作品タイトル不明
採掘場防衛戦 ⑭
身を隠した防御壁の頭上を轟音に続いて爆風が駆け抜けていく。
やっぱり、塹壕的な遮蔽物があると安心だね。
キャットウォークの上で私と同じように身を伏せていたピーシーズが、爆風が過ぎ去った防御壁から顔を覘かせて森の中を凝視する。
「ああ、やっぱり敵襲だったようですね」
「・・・そうなの?」
「“ 魔梟(ガルダ) ”はナーガ川の公王国側が棲息域で、王国側に出ることは滅多に有りません」
「・・・だから、敵がナーガ川を渡ってきたと」
私も防御壁の上にひょっこりと顔を覘かせてみれば、1キロメートル以上彼方の崖上の森は赤々と燃えていて、明るい朱色を背景に、黒く小さな人影のようなものが動いているように見えた。
なるほど。
こんな夜更けに魔獣が騒いでいる聞き慣れない声が聞こえると思ったら、本当に夜中の森を突っ切ってきた敵軍が居たらしい。
防衛側の私たちは採掘場を動かせない以上、逃げ隠れしても意味が無いから、念のため、先制攻撃になれば良いかと、アリアナさんに攻撃目標地点を聞きながら1発撃ってみたら、本当に敵が攻めて来ていて上手く直撃したようだ。
運が無いと言うか、お疲れさまでした。
「採掘場周辺には居ないはずの魔獣の鳴き声が聞こえる」と叩き起こされた甲斐は有ったね。
護衛のつもりか私の隣で剣の柄を握っているルナリアが、ぽけーっと大口を開けて森を眺めている。
「ふあ―――」
「・・・もう2~3発、行っとこうか」
今、この採掘場に戦闘要員は、1個中隊200人ほどの常駐部隊と、私とルナリアとピーシーズ、テレサと護衛騎士30人の、240人ほどしか居ない。
ナーガ川河畔の防衛線から応援部隊が来ていない状況に鑑みると、あの敵は、防衛線を掻い潜って潜入してきた採掘場攻撃部隊なのだろう。
だったら、遠慮することは無い。
2発目、3発目で焼いても、“魔の森”に延焼しないことは、ここ数日の実験で分かっている。
”恒星”で枝葉が燃えて黒焦げになったはずの巨木たちは、翌朝には新しい芽が出るようで、黒焦げの中に明るい緑色が散見されるぐらいの生命力を発揮していたからね。
初めて会ったときのお母様が、「この程度で“魔の森”を焼けるなら苦労しない」と言っていたのは本当のことだった。
着弾地点周辺が丸焦げに焼けても、何の不思議パワーか、“魔の森”の木々に燃え広がることは無い。
「撃て~」
「・・・ヤー」
新しい魔石に持ち替えた私は、一応は総大将となっているテレサのGOサインを待って、目一杯に伸ばした魔力の手の中に“恒星”を生み出す。
彼方で燃える森の上空に青白い光源が生まれたことで、ルナリアやピーシーズが慌てて頭を引っ込める。
私も光源を直視すると暫く何も見えなくなるので、目を固く瞑って左手で目元を守ったままだ。
順調に慣れつつある私の“恒星”生成作業は、無駄が省かれて最適化されつつあるのか、徐々に魔力消費量が減って、心身への負担も軽減されつつある。
上手く行けば、マルチタスクで他のことをしながらでも使えるようになるのでは無いだろうか。
お母様は馬を駆けさせながらでも“白焔”を撃てると言うし、お母様と馬を並べて駆けさせながら絨毯爆撃すれば、大抵の敵軍には勝てる気がする。
「念には念を」で、追加で“恒星”を2回落とした後、敵襲で安穏と眠ることが出来なくなった私たちは、夜が明けるまで警戒態勢を解かずにお喋りをして過ごした。
最初の“恒星”を落とした30分後ぐらいには、ナーガ川河畔の防衛線から1個中隊の増援が来たけど、夜の森へ出てまで追撃する必要は無いと、増援部隊も一緒に防衛拠点に閉じ籠もって朝を迎えた。
ナーガ川の上流から敵兵の死体が大量に流れてきたから本隊の方でも敵軍の侵入に気付いたらしい。
朝焼けで茜色に染まった空の下、崖上の城門から武装した増援部隊の人たちがぞろぞろと歩いて焼け跡を調べに出て行った。
