軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

採掘場防衛戦 ⑬ ※カリーク公王国面

数人、数十人なら問題は無くても、500人以上の人間が暗闇の中で不安定な崖を降りるとなれば、事故も起こる。

速い川の流れに先行する者たちが四苦八苦して泳いでいる後ろに、転落した者が水柱を上げる。

他の仲間も巻き込んで、複数の水柱が立て続けに上がった。

部隊長が後方を見て舌打ちする。

先頭グループに居る部隊長でも、まだ川幅の半分も泳いでいない。

裸ひとつで泳ぐのと、着衣―――、武装状態で泳ぐのとでは雲泥の差が有る。

バシャバシャと水音を立てて部下たちが必死に泳ぐ。

「―――拙い・・・!」

暗い水面の下を、何かの影が過ぎった。

水中を走った影が向かった先の部下が、何かに引き摺り込まれたように水中に消える。

悲鳴すら上げる暇も無く、次々と沈んでいく。

水面を割って伸ばされた腕が、再び水中へ引き込まれる。

「―――!」

すでに水中にいる部下たちは闇夜にも明らかに顔色を悪くして泳ぐ速度を上げ、崖を降り掛けていた部下たちは身を固くして動けなくなる。

魔獣に食われるのが恐ろしくても、部隊長が率先して水中に居る以上、決死隊に参加している騎士に泳がない選択肢は無い。

このまま引き返しては、まず間違いなく敵前逃亡で死罪に処されるだろう。

意を決した部下たちは音に配慮することも止めて5メテル目下の水面へと飛び込み始めた。

水中に青白い閃光が走る。“蛇蜻蛉”が放った雷撃の光だ。

「ぐああああああ!」

「ぎゃあああああ!」

暗闇の中のあちこちで悲鳴が上がり、あちこちで閃光が走る。

「―――くっ! 何なのだ、これは・・・!」

分かっていたことだが、敵の前へ辿り着く前に、何という理不尽か。

この理不尽のせいで、かつて、カリーク公王国は領有宣言に失敗して世界中に恥を晒した。

その恥を 雪(すす) いで領土を奪い取るための潜入侵攻作戦だと言うのに、またしても魔獣に邪魔をされるとは。

新たに獲得した開拓領域の版図はご丁寧に公王国にまで通告してきているが、リテルダニア王国は本当に、この“魔の森”の開拓に成功したと言うのか。

全く以て信じ難い。

一体、どんな手を使って森を拓いたというのか。

這々の体で対岸へと泳ぎ着き、部隊長は川の流れから身を引き上げる。

崖から崩れ落ちてきたのであろう岩の上に登って後ろを振り返った部隊長の目の前を、仰向けに浮いた部下の体が流れて行く。

彼は渡河直前に部隊の集結状況を報告しに来た騎士団所属の若い騎士だ。

手を伸ばしかけて止める。

魔獣に囓られたのか、彼の頭部の半分が欠けて頭蓋から漏れ出した脳髄が顕わになっていたからだ。

あれで息があるわけが無いし、彼の体が動いたとしたら“ 不死者(ゾンビ) ”として処理する必要が有る。

神教会が説く、話半分も信じて居ない神の元へ召されるように彼の冥福を祈るしか無い。

川の流れの中程では、未だバシャバシャと水を掻いて泳ぐ部下たちの姿が見えて、一人、また一人と沈み、何十、何百もの遺体が暗い水面を流れていく。

水滴を滴らせて握った拳を震わせる。

「おのれ、忌々しい魔獣どもめ・・・!」

言葉の通じぬ魔獣を相手に吐き捨てたところで状況が好転することはない。

一体、どれだけの戦力が生き残ってくれるものか。

忸怩たる思いとリテルダニア王国に対する暗い憎しみを胸に押し込め、崖に向き合った部隊長は岩の出っ張りに手を掛け、一掴み一掴み、一歩一歩、手足を動かして5メテルの崖を登り始めた。

