作品タイトル不明
猫耳ニンジャ爆誕 ⑦ ※アンサンブルキャスト面
騒がしかった訓練場が、はたと静まりかえる。
興奮していた者も、悲嘆に暮れていた者も、殺気立っていた領軍の騎士たちまでもが、開きかけた口もそのままに言葉を失い、頭上の光景に目を奪われている。
つい先ほど日が沈んだばかりの初冬の空に、青白く輝く太陽が有った。
ウォーレス領の者は、「アレ」が何かを知っている。
直視できない眩さに片手で目元に影を作りながら、状況を察した騎士たちは慌てて腰を落とし、ハインズたちはテレサを背中に庇って予想される衝撃に備える。
ほんの数秒、されど、永遠とも思える空白の時間は、突如、視界を灼く閃光に塗り潰された。
全身を打ち据える衝撃。
平衡感覚を失うほどの轟音。
肌を炙る灼熱。
立っていることも困難な爆風。
悲鳴を上げ、頭を抱えた避難民たちは地面に蹲る。
棄ててきたはずの故郷で領主や討伐軍に蹂躙された記憶も新しい者たちは、青くなって震え上がった。
呻き声さえ上げられず怯えた避難民を置き去りに、舞い上げられた土煙が風に流されていく。
「・・・どう? 頭は冷えた?」
シンと静まり返った訓練場に少女の声が響く。
余りにも場違いな落ち着いた少女の声に、避難民たちが怯えた目を上げる。
「・・・あなたたち、自分が置かれた立場を分かってる?」
ひれ伏した人々を冷めた目で見下ろしながら歩み出してきた「白い少女」に、演壇を守っていた騎士たちが場所を譲って脇へと下がる。
確認するように壇上を見上げた少女に、己の身を盾に爆風からテレサを庇っていたハインズが頷いて追認する。
演壇を背に、少女は避難民たちと正対した。
「・・・“王国に叛逆した西部国境地域”で、食料を奪われ、家を焼け出され、この冬を越せそうも無い、あなたたち“王国民”を見捨てないために、ここに居るアリストテレジア王女殿下と、戦場に居るウォーレス家当主・ハロルド様と、叛逆者を討っている特務魔法術師・フレイアが働き掛けて、国王陛下が、あなたたち“叛逆領地の領民”を許された。そのお陰で、今、あなたたちは、このウォーレス領に居る。あなたたちは、すでに救われているんだよ。なのに、あなたたちは、何の努力もせず、蹲ったままで、まだ何かを寄越せと王女殿下に求めるの?」
見渡した少女と目が合った避難民は目を伏せる。
冷静になってみれば、天上人とも言える王女殿下に直接詰め寄って嘆願するなど、命が幾つ有っても足りない愚行なのだ。
「・・・他国の手を借りた領主の叛逆と横暴を王宮に申し立てることもせず、あなたたちは諾々と従ってきた。それが王家の責任だと? あまつさえ、西部国境地域には王国の国法で禁じられた奴隷売買に手を染めていた者たちも居る。そんな噂を聞いたことが有る者も居るんじゃないかな。叛逆も奴隷売買も重罪だよ。それでも王国は、“王国民である、あなたたち”を救おうとしてくれている」
へたり込んだ避難民たちは項垂れる。
抵抗した者は“叛逆者”である領主の手の者たちに殺された。
今、ここに居る者たちは“抵抗しなかった者”とも言えるのだ。
「・・・日々の生活に追われて他に目を向ける余裕が無かった者も居るだろうね。おかしな噂を聞いても怖くて口に出せなかった者だって居るだろうね。だからこそ、王女殿下は心を痛め、国王陛下が、あなたたちを許された。それを忘れちゃダメだよ」
少女の声に糾弾の色は無い。
避難民たちの間から、啜り泣く小さな声が聞こえ始めた。
「・・・食べるものも無く、主だった産業も無い、働いても働いても豊かになれない西部地域に帰りたい? そんなに帰りたければ帰してあげる。帰りたい人は手を挙げて?」
手を挙げる者は一人も居ない。
故郷である西部地域に絶望したからこそ、南部地域へと向かう馬車に乗ったのだから。
「・・・“魔の森”が怖いと言うけど、このウォーレス領に着くまでの間、あなたたちも干し肉を食べたよね? 美味しかった? あの干し肉は、このレティアの町の食肉加工場で作られている。毎日、毎日、町の人たちの手で100頭を超える魔獣が狩られて、食肉加工場へ搬入され、町へ流通し、ここ、レティアの町の人たちは、美味しいお肉をお腹いっぱい食べている。魔獣が怖い? 誰も成し遂げられなかった“魔の森”の開拓を成し遂げたのは、このウォーレス領だよ。それでも魔獣が怖ければ、森に入らない仕事だって山ほど有る」
静かに諭す少女の声に、一人、二人、と、顔を上げ始めた。
”魔の森”から遠く、”魔獣”というものをよく知らなかった者の目から、恐怖の色が薄れ始める。