1時間も掛からずに、殆どの人たちが防衛拠点に戻ってくる。
「敵の潜入部隊は中隊規模ですね。一兵残らず見事に殲滅されていました」
ハロルド様と同じぐらいの年代の騎士様たちから賞賛の目が集まると、さすがに落ち着かない。
どうしたものかと困っていたら、町の方から早馬がやって来て、増援部隊はナーガ川の前線へと戻って行った。
どうやら、ナーガ川の向こう岸に敵軍の本隊が到着したらしい。
敵が崖上の森を突っ切ってきたのは間違いないみたいで、敵の残存部隊や増援部隊が来ていないか調べる必要が有るらしい。
一旦、森から出ないと崖上へ馬を上げられないので、街道に出てから崖上の森へ斥候兵を出すそうだ。
” 不死者(ゾンビ) ”発生予防で敵兵の死体を焼却しないといけないし、焼き鳥になった鳥型の魔獣も回収する必要があるから、そっちは日が昇ったら死体と焼き鳥を処理しに採掘場から人を出すらしい。
崖下と崖上で馬を上げ下げできるエレベーター的なものを建てると、みんな喜ぶだろうか。
拠点内に崖上と崖下を徒歩で上り下りできる階段は設えられているけど、いちいち森の外まで遠回りしないと馬を使えないなんて不便極まりない。
丈夫なロープと滑車が有れば、荷物用リフト的な人力エレベーターは作れそうだよね。
そう言えば、滑車を使ってるのって見た記憶が無いな。
こっちの世界に技術が伝わっていないとは無いとは思わないし、何か理由が有るんだろうか。
要相談の案件がまた増えてしまった。
200人以上もの人が増えて、また減ると、元の状態に戻っただけなのに、防衛拠点の中が何だか閑散として寂しくなったように見えてしまう。
防衛拠点の改修を提案すべきか考えている私の横っ面に突き刺さる、にんまりと笑ったルナリアとテレサの目が痛い。
「フィオレ一人で勝っちゃったわね!」
「これが、過剰攻撃というものでしょうか」
「・・・暗くて見えなかったんだし、仕方なくないかな?」
結果としては、 過剰攻撃(オーバーキル) だったかも知れないけど、味方にケガ人や死人が出るよりはマシだよ。
攻めて来た敵兵に容赦する気なんて最初っから私には微塵も無かったし、それを過剰と指摘されると言葉が淀んでしまうんだけど。
頬に手を当てたテレサが困ったように首を傾げる。
「でも、私たち、何にもすることが無かったですわ」
「・・・ででで、でもでも、その方が良いよね!?」
「まあ、そうなんだけど!」
言い募る私にルナリアが楽しそうに笑う。
防御壁の上に警戒監視の兵士さんを数人残して崖下の地上へ降りてきた私たちは、眠そうな顔の兵士さんたちと一緒に焚き火を囲んで、オマケ扱いで戦力に数えられていなかったレーテさんが淹れてくれたお茶を飲んでいる。
本隊の防衛戦の戦況も気になるから、居眠りをする人は誰一人いないけどね。
日が昇った後も、交代で仮眠を取りつつ警戒態勢を維持していたら、日が落ちるにはまだ早い時間に、数十人の護衛部隊を引き連れたお婆様たちが迎えに来てくれて、コテンパンにやられた敵軍が撤退してウォーレス領軍の快勝で戦争が終わったことを教えて貰った。
お婆様たちと一緒に採掘場を後にする。
焼き鳥はシカの出荷分を回収しに来た猟師さんたちに託されて、シカと一緒に出荷されて行ったから、一足先にレティアの町に着いているはず。
空気が緩んで日常が帰って来る。
私たちは採掘場を守り抜き、開拓した森の領有権を確たるものにしたのだ。
あとは、お母様たちが無事に帰還してくれれば、完全に戦争が終わる。
森から出た街道で、夕日が落ちていく方角の空を見る。
初冬の澄んだ空気に吐く息が白くなり、季節の移ろいを実感する。
「・・・どうか、お母様たちが無事に帰ってきますように・・・」
馬の背に揺られる私は、小さな声で呟いた。
私以外の誰の耳にも届かなかった呟きは、茜色から紺色に色を変え始めた空に溶けて消えた。