作品タイトル不明
猫耳ニンジャ爆誕 ⑪
「・・・もっと言えば、ルナリアの幸せとハロルド様の幸せもです」
「ふぅん? どういうことかしら?」
あ。セリーナ様が考えの読めない社交モードの仮面を被ったな。
繊細(センシティブ) な話題だから当然か。
オブザーバー参加だったノーアの処遇と違って、ハロルド様の婚姻はハインズ様とセリーナ様が直接の関係者だ。
血族全体に大きな影響を及ぼすハロルド様の後妻の選定には、血族を纏めるハインズ様とセリーナ様の意向が大きく反映されるのは明らかだし。
「・・・これは、私の憶測に過ぎませんが、お母様はハロルド様を慕っていらっしゃるのでは? ハロルド様も、お母様を憎からず思っていらっしゃるのでは有りませんか?」
「えっ! そうなの!?」
ルナリアの大声にノーアの体がビクリと縮こまり、私はノーアの背中を摩る。
「・・・ルナリア?」
「あ。(そ、そうなの!?)」
今度はネタでは無く、本気で驚いたようだ。私たちの遣り取りを複雑そうな表情で見つめながら、お爺様が唸る。
「子供にでも分かるか」
「・・・お母様がハロルド様の執務室に入り浸っていて、お婆様も、セリーナ様さえも咎め立てすることが有りません。それは、“そういうこと”なのでは?」
ハインズ様とセリーナ様だけでなく、お爺様とお婆様も、エゼリアさんたちもだ。
その誰もが、お母様の行動に意見しないのだから、みんな内心では、ハロルド様とお母様が引っ付くのを望んでいるのではないだろうか。
ワールターさんだって、そうだ。
あれはもう、実質「奥様」扱いだろう。
くすりと小さく笑ったミリア叔母様は何も言わずティーカップに口を付ける。
「貴女、どこまで聞いているのかしら」
「・・・ルナリアのお母様―――、ハロルド様の亡くなられた奥様が、お母様の従姉だったこと、ぐらいです」
深く溜息を落としたセリーナ様が、改めて私と目を合わせる。
「ハロルドの先妻―――、レオノーラは、貴女が聞いている通りフレイアの従姉で、同じピーシス家傍系の娘で9歳年下のフレイアは、ピーシス家の養女に入る前から、可愛がっていたレオノーラに懐いていてね。レオノーラがハロルドと結婚したときも、子供たちが生まれた時も、それはもう、自分のことのように喜んでいたものよ」
「ハロルド様は修行のために王都騎士団へ入団すると公言していたことも有って、許婚を決めることに抵抗していましたから、実際、決まるのが遅かったのですよ。20歳のときだったかしら?」
「正式に決まったのは、ハロルドが20歳で、レオノーラが17歳のときよ。家の意向としては、ずいぶん前に決めていたのに、何年間もレオノーラを待たせてしまったわ」
「ハロルド様の許婚がレオノーラで確定する以前から、フレイアがハロルド様に恋慕の念を抱いていたことは、私たちも気付いていましたよ。けれど、ハロルド様とは12歳も離れていますしね。フレイアが物心付いた頃に、ハロルド様は成人したのですよ?」
「・・・初恋のお相手がハロルド様ですか。しかも、3歳ぐらいの頃からの初恋?」
「面白いでしょう? マセ方といい、ほんと、姉様らしいわ」
ミリア叔母様がくすくすと笑うけど、面白いかどうかはノーコメントで!
いや、でも、ノーアと同じぐらいの頃には、すでに結婚の概念を理解していた?