渡河開始から2時間。

ボロボロになって崖を這い上がってきた部下たちが三々五々に集結を始め、これ以上は集まらないと判断した部下の一人が部隊長の下へと歩み寄ってきた。

「隊長・・・。部隊の集結、完了しました」

目を閉じて腕組みで巨木の幹に背中を預けていた部隊長が瞼を開く。

「・・・・・たった、これだけか」

濡れそぼった衣服で初冬の寒さに震えている部下たちの姿を目にした部隊長は、体内の疲れを吐き出すように溜息を落とした。

暗い表情で俯いている部下たちの数は、渡河を始めたときの半数も居ないだろう。

僅か200メテルほどを移動しただけで、この有り様だ。

30キロメテルほど上流から流された部下たちの遺体が本隊の渡河地点まで流れ着くのに、あとどの程度の猶予が残されているだろうか。

数百もの遺体が流れているのを王国の警戒監視が見落とすとは思わない。

すでに2時間も経過しているのだから、早ければ1時間も経たずウォーレス領軍に渡河を察知される恐れが有る。

リテルダニア側の河岸へ上陸した時点で、先行して地図を持たせた斥候を送り出してある。

目印を追えば、同じような景色が続く森でも迷わずに進めよう。

攻略目標の採掘場まで一心不乱に駆け抜ければ2~3時間で到達できるだろうか。

日付が変わった頃に目的地に到達できるなら、夜襲には最適な時間帯だ。

これほどの損害を出した以上、目的の敵拠点を奪わずに祖国へ帰れるものか。

腹を括った部隊長は、血走った目で命令を下す。

「皆、立て。進軍を開始する」

「はっ」

どれだけ心身共に疲れていようとも、決死隊として選抜され、あるいは志願した精鋭の騎士たちだ。

星明かりすら届かぬ暗い森を、中隊規模まで磨り減った潜入侵攻部隊は駆ける。

この期に及んで隠密性などと高望みをするつもりは無い。

ナーガ川河畔の防衛線から応援戦力が来る前に、攻略目標へと到達し、一気呵成に攻め落とすのだ。

立て籠もって抵抗している間に本国からの侵攻軍本隊がナーガ川を越えて攻め込めば、憎きウォーレス領軍を挟撃できよう。

些か希望的観測に満ちた作戦だが、やるしか無い。

新領土奪取に失敗して侵攻作戦の失敗を世界中に喧伝されれば、公王国の威信は地に落ちるのだから。

鬼気迫る表情で駆ける部隊長は、斥候が先行しているはずの前方が騒がしいことに気付いて足を緩めた。

巨木の幹の陰に身を寄せて前方を窺い見る。

攻略目標は目と鼻の先のはずだが、何やら、鳥の鳴き声らしきものと、恐慌に陥っているのが明らかな悲鳴が、闇の向こうから聞こえてくる。

「何だ・・・? 何が起こっている?」

「魔獣です。この鳴き声は“魔梟”かと」

「くそっ! こんな時に・・・!」

部隊長は舌打ちした。

どうやら、先行させた斥候が魔獣と鉢合わせて襲われているらしい。

“ 魔梟(ガルダ) ”とは、血の色を思わせる赤黒い翼を大きく広げれば翼長5メテルにも届く巨大な猛禽で、夜目が利く上に非常に獰猛な魔獣であり、目を付けた獲物に対する執着が強い習性が有る。

一度、獲物と見定めた“動物”を仕留めるまで、延々と追い回し続けるのだ。

“魔梟”の性質から察するに、ナーガ川を渡る前から「目を付けられて」いたのだろう。

ナーガ川を越えた森の領域には“ 触角ヘビ(バジリスク) ”と呼ばれる巨大な毒蛇の魔獣も潜んでいる。

公王国側の森には居ない魔獣だが、隠密性が高く、頭上から奇襲してくる凶悪な種だ。

ただでさえ、夜の“魔の森“は昼間よりも魔獣が活発で、昼間よりも遙かに危険なのだ。

部下を助けに行きたい誘惑に駆られるが、今は部下の命よりも優先しなければならない任務が有る。

ギリギリと奥歯を噛みしめた部隊長は、何とか喉の奥から声を絞り出した。

「迂回して進軍する。攻略目標を落とすことを最優先とせよ」

「・・・はっ」

数瞬、部下の返事が遅れた心情は、部隊長にもよく分かる。

魔獣に襲われた仲間を見捨てて進めと命じたのだから。

正確に命令の意味を理解した部下が部隊に周知しに走る。

仲間の命を代償に、図らずも小休止となった潜入侵攻部隊は、追い詰められた表情で再び走り始めた。

暫く走ると、月明かりの加減か、頭上の木々の枝葉の隙間から、細く白い光の帯が降り注いでいるのが見えてきた。

警戒して足が止まる。

100メテルほど前方の森の中へと差し込む光は、まるで、分厚く垂れ込めた暗い雨雲の隙間から清らかな陽光が差し込むような、心を奪われる幻想的な光景だった。

違和感が無意識に部隊長の口をついて出る。

「・・・・・待て。月明かりとは、あれほど明るいものか?」

気付いた違和感に新たな命令を下す暇も無く、光の帯は、昼間でも有り得ないような明るさに強まり続けている。

「―――まさか・・・!」

ハッと気付いたときには、光の帯が角度を変えて動き始めている。

それは、光源が動いているということだ。

あれは、月明かりなどでは無い。

「隠れろ! 急げ!」

大声で怒鳴るように警告を発した部隊長は、自らも幹の陰へと身を引っ込めた。

次の瞬間、黒と白が反転し、視界の全てが白く塗り潰された。

「―――ぐ・・・おおっ・・・!」

視界を奪われた部隊のあちこちから悲鳴が上がり終えるのも待たず、巨人の拳で殴られたかのような衝撃で地面に叩き伏せられ、耳を 劈(つんざ) く轟音に意識を揺さぶられる。

そして、灼熱の地獄が頭上から降ってきた。