軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光魔法というもの ⑫

「・・・少し息苦しいだろうけど、我慢してね」

「大丈夫です」

ピーシーズの中でも最も手先の器用なオーリアちゃんが毒を手ぬぐいに取る役目に志願して、掘削作業用のゴツい革手袋を嵌めているオーリアちゃん自身に代わって、オーリアちゃんの後ろに回った私は、水で湿らせた手ぬぐいでオーリアちゃんの鼻口をキッチリと覆うように覆面にする。

本当なら念のため、飛沫防御用のゴーグルも着けさせたいぐらいだけど、そんなものは無いから諦める。

森の開拓が始まってからゴーグルが欲しいと考える場面が多いように思うので、ゴーグルを作って貰えそうな工房を探すべきだろう。

採掘場の採掘現場でも使えるはずだ。

「・・・風上で作業して。みんなも風下に立っちゃダメだよ」

注意事項を念押ししながら、私も口元に濡らした手ぬぐいを当てて頭の後ろで縛る。

防毒マスクなんて文明の利器は無いから、顔の下半分を手ぬぐいで隠した盗賊スタイルだ。

他のみんなも強盗スタイルの身だしなみを整えつつ頷いている。

準備が整ったオーリアちゃんが、キャットウォークの床へ逆さに置いたヘビの頭の前にしゃがみ込んで、内側へ倒れていた毒牙を摘まみ上げる。

「ここですか?」

「・・・そう。牙の根元を押してみて。力が掛かったら毒が出るはずだから」

「あ。ホントに出た」

「・・・気を付けてね。吸い込んじゃダメだよ」

息を止めているのか無言で頷いた盗賊スタイルのオーリアちゃんが、毒牙の先端に乾いた手ぬぐいを当てて、毒牙の付け根を皮手袋の指先でギュッギュッと押す。

筒状の毒牙の中を押し上がってきたドロリとした毒が手ぬぐいを濡らして染み込んでいく。採取したのは10滴ぐらいか。

分厚い皮の手袋越しとはいえ素手に触れたら毒を受けてしまうので、多くの量は要らない。

毒を染み込ませた手ぬぐいを、オーリアちゃんがナンナちゃんに手渡す。

弓だけでなく、投げ縄や投げナイフなど遠距離からの投擲技能全般が上手いナンナちゃんが、満場一致で手ぬぐい投擲手に選出されたのだ。

汚いものを持つように革手袋の指先で摘まんで手ぬぐいを受け取ったナンナちゃんは、無言でキャットウォークから身を乗り出して20メートル下の地上を覗き込み、距離を測るように手ぬぐいを摘まんだ手を素振りした。

万が一にも転落しないように、ナンナちゃんの後ろ腰をアイシアちゃんが掴まえている。

2回、3回と素振りした後、フワリとナンナちゃんの手を離れた手ぬぐいが眼下へと落ちていく。

キャットーウォークの上に居る全員が身を乗り出して手ぬぐいの行方を追っている。

大丈夫だと思うけど、みんな落ちちゃダメだよ?

声に出して注意喚起したいけど、毒を吸い込む恐れが有るから声には出せない。

気化した毒を吸い込まないように息を止めて居るのに、みんなが息を呑んでいるのが分かる。

ほんの数秒が永遠のように長く感じる。

私たちの視線を集めた手ぬぐいが、ヒラヒラと舞いながら落ちて行き、暢気な足取りで徘徊している牡ジカの角にパサリと引っ掛かった。

「―――、!!」

成功を見届けたナンナちゃんが、珍しく喜色を露わにして、拳を握った両手をバッと空に突き上げた。

経過観察時間のスタートだ。私は頭の中でカウントを開始する。

「「「「「―――、!!」」」」」

カウントは開始したけど、それは、それ。

ナンナちゃん、凄い!

一発でキメたよ!

みんなが駆け寄ってナンナちゃんを抱きしめて、全員でピョンコピョンコと飛び跳ねる。

まだ気化した毒が周囲に漂っているかも知れないから、サイレントムービーみたいに全員が無言のままだ。

手荒く撫で回されたナンナちゃんの髪は、ぐちゃぐちゃに掻き回されて鳥の巣のようになっている。

さて、どうなるのか。

いつまでも喜んでは居られない。

一足先に“押しくらまんじゅう”から抜け出した私は、再び20メートル下の地上を覗き込む。

カウント開始から、すでに60を数えているが、手ぬぐいを角に引っ掛けた牡ジカは、手ぬぐいを気にした様子も無く、変わらない足取りで暢気に歩いている。

カウントが100を超えても変化は見られない。

失敗したかなあ。

私の脳裏を「やり直し」という言葉が過ぎるけど、まだだ。まだ慌てる時間じゃない。

人間と牡シカでは体格が違うし、人間と魔獣の毒に対する耐性に差違が有るかも知れない。

もう少し経過観察を続けよう。

「・・・あ。―――」

悠然と歩いていた牡ジカが警戒するような仕草で周囲を見回したと思ったら、2歩歩いたところでバタリと崩れ落ちた。

カウントは300を超えたところだ。

私の声に反応したピーシーズは、サッと散って全員が地上を覗き込んでいる。

手を振った私の合図でナンナちゃんが持ち替えた長いロープを眼下へ投げ落とす。

早く吊り上げて毒から離さないと牡ジカが死んで実験は失敗する。

実験の本番は「治癒魔法の練習に魔獣を使えるかどうか」なのだから。

安全かつ継続的な訓練手段を確立できるかどうかで治癒魔法の在り方が変わる。

ピーシーズが5人掛かりで、えっちらおっちらと引き上げる。

毎日、数十頭も繰り返している回収作業なので手慣れたものだ。

吊り上げられてきた牡ジカはグッタリとして反応しないが、胸の収縮が確認できて呼吸が有ることは間違いない。

ピッと私が指さすと、小枝の先で端っこを引っ掛けた手ぬぐいがシカの角から外されて、水を張った桶へと沈められた。

治癒師お姉さんの手による実験で、水で毒の濃度が薄まれば毒性も薄まることは判明している。

当たり前のように思えるけど、生物の分泌物なのだから油脂質の可能性も有るから、「水で」薄まることが判明しただけでも大きな学術的進歩なのだ。

毒手ぬぐいの処理と同時に牡ジカの拘束処理が行われている。

20メートル上から見たときにはネズミほどの大きさに見えていたけど、馬ほどもの体格を持つ立派な牡ジカだった。

前後4本の脚を纏めて一つに縛り、頭の立派な角にもロープを掛けてキャットウォークに固定する。

シカの瞼を押し開けてテレサの“光”魔法を近付けても、瞳孔は収縮するけど眼球は動かない。

完全な昏睡状態で全身麻酔に掛かった状態なのだろう。

いや、知らんけど。

日本の麻酔学も、なんで麻酔が効くのか正確には分かっていなくて、似たような結果オーライ主義だったはず。

日本に居た頃から何百頭も獲物の命を戴いてきた私だけど、一般知識に毛が生えた程度の医学知識しか持ち合わせて居ないのだ。

用が済んだらシカを囲いの中に戻して経過観察すれば、医学的見地の実験結果も何かが分かろうというものだ。

毒手ぬぐいを水に沈めて5分間も経てば、空中に漂っている揮発性の毒も霧散して、もう安全だろう。

「・・・ぷはぁ・・・」

私が口元の手ぬぐいを外すと、みんなも外し始める。

どのぐらい実験の時間が有るか分からないから急がないと。

腰のナイフを抜いた私は牡ジカの傍にしゃがみ込む。