だけど、魔法のファンタジーパワーなら、もっと大雑把でも許される気がする。
「・・・毒は、どうやって人間を壊す?」
仕組み(メカニズム) から考えてみよう。
刺し傷、噛み傷、服毒。
体内に毒が入る方法にも種類は有るけど、総じて言えるのは、「毒は血液に乗って人体の各所へ運ばれる」ということだ。
手足を蛇や毒虫に刺された場合、日本では、患部から心臓寄りの部分を急いで縛るように指導していた。
それは、血流に乗った毒を全身へ回らせないために血流を止めるためだ。
服毒は死に至る過程が違うように見えるけど、体組織を壊して血管に侵入するのでも栄養素と一緒に体細胞に吸収されるのでも、血液が毒素を運ぶ過程に違いは無い。つまり―――
「・・・毒は血に雑じる」
当たり前だけど、この“当たり前”が重要なのは間違いない。
血に乗って運ばれた毒素は化学反応で神経伝達を阻害したり、神経細胞を破壊したり、血液を固まらせたり、固まらせなくしたり、副次効果も含めて結果的に人体の機能を破壊する。
化学反応が原因なのは、どれも同じだな。
解毒薬―――、中和剤は、その化学反応を阻害して、結果的に無毒化するものだ。
人体に致命的な化学反応が起こる前の毒素と結合して別の化学反応を起こすのか、吸着して化学反応を起こさないようにようにするのか、「阻害」の方法に違いは有れど、科学的な解析ができない以上は、中和の線は無しだな。
中和が無理なら、分離か。
「・・・毒と血を分ける? どうやって?」
液体と固体を分離するならフィルターで漉せば良い。
うろ覚えだけど、確か、腎臓疾患の人工透析が、それだ。
血中の老廃物や有毒物質を薬物による化学反応で漉し取る、といった方法で、弱った腎臓機能の代わりを機械で行っていたはずだ。
同じように、毒の分子よりも目の細かいフィルターが用意できるなら液体でも分離できそうだけど、単純に分子レベルを漉し取るフィルターだと赤血球なんかの血中の必要な物まで漉し取ってしまいそうだ。
中和と同じでフィルターの線も無しだろう。
他の方法で分離するなら遠心分離?
水と油のように、同じ液状でも比重が違えば沈殿させるだけでも分離できるけど、血液に乗って運ばれるなら毒と血の比重は近いと考えて良さそうだよね。
比重が近いなら遠心分離も難しいか。
それ以前に、こっちの世界の技術レベルでは衛生面に不安が有るから、高度医療自体が成り立たない気がする。
どうにもイメージ出来ないな。
無意識に私の手が撫でる。
そうそう、ふわふわ。
ふわふわともふもふを上手く分離するには―――。
「・・・うーん。もふもふ?」
「ね、さま」
「・・・おおっ。どうしたの?」
ハッと気付いたら、目の前にノーアの顔が有って、私の手はニーアの頭に置かれている。
考えに没頭していた私は抱き付いているノーアに気付かず本能的に撫でていたらしい。
「・・・王国語で言えてるね。偉い偉い」
抱きしめると、くすぐったそうにノーアが身を捩る。
「おばあ、さま」
「・・・お婆様が?」
ノーアの視線が動いて、ノーアの視線を追い掛けた先には苦笑するお婆様が居た。
「町へ戻りますよ。早く準備なさい」
「・・・あっ。はい」
いけない。もう、帰る時間になっていたようだ。
縛られていたシカは拘束を解かれて、すでに囲いの中へと戻されている。
結局、毒を嗅がせて全身麻酔状態にしたシカって、囲いの中へ戻しておくと、一晩で何事も無かったように歩いてるんだよね。
魔獣は体内に毒素分解器官でも持っているのか、単に体が強くて耐性が高いのか。
恐らく、後者かな。
ノーアの手を引いて馬を繋いである柵へと急ぐ。
町への帰路も触角ヘビに警戒する必要が有るから、毒の分離方法の考察は後回しだ。
自動車運転教習所でも「ながら運転」は事故の元だと教えていたからね。
私が事故るとノーアが怖い思いをするから、ダメ、絶対。