作品タイトル不明
光魔法というもの ⑦
「言ってみなさい」
「・・・ありがとうございます。お婆様を通じて読ませていただいている魔法術式関連の文献に、“準備砲撃”という言葉が有ったのですが、どういったものなのでしょう?」
先日の防衛戦の準備を見ていて気付いたのだけど、こっちの世界では戦争に銃火器が用いられている様子が無い。
思い返せば、コーニッツ領とムーア領の制圧戦でも、魔法と近接武器が主体で、弓を使う兵士は居たけど銃火器は使われていなかった。
つまり、「砲」や「銃」が発達していないのだ。
なのに、「砲撃」という単語が、装丁に傷みが見えるぐらい古い文献に書かれていた。
「術式のことなのに、なぜ、シェリアに聞かず、儂に聞くのだ?」
「・・・記述から察して、戦争に関わる軍事的な用途だからです」
「ふむ。ならば、聞く相手を間違えては居らんな」
実のところ、私は「それ」がどういったものかは知っている。
“準備砲撃”とは、侵攻する軍隊が進路に有る敵の拠点や塹壕など、防衛線に砲弾を雨あられと撃ち込んで、「潜んでいる敵兵を防衛施設ごと耕してしまえ」という、自軍の損害を減らすための予防的攻撃のことだ。
確か、第一次世界大戦で熟成されて、第二次世界大戦では沖縄戦や硫黄島の戦いで防衛側の日本軍が上陸して来る米軍から散々にヤラレた戦術。
敗戦経験のある日本で育った人間だからこそ、負けた戦争のことは、個人の好き嫌いに関わらず、誰でも教わる。
その「負け戦」がどういったものだったかは、興味を持てば、関連する情報を書籍やインターネットで簡単に手にすることが出来て、「知る」ことができた。
「知った」ところで、政治や行政や教育に携わる「お利口」な人ほど、敗戦の「教訓を活かす賢さ」は無かったみたいなのが不思議だね。
「なぜ負けたのか」を考えて、「次に備えて対策を考える知恵」が無い人ほど政治や行政や教育に携わるなんて、一体、何の冗談だったのか。
あの国、ヘンだと思う。
私は私の大切な人たちを失いたくないし、元・祖国の「戦訓」を私なりに活かさせて貰うよ。
その「負け戦」では、敵が軍艦の大砲を延々と撃ち込み続けて焼け野原になってから上陸してきたらしい。
凄惨な悲劇、あるいは悲しき英雄譚として語られた「硫黄島の戦い」では、米軍側の”準備砲撃”を読み切っていた日本軍の方が洞窟や坑道に潜んで、やり過ごし、上陸してきた米軍に手酷い損害を与えたとか。
とはいえ、戦死者・負傷者は日本軍の方が多かったし、最後は物量で押し流されたらしいけど。
聞きかじりで軍事知識に明るくない私でも、近代史や海外の戦争ニュースで耳にしたことが有る単語だから戦術としての概要は知っているし、使い古されると言うことは軍事的に実効性のある戦術なことは明らかだ。
だけど、こっちの世界では実用化されている様子が無い。
実用化されていない理由を戦争のプロに問いたい。
その答えによっては、戦場にいるお母様たちが楽になるはず。
一般的な知識では無かったのか、お婆様でも記憶を探る仕草をする。
知識の検索を終えたお婆様が、ピッと人差し指を立てた。
「ああ、魔法術式の歴史の本ですね。四代前の勇者の下りですよ」
「“ニホンから召喚された兵士”だった勇者だな」
お婆様のヒントで、ハインズ様とお爺様も思い出した様子だ。
「・・・四代前というと、100年ぐらい昔ですか?」
「100年と少し―――、ざっと120年前だ。神教会による勇者召喚は膨大な魔力の蓄積が必要らしくてな。30年から40年の周期で定期的に行われていると聞く」
120年か。明治時代?
日露戦争当時の日本兵かな?
エグい陣地攻略戦が行われて、「203髙地」だとか、名作と言われる和製戦争映画の題材にもなった、歴史に残る激戦だったはず。
1人や2人、兵隊さんが居なくなっても、誰も気付かなさそうだよね。
「騎馬突撃や拠点攻撃の考え方に於いて革新をもたらした勇者でな。その勇者が必要性を説いた内の一つが“準備砲撃”だ」
「突撃前に遠距離から大量の術式を浴びせて敵の防衛線を更地にする、だったか」
「・・・一般的に使われる戦術なのですか?」
「いいや。使えん」
使えないのかよ!
態度に出さないように耐えきったけど、ズッコケそうになったよ!
戦術の概念は私の知識と一致する。
一致するのに「使えない」というのは何故だろう?
兵器も戦術理論も発達しまくった現代の地球を代表する戦争大国・アメリカが使い続ける戦術に、実効性が無いとは考えにくい。
ウクライナ戦争で発達した 無人機(ドローン) 戦術も同根だけど、現代の地球の戦争では、「如何に自軍の人的被害を少なく効率的に敵の損害を増やすか」に主眼が置かれていて、身近な人たちを失いたくない私の考えと同じなのだ。
「使えない」と言われて「ハイそうですか」とは引き下がれない。
「・・・そうなのですか? 敵が居なくなってから進めば味方の被害は少なそうですが」
「理屈上は有効だから何度も実験は行われたそうだが、全て失敗したらしい」
「・・・なぜ失敗したのでしょう?」
「“大量”の定義にもよるのだがな。先ず、多くの魔法術師を揃えられぬ。揃えたとしても、フレイアたちのように敵陣を更地に変えるほどの術式を使える者は多くない。フレイア並みに強力な術式を使える者を用意できたとしても、そう多くの回数は―――」
そこまで解説を口にしたお爺様が、ハッとした様子で言葉を止めた。
ハインズ様も瞠目して口が半開きになっている。
「やれるのでは無いか?」
「やれるな。魔石のお陰で、事実上、“紅蓮”の使用回数に上限は無くなった」
やっぱりか。
石造りの城壁を破壊するほどの爆発力を持つ“紅蓮”や“白焔”なら、敵兵ごと防衛線が更地になるまで耕すことは可能だろうに、なぜ使わないのか不思議だったんだよ。
軍事面の話だからか口を挟まず見守っていたセリーナ様が、にんまりと微笑む。
「戦争の歴史が変わりそうね」
「・・・私は疑問が解けてスッキリしました」
テレサ直伝の営業用スマイルを披露する。
本当にスッキリしたので記憶の件がバレて藪蛇になる前に私は撤退するかな。
お母様に、このことも手紙で書こうっと。
私の予想が正しいなら、一方的に、お母様たちの安全を確保したまま勝てるはず。
きっと、この後も執務室では大人たちの戦略的や戦術的な議論が交わされるのだろう。
その辺りは丸投げだ。
大人たちには大人たちの、私には私の、すべきことがある。
先ずは、広げた風呂敷を回収することだよ。
実験と練習で治癒魔法についての見識と技術を深めて道筋を付ける。
大人しく引き下がった私は、丁寧に頭を下げて執務室を辞した。