作品タイトル不明
光魔法というもの ⑤
「バジリスクの毒だと?」
「・・・はい。お母様が治癒師に研究を依頼してくださったはずなのですが」
怪訝な顔で書類から顔を上げたハインズ様に、私は頷く。
戦後処理で忙しい領主執務室には、領主代行のハインズ様だけでなく、セリーナ様とお爺様とお婆様とワールターさんが居て、書類の束を抱えた領主館のメイドさんたちも忙しく出入りしている。
「毒など、何に使うつもりだ?」
「・・・治癒魔法の練習です」
しれっと答えた私にハインズ様たちの視線が集まり、室内の全員が首を捻っている。
「治癒魔法と毒の関連性が、よく分からんのだが?」
「・・・治癒魔法の練習は、ケガ人が居ないと出来ませんよね? だから、魔獣を練習に使えないかと」
「バイコーンに使うのか。毒を使っては食肉に使えぬのではないか?」
さすが、直系尊属だね。
思考回路がルナリアと一緒だよ。
まあ、そうなった原因はシカ肉の大量流通を起こした私なんだけど。
「・・・バジリスクの毒は、嗅ぐだけで麻痺を受けると聞きます。そのまま毒を使うのでは無く、魔獣を麻痺させたいのです。その麻痺の時点で、どの程度の毒を受けるのか、毒の有害性を詳細に調べたいとお母様に相談したら、私自身で研究せずに治癒師に任せろと仰って、手配を請け負ってくださったのです」
「そんな報告が出ていたか?」
お爺様を見たハインズ様に、お爺様が首を振り、記憶を探るようにしていたセリーナ様が、ポンと手を打った。
「アレじゃないかしら。医療研究に使いたいと、領軍に“犯罪者の協力依頼”が来ていたでしょう」
「おお。そう言えば、そんな話が有ったな」
「確か、フレイアの進言でハロルドが許可していたはずだが、その後、報告を聞いた覚えが無いぞ。聞いているか?」
「死刑囚ですよ。夏にナーガ川を渡ってきた盗賊団の。執行報告では?」
盗賊団と言われて記憶に思い当たりが有ったらしいハインズ様とお爺様に、席を立ったお婆様が壁の本棚から綴じられた書類の束を取り出して、ワールターさんに手渡す。
該当する書類を開いたワールターさんからお爺様の手に渡る。
「―――有るな。公王国の情報を吐かせるのに時間が掛かって刑の執行が遅れていた件だ。許可の3日後に、執行報告が上がっている」
「なるほど。“犯罪者の協力”とは、そういう意味か」
お爺様からハインズ様へと書類の束が手渡され、決裁済みの書類の文字に目を走らせて改め直したハインズ様が頷く。
「ふむ・・・。依頼者はレティアの治癒師か。この者から話を聞きたいと?」
「・・・はい。出来れば、魔獣での実験にも協力していただければと」
「殿下も居る場での実験であろう? この治癒師の身元も調べておく必要が有るか」
「調べさせよう」
ハインズ様の判断に、お婆様が私を見る。
「結果が出るまで待ちなさい。良いですね?」
「・・・はい。お願いします」
今日は、ここまでかなあ。
確かに、怪しい人をテレサに近付けるわけには行かない。
早く実験に取り掛かりたい気持ちは有るけど、私もテレサを危険に晒したいわけでは無いし、ピーシーズの負担も増える。
日を改めるつもりで執務室を辞そうかと考えていたら、セリーナ様から声が掛かった。
「ところで、フィオレ? テレサが治癒術式の腕を上げたと聞いたのだけれど」
「・・・神教会で治癒魔法による治療を受けた経験がある兵士の話では、神教会の司教と較べても遜色無いと」
「ほう? それほどか」
セリーナ様は、内孫のルナリアと同じぐらい、姪孫のテレサに対する関心が高い。
でも、私の答えに対する反応は、セリーナ様よりもハインズ様の方が早かった。
ハインズ様の関心はテレサの成長に関してだったけど、セリーナ様の関心は別のところに有ったようだ。
「治癒術式の上達には、かなりの経験が必要だと聞くのだけれど、貴女、何をしたの?」
「・・・何、というか、私は傷口が出来る過程を図解して、逆回しに遡ってみれば、と、思い付きをテレサに提案しただけなのですが」
「逆回し、とは?」
「・・・時計、ですね」
こっちの世界にも時計が有ることは私も知っている。
キッチリ3時間に一度鳴らされる町の鐘が存在することで、有るんじゃ無いかと思って「なぜ正確に時間が分かるのか」と訊いてみたら、小型化が進んでいなくて、かなり馬鹿デカいけど、100年以上前から有ると教えて貰った。
日本の時計も、最古のものは江戸時代のものだったはずだ。
セリーナ様もお婆様たちも、時計の針を例えたものだと知ると即座に「逆回し」の意味を理解した。
「つまり、貴女は治癒術式を“時を遡るもの”だと認識したのかしら」
「・・・時を遡る・・・・・? そうか、そうなんだ」
セリーナ様の質問にハッとした。
関連性が分からなかった「光」属性と治癒魔法。
恐らく、「光」属性は「時間」に作用するのでは無いだろうか。
「時間」と召喚魔法の関係は、まだ分からないけど、「時間」は「重力」の一種、みたいな概念を聞いたことが有る。
あれ? 「時間」は「重力」に影響する、だっけ? 逆?
あれも相対性理論だったっけ?
どこで聞いたんだっけ。
すると、召喚魔法は「重力」と関係する?
「時間」と召喚魔法って言われても、ピンと来ないものね。
まだ、「重力」の方が関係しそう。
私から答えが返って来ないことに、セリーナ様が首を傾げる。