作品タイトル不明
光魔法というもの ⑬
「・・・始めるよ」
「どうするのですか?」
「・・・ナイフで傷を―――、その前に、毛を剃ろうか」
「毛、ですか?」
傷を付けるのにも、治療をするのにも、体毛は肌が見えないので邪魔だ。
獲物の解体での「毛皮を先に剥く」論と同じく「毛は不潔」という衛生面での理由も有るそうだけど、日本の医療現場でも、手術前に邪魔な体毛を剃り落とすと聞いたことがある。
ジビエ食で生きていた私は施設に収容されたときに虫下しを飲まされたことが有るけど、大きな病気やケガをしたことが無い健康優良児だったから、剃られた体験が無かった。
でも、体毛が無い方が患部を見やすくて良いという単純明快な論理は理解できる。
剃りやすそうな部分は脇腹か 太腿(ふともも) か。トドメを刺すのが目的じゃ無いから深く傷付けて“中身”が出て来ても困るので、患部は後ろ脚の太腿に決めた。
カミソリみたいに刃を当てるだけで剃れるわけじゃないから、削ぐように刃を滑らせてゾリゾリと体毛を剃る。
太腿の外側にルナリアの顔ぐらいの大きさに 禿(ハゲ) が出来上がる。なぜルナリアの顔で大きさを例えたのか?
興味をそそられたルナリアが毛を剃っているところに顔を突っ込んできて危なかったからだよ。
刃物を使ってるのに危ないでしょうが!
「・・・これでヨシ。テレサ、準備して」
「ばっちこい、ですわ!」
王女殿下に「バッチ来い」なんてスラングを教えたのは拙かっただろうか。
「バッチリ来い」の略だっけ。
友だちも居ないのに、使ったこと無かったから、知らんけど。
まあ、いっか。
ナイフを逆手に握り直した私は牡ジカの太腿に切っ先を突き立てる。
プツリと表皮を突き破って刃が3センチメートルほど刺さり、血が溢れ出す。
みんなに見えやすいように、ゆっくりズズズと刃を滑らせると、深さ3センチメートル、長さ15センチメートルの、そこそこ深い傷口が出来上がる。
ツッと血が滴るが、全身麻酔状態の牡ジカはピクリとも反応しない。
刃によって傷付けられていく肌の様子を、覗き込んでいるテレサが真剣な目で見つめていた。
「・・・みんなも、傷が出来る様子を、しっかりと見て、目に焼き付けて」
テレサに場所を譲ると、テレサが傷口の上に両手を翳す。
テレサの手のひらの先に魔力が高まっているのを肌で感じる。
気温に変化が起こっている様子は無いけど、何か暖かい感じがするんだよ。
目を閉じて意識を集中しているテレサの手の下で、傷口に変化が表れる。
ナイフを突き立てた私が腕を引いて作った傷が、巻き戻るように口を閉じていく。
セリーナ様の「時を遡るもの」という言葉が脳裏を過ぎる。
本当に時間が遡っているように見える光景だった。
私が最初にナイフを突き立てた箇所まで塞がって、鮮血に塗れた肌を手ぬぐいで拭うと、すっかり傷口が無くなっていた。
私は確信する。
光魔法が「何に作用するものか」の考察は間違っていなかった。
光魔法は「時間」に作用するのだ。
ルナリアのアンコールにテレサは応えるつもりのようなので、ルナリアに場所を譲って私は下がる。
ナイフで作った傷口が治癒できるのなら、骨が砕ける様子を見せて逆回しでイメージできれば骨折の治療も出来るはずだ。
病気の治癒は・・・、健康だった時まで時間を遡るのだろうか?
出来なくは無い気もするけど、慢性症の内臓機能なんかだと遡る時間が膨大すぎて大変なんじゃ無いだろうか。
ショートカット的なイメージの仕方が有れば楽に治癒できるのかな。
うーん?
神教会の治癒魔法って、どんなのだろう?
現代医学を学んで解剖実験で個々の内臓や機能まで知り尽くしているわけでも無いのに、ピンポイントの病気治療は難しい気がする。
だとしたら、「健康にな~れ!」みたいなフワッとしたイメージで、魔力でゴリ押しだろうか。
セリーナ様の「治癒術式の上達には、かなりの経験が必要」と言う認識は、この辺りから来ているのでは無いか。
中身も分からずに魔力でゴリ押して、上手く治った成功体験だけを積み重ねて成功率を上げていくなら、多くの実体験が必要だろうし、セリーナ様の認識と合致するかも。
こっちの世界に現代医学を持ち込んで治癒魔法と合体させれば、とんでもなく高度な医療技術になりそうだけど、「無いもの」を考察しても意味が無い。
治癒魔法の練習に打ち込んでいるテレサの目標は毒で体を壊されたお母様の治癒みたいだし、力を貸してあげたいけど、内臓を治療するためのロジックをどうやって構築したものか。
江戸時代の“解体新書”みたいに人体解剖に立ち会えとも言えないしなあ。
私だって治癒魔法を上達させるために人体解剖しろと言われたら、上達を諦める自信があるからね。
これはアレだろうか?
「時間を遡る」概念を補強する方向しか無さそうかな。
日本に居る間に相対性理論を読み込んで理解しておくべきだったなあ。
「時間」がどうとか、ドップラー現象的な何かが何とか、って概念があった気がする。
いや、あんな意味不明な概念や数式は、普通の人には理解できないよね。
これも「無いもの」だ。
スッパリ諦めて忘れよう。
テレサのアンコール治癒魔法を食い入るように真剣な目で見つめていたルナリアが、治癒が終わると同時に拳を固めて立ち上がる。