「・・・あなたたちが西部国境地域で酷い目に遭っていた頃、このウォーレス領には隣のカリーク公王国が攻めて来て防衛戦争をしていたよ。でも、ここはウォーレス領なんだよ? あなたたちの目には、このレティアの町が戦火に焼かれたように見える? 王国最強のウォーレス領は、過去500年間、ただの一度も他国の侵略を許したことが無いんだよ。嘘だと思うなら、町に出て、町の人たちに聞いてみると良い。大勢で攻めて来たカリーク公王国を、たった1日で蹴り出してやったから。ウォーレス領に居る限り、あなたたちが戦争で酷い目に遭うことは二度と無い。あなたたちは、大陸中で一番安全な町に居るんだよ」
戦争を恐れ、理不尽に傷付けられてきた者の体から、強張りがとれ始める。
顔を上げた避難民たちの視線を一身に集めても、少女は臆せず、ふっと微笑んで見せる。
「・・・このレティアの町には、あなたたちが暮らせる家が有り、豊富な食べ物が有り、脅かされない安全が有り、いくらでも仕事が有る。あなたたちは外国に攫われてきたわけじゃ無い。西の端と東の端の違いはあるけど、同じ王国内だよ。西部に里帰りしたければ、いつでも帰れる。それでも不安?」
生まれ育った故郷を棄てざるを得なかった悲しみと不安に囚われていた者は、気付かされた。
見回す少女と目が合った避難民たちは、一様に首を振る。
「・・・大丈夫だよ。ご飯が有って、安心して眠れる場所が有れば、人間は、どこででも生きて行ける。生きていかなきゃいけない。生きる努力を忘れちゃダメだよ」
「そうだ」、「生きていこう」、と、話し声が聞こえ始める。
肩を抱き合い、頷き合う避難民たちの間から、がやがやと明るい声が上がり始めた。
表情を緩めた少女が、大きくパチンと手を打ち合わせた。
「・・・さあ、みんな立って! もう、日が暮れちゃった! レティアの住民になる手続きをして、ご飯を食べて、自分が住む家を教えて貰って! ゆっくり眠って目が覚めたら、もう一度、この場所に来て働く場所を決めよう! みんなで豊かになるんだよ!」
ワッと避難民たちが湧く。
疲れた顔にも希望の光が見て取れる。
安堵したように目を細め背を向けようとした少女に、避難民の一人が追いすがる。
「あ、あの!」
警戒して身を盾にしようとした騎士を、少女が手で制して止める。
数人の避難民たちを前にして、身長差が有る少女は首を傾げながら見上げる。
「・・・私?」
「あなた様は一体?」
「・・・あ。言わなかったっけ」
「は、はい」
自分のことに頓着していなかった様子の少女は、仄かに微笑む。
あまり大きく表情は変わらないが、笑ったことは誰の目にも分かる。
「・・・私は、フィオレ・ピーシス。特務魔法術師・フレイア・ピーシスの娘だよ」
「あの、特務様の・・・。そうだったのですか」
避難民たちは納得したように大きく頷く。
「・・・うん? “あの”とは?」
「あ、いいえ! 特務様にも、助けていただいて感謝しております!」
「・・・うん。お母様に伝えておくよ」
避難民の一人が姿勢を正して深くお辞儀した。
他の人たちにも波及して頭を下げ始める。
「フィオレ様、ありがとうございます。目が覚めました」
「私もです! フィオレ様、ありがとうございます!」
「俺たち、頑張ります! 頑張って生きます!」
「フィオレ様!」
大勢に囲まれてお礼を言われているフィオレは、何が「あの」だったのかを訊ける状況では無くなったことに苦笑しつつ演壇の上を指す。
「・・・あのね? お礼を言うなら、あっち」
「そうでした! 姫殿下、ありがとうございます!」
「ありがとうございます! 王女殿下!」
「姫殿下、万歳!」
「王国、万歳!」
再び注目が集まったテレサは、柔らかく微笑んで首を振る。
テレサの隣では穏やかに目を細めているハインズとマルキオが居て、演壇の後ろには、いつの間にかセリーナたちとミリア一家が来ていて拍手している。
武力で抑え込む必要が無くなった領軍の騎士たちが兵士たちに指示を出して、移住手続きを行うための長机を並べさせ、領主館のメイドたちが忙しそうに炊き出しの準備を始めた。
避難民の混乱が収まれば大過なく受け入れを進められる。
壇上から降りてきたハインズとマルキオに代わる代わるグリグリと撫でられたフィオレは、首に提げていた小さな革袋をマルキオの手に握らせ、ルナリアが連れて来たノーアを、ヨッと抱き上げて家族と向き合った。
フィオレの首に抱き付いているノーアのくりくりとした金色の目が、見下ろしている大人たちを見上げる。
「・・・紹介したい子が居ます」
小袋に入っていたフレイアからの手紙を回し読みして目を丸くするマルキオたちを見上げ、真剣な目でフィオレは宣言する。
「・・・この子はノーア。この子を私の家族にします」