作品タイトル不明
採掘場防衛戦 ⑮ ※アンサンブルキャスト面
1000キロメテルも離れた王国の東端と西端では日没の時間も違う。
義娘が見ていたものから数十分遅れの日没を馬上で眺めていたフレイアは、帰還した野営地で鞍から降りる。
さっさと天幕へと向かうフレイアの背中を、手近な兵士に手綱を預けたエゼリアとアンリカが追う。
フレイアの隣に並んだエゼリアが、疲れが滲む顔を上げて夜空に瞬き始めた星を見上げる。
同様に疲れが見えるアンリカは凝った肩を鳴らしている。
「今日は粘られましたねえ・・・」
「面倒くさいったら、もう・・・」
「兵站の調達阻害の効果が無くて焦りが出ているのだろうさ」
素っ気なく言うフレイアの目は、東の空に上った月へと向いている。
東の空の下、レティアに向けてノーアを送り出して2日。
未だ、いくつかの防衛拠点を落としただけで、討伐軍は敵本拠地へ辿り着けていない。
元・“保守派”の領地だけ有って、無視して進もうとすると防衛拠点に籠もっていた守備兵力がちょっかいを掛けてくるので、面倒でも一つ一つ拠点を潰していく必要が有るのだ。
そんな苦し紛れで、どうにか出来るウォーレス領軍では無いのは分かっているだろうに、それでも、執拗に、ちょっかいを掛けてくる。
ラムレース領・ポルロッカ領の陥落で学んだのか、人質に取っている西部駐留部隊の騎士たちが防衛拠点に分散して囚われているので、王都騎士団の手前、見殺しにするわけにも行かないのが、更に討伐軍の足を遅らせる原因となっている。
人質を前面に押し出して来られては、無闇に“紅蓮”で噴き飛ばすことも出来ず、地道に攻略せざるを得なくなってしまっている。
地味な手だが、使うべきを、しっかりと使われると、しっかりと効果は有るのだ。
最初から、これをやられていれば、もっと攻略に時間が掛かって、討伐軍の疲弊は、もっと深刻だっただろうが、これまでのフレイアの無理を押しての迅速な進軍が効いて、現状程度の疲弊で収まっている。
そのことに今さら気付いたところで遅い。
明らかな遅滞戦術は、文字通り、時間稼ぎにしかならず、敵の意図を考えれば、「効果が現れない調達阻害に焦れながら堪えている」と言ったところだろうか?
あるいは、正気を保っていた家人が愚かな当主のために、自らを磨り潰させながら時間を稼いでいるのか。
王国内の物流が混乱するどころか安定へと向かっている原因が、ウォーレス領が新たに開拓した岩塩鉱山に有るという情報は敵も得ているだろうし、いい加減、諦めてくれれば「仕事」も早く終わるのだが、自分たちの命が掛かっていると気付いただけに、今さらながら正攻法での抵抗を見せている。
王国への叛逆を露わにしてしまっただけに、今さらながら王国への恭順を見せても特務魔法術師が前線に立っている以上、領地の没収や爵位の剥奪で済むわけが無い。
職務の特性上、王家の治世を脅かした者に特務魔法術師は容赦しない。
良くて当主と後嗣を処断しての家の断絶、最悪ならば血族すべての粛清だ。
他国と結んで叛逆に踏み切った以上、「最悪」の未来しか無いとの自覚は有るらしい。
「最悪」を予知しているのなら、潔く下って、出来るだけ多くのものを残して終わらせれば良いものを、「最悪」を予知しているからこそ、粘れるだけ粘って武家の最期の意地でも見せたいのだろうか。
王国が本気で苛烈な粛清に動いたことで、背後で蠢いていた他国の影は動きを封じられ、混乱と弱体化を狙った策謀も無効化されたからには打つ手が無い。
王家が折れる決着しか想定していなかった「アホども」は、最後の最後まで「最悪」に向かって最悪の選択を続けるのだから、もはや、付ける薬も無い。
時間は掛かるが、人質に配慮しつつ、地道に王国の歴史から叛逆者を抹消していくしかない。
嫌な役回りだが、特務魔法術師として、悪行に悪行を重ねた一族郎党を粛清するしか選択肢は無くなった。
ならば、フレイアは己が引き受けた職務を果たすのみ。
「フィオレ様、様ですね。これが終われば、暫く王国は安泰でしょう」
「色々と肩の荷が下りますから、もうひと頑張りですね」
世間話の体を取りつつ励ましても大した効果は無いと分かっては居ても、明るく振る舞ってフレイアの気分転換を図る。
ノーアを拾ったことで少しは落ち付きを取り戻したが、相変わらず、フレイアの顔色は冴えず、心の負担が軽減されたわけでは無いことが分かる。
本音を言えば、戦場から少し距離を置いて欲しいのだが、状況がそれを許さない。
用意された天幕に入るとアンリカはランプに火を灯して天幕の柱に吊す。
フレイアが外した 肩掛け外套(ペリース) を受け取ったエゼリアは、皺にならないように注意しつつ外套掛けに吊す。
野営中に湯に浸かるのは難しいが、魔法術式で出した湯で体を拭くぐらいは出来る。
備品管理の天幕へ桶と手ぬぐいを受け取りに行こうかと天幕の出入口に向かったエゼリアに体当たりしそうな勢いで、大きな木箱を抱えたディアナたちがドヤドヤと騒がしく飛び込んできた。
さっと躱したエゼリアの目の前を木箱と後輩たちが通り過ぎる。
「ちょっと! 危ないでしょう!」
「「「「「ごめんなさーい!」」」」」
悪びれない軽い返事を残したディアナたちは、何事かと眉を顰めているフレイアの目の前に床机を持ち出してきて木箱を置く。
「フレイア様! フィオレ様から贈り物ですよ!」
「贈り物だと?」
目を丸くしたフレイアの前には、普通は二人掛かりで運ぶような大きさの木箱が6個も置かれている。
一人一箱を軽々と運んできたところを見ると、木箱は大きくても、中身はそれほど重くは無いようだ。
「輜重の話では、必ずフレイア様に届けるようにと、何度も念押しされて木箱を押し付けられたのだとか」
「これは送られて来た木箱の一部で、馬車1台分ありますよ」
「その割に、 毀(こわ) れ物だとか、取扱の注意だとかは、まるで無かったみたいで、押し付けられた輜重も首を傾げていました」
「この軽さは、絶対に干し肉だと思うんですよね」
「運んできた兵站が塩と干し肉が大半なのに、別口で干し肉を送ってくる意味ってある?」
「分からないわよ? フィオレ様だもの」
「良いから開けてみろ」
口々に姦しく騒ぐ側近たちに呆れた目を向けてから、フレイアがシッシと手を振る。
ぞんざいな態度だが、フレイアの目も笑っている。
「「「「「はーい」」」」」
ベキッ、バキッ、と豪快な音を立てて、素手で木箱を開けた側近たちの間に割り込んで、フレイアも木箱を覗き込む。
素っ気ない口調で言っても、フレイアもフィオレが何を送ってきたのか気になっているのだ。