「養女になったフレイアはピーシス家の当主になることが決まっていて、フレイアもそれを受け入れていましたしね。意志の強い子ですから、あの子は一度も自分の想いを口にすることは有りませんでしたけれど」
大好きなお兄ちゃんと、大好きなお姉ちゃんが、結婚したのか。
どっちも大好きなら、そりゃあ、言えないかな。
セリーナ様の後を引き継いだお婆様も嘆息する。
幼き恋、叶わぬ恋、と言うやつ、なのか。
意外と言ったら失礼だけど、お母様、意外に乙女だったんだね。
乙女にしても、幼児期からの初恋を今でも引き摺り続けるとか、頑固だなあ。
でも、決めたことを一歩も譲らない辺りは実にお母様らしくて、私としては微笑ましい。
だからこそ、私は、お母様に幸せを掴み取って欲しい。
「・・・でも、お母様が西部地域から帰られたら、その状況は変わるのですよね?」
「む? フィオレに伝えたのか?」
黙って聞いていたハインズ様がお爺様を見て、お爺様は首を振る。
「いいや。まだ伝えていない」
「フィオレ。誰から聞いたのだ?」
主語が無いけど、何の話かは、私にも分かる。私は首を振る。
「・・・誰からも。状況が、恐らく、そうなのでは無いかと」
「状況とは?」
ハインズ様とお爺様の視線が私に集まる。
「・・・お母様が帰るまでに“紅蓮”を修得しろと命じられたことです。ハロルド様も、お母様も、王国内に溜まった膿を出し切るために、身を削ってまで徹底的な粛清を行われているのですよね? だとしたら、お母様が私に命じたことも、その一環だろうと考えたのです」
着地点―――、“落としどころ”の話だ。
いくら、特務魔法術師の大義名分が有っても、突出した武力を誇るウォーレス家が苛烈な粛清を行えば、当然、反発が起こる。
ならば、その反発を、どう抑えるのか。
その反発を、どこへ向けるのか。
落としどころを間違えれば、さらに国が荒れる。
お母様は、私を引き取ると決めた時点から、粛清の落としどころを考えていたのでは無いか。
座学でも、戦争には「いつ終えるか、どう終えるか」が必要だと言っていたはずだ。
重くなった空気にルナリアが不安げな表情になる。
「何? どういうことなの?」
「・・・お母様は、戦争が終わってウォーレス領に帰られたら、私に爵位を継承させて隠居するつもりなんだよ。実際に居なくなるわけじゃないから子供騙しだけど、一番怖い人が表舞台から居なくなるだけでも安心する人は、一定数いる。―――そういうことですよね?」
ヨシヨシ、大丈夫だよ。
ルナリアは賢い子だけど、まだ想像が及ばなかったか。
不安を解そうとナリアの髪を撫でる私の視線を受け止めたセリーナ様が苦笑する。
「そこまで分かってしまうのね、貴女は。分かった上で、採掘場に籠もっていたと」
「・・・修得するように、と、以前、お母様が言われていましたから。期限は指定されて居ませんでしたが、具体的な期限が設けられた時点で、何らかの状況が変わった、あるいは、予定だったものが確定したと考えるのが当然ではないでしょうか」
「ふむ。この期に及んでは、今さらか」
ハインズ様がお爺様とお婆様を見る。
最初に口を開いたのはお爺様だ。
「今回の内戦は、王国内に大きな傷痕を遺すだろう。故に、王命で現当主を隠居させることで国内の反発を抑える。―――、と、そういう計画だったのだよ。もっとも、陛下のご判断を仰ぐ必要が有ったため、出征の時点では確定していなかったのだがな」
「フレイアが言い出したときには、流石に驚きましたよ」
「あの子に、そこまでの覚悟を見せられては、止めようが無かったわ」
お母様の策か。
苦悩が滲む苦笑に、お婆様もセリーナ様も悩まれたことが分かる。
「・・・お母様は、最初から、そのおつもりで戦場へ赴かれたのですね」
「貴女という存在を得たことで決断できたのでしょう。誇りなさい。あのフレイアが、そこまで貴女を買っていて、貴女はフレイアの期待に応えて見せたのだから」
「・・・ありがとうございます」
自然と頭が下がった。
私は、本当の意味で、ちゃんとお母様の期待に応えられたようだ。
ハインズ様の重みが有る視線が私たちを捉える。