作品タイトル不明
猫耳ニンジャ爆誕 ⑥ ※アンサンブルキャスト面
「殿下! お助けください!」
「姫殿下!」
「王女殿下!」
怖い―――。テレサは、ごくりと空唾を飲み込む。
馬を止めたのは失敗だったかも知れない。
獲物を見付けた 不死者(ゾンビ) の群れのように、避難民たちの群れがジリジリと近付いてくる。
尋常な様子には見えない避難民たちの様子を認めた護衛騎士たちが、乗馬から飛び降りてテレサの前に壁を作る。
相手は王国民なので騎士たちもいきなり剣を抜いては居ないが、右手はすでに剣の柄に掛けられている。
さすがにテレサも貼り付けた微笑みを維持するのが難しい。
高まる緊張を破ったのは、落雷のようにビリビリと空気を震わせる大音声だった。
「鎮まれい! これは何事か!」
怯んだ避難民たちが動きを止め、テレサの馬の前を横切って歴戦の偉丈夫が歩み出た。
戦傷で片目を潰した凶相が威圧感を纏い、一つだけ残った目が震え上がる避難民をギロリと睨み据える。
呪詛のように絡みついていた呪縛から解放されたテレサは、自分が呼吸することすら忘れていたことに気付く。
避難民とは逆側の馬の傍に別の偉丈夫が立つ。
「殿下。気付かれた以上、ここで殿下の姿が見えなくなるのは拙いでしょう」
「そうですね。マルキオ」
気付かれないように嘆息したテレサは、マルキオのエスコートで鞍から降りる。
テレサが下馬したのを認めたハインズが先頭に立ち訓練場へと足を踏み入れる。
ハインズに先導されたテレサが続き、一歩斜め後ろをマルキオが固める。
テレサの護衛騎士たちの外側をウォーレス領軍の騎士が固めてマルキオに続く。
馬車から降ろされた避難民たちの前方、訓練場の奥側には、訓示用の演壇が置かれていて、ハインズは壇上に上がる。
日が落ちて暗くなってきたので、領軍の魔法術師たちが“光”の術式で人々の頭上に明かりを灯した。
シンと静まった顔色の悪い避難民たちを睥睨するハインズのよく通る声が訓練場に響く。
「遠路、よく来た。儂はウォーレス領領主代行、前・領主ハインズである。長旅の疲れは有ろうが、殿下の御前で有る。控えよ」
避難民の間から、静かな 響(どよ) めきが上がる。
子を持つ世代の王国民で、十数年前まで王都騎士団の団長を勤めていたハインズの名を知らない者は少ない。
孫を持つ世代ともなれば、先王陛下に並ぶ数々の武勇譚で吟遊詩人の歌にも歌われた、万夫不当の英雄の名を知らぬ者など皆無だ。
多少なりとも面識の有る者なら直ぐに分かることだが、ハインズの声は硬質で、とても機嫌の悪いものだった。
これでもハインズは己を律して心情を抑え込んでいる。
避難民が暴力に訴えるような事態になれば武力で鎮圧することになるが、そうしてしまうとテレサの評判が地に塗れることになるのだから。
さりとて、王家のため、王国のために身命を賭してきたハインズにとって、テレサに対する不敬な物言いは、彼らの事情を加味しても、到底、許せるものでは無い。
当然ながら、ハインズと初めて間近に接した者たちに、ハインズの心情が分かる道理も無い。
「は、ハインズ様! 私たちは、これからどうなるのでしょうか!」
「どう、とは?」
「私たちには、魔獣と戦うことなど出来ません! 私たちは、どうすれば良いのでしょう!」
「ふむ・・・。慣れるしか無いのでは無いか?」
「そ、そんな! 私たちは武器を手にしたことも無い者が殆どなのです!」
「初めから戦える者など居らぬ。其の方らも励めば良い」
突き放すようなハインズの言葉に、ざわめきが悲鳴のように大きくなる。
色濃い疲れが見える人々の視線が、助けを求めてテレサへと集まる。
一段高い演壇の上に立つハインズが難しい顔になった。
ハインズの反対側で、テレサに害が及ばないように己の体を盾にする立ち位置を取っているマルキオは、すでに目が据わっている。
二人の間で守られている、一際、小さなテレサが困った表情を浮かべた。
演壇の周りにはテレサの護衛騎士だけでなくピーシーズも付いているので、万が一の事態になってもテレサの身に危険は無いだろう。
しかし、テレサを隠して避難民を冷たく突き放すことはテレサの評価を下げる。
王国と王家とテレサのために働いてくれている人々のためにも失敗は出来ない。
そう言った意味で、この場の対処は扱いが難しいのだ。
「姫様! 儂らは西部へ帰れるのでしょうか!」
「南部は魔獣の巣に近いと聞きます! そんな場所で私たちは生きて行けるのですか!」
「お願いします! 助けてくださいまし!」
「王家は助けてくれないのか!」
ハインズたちに背を向けて避難民と対峙している騎士の一人が青筋を立てて、手にした槍の石突をドンと地面を突き立てた。
「貴様ァ! 無礼は許さんぞ!」
一人が動いたことで他の騎士たちも殺気立つ。
それでも、興奮した避難民は黙らない。
不安な表情で騒いでいる避難民の人数は800人ほどと聞いている。
たかが800人。
百戦錬磨のウォーレス領軍にとって、ものの数では無いが、まだ幼いテレサに向かって口々に大声で訴える身勝手な言葉は、十分に、目に見えない暴力と成り得る。
この者たちが暴徒化していないのは、単に、屈強なウォーレス領軍がテレサの周りを固めて守っているからに過ぎない。
双方に反感が高まり、訓練場に緊張が満ちる。
そのとき、訓練場が昼間のように明るくなった。