作品タイトル不明
採掘場防衛戦 ⑨
「お疲れさま。フィオレちゃん」
「・・・申しわけ有りません。皆様の衣服を汚してしまいました」
「なに言ってるの。汚れても良いように、この格好なんじゃない」
「想定内ですよ。気にしなくて構いません」
着座のままで頭を下げると、テーブルに着いている全員がカラカラと笑う。
やっぱり、汚れるのは想定内だったか。
大貴族の奥様方のイメージと違うけど、ウォーレス家系だと思えば、そんなものか。
セリーナ様が目を丸くして私を見る。
「でも、凄いわねえ。フレイアでも“紅蓮”を身に付けたのは7歳のときだったのに」
「あの子は他の属性にも手を出していたから。“紅蓮”を研究しだしたのは、ミリアが物心ついた後よ」
「懐かしいわ。姉様が部屋を噴き飛ばしたときは、なぜか私も一緒に叱られたのよね」
「そうだったかしら?」
「これだもの」
お婆様が小首を傾げ、叔母様が肩を竦める。どこまでが本当でどこからが冗談なのか、私にはハードルが高すぎて判別できない。
「そう言えば、ミリアは、あんまり魔法術式に興味が無さそうだったのに、覚えるのは早かったわよね」
「私は姉様に、みっちり教え込まれたもの。でも、最終的にお手本になったのは、父様の“紅蓮”だったわ。ね? 父様」
セリーナ様がミリア叔母様に目線を移して、叔母様はお爺様を見上げる。
「む・・・。そうだったか?」
「そうよ。私の“紅蓮”は父様譲り」
「うむ。そうか」
柔らかく微笑む叔母様に、お爺様が目を細めて頷く。
セリーナ様が首を傾げる。
「フィオレのアレは、“紅蓮”よりも“白焔”に近いのかしら?」
「そうね。でも、“白焔”とも少し炎の色が違っていたわ」
思い出すように視線を泳がせるお婆様の思案顔を、身を乗り出して叔母様が覗き込む。
「別の名前を付けては、どう?」
「良いわね。折角だから、箔を付けておきましょうか」
いけない。
オホホ、と上品に笑っているけど、叔母様もセリーナ様も目の奥に底光りするものが有って、政治的な策略モードに入ったことが、社交に疎い私にも分かった。
この感じは、心の準備が出来ていない私には、まだ早い。
笑顔の下で殴り合う、賢い女のマウントの取り合いとか、怖いよ。
日本に居た頃にも、私には縁が無かった分野だもの。
「・・・あの。私、ルナリアたちのところへ行っても良いでしょうか?」
「行ってらっしゃいな」
目元を緩めたセリーナ様の許可を得て、席を辞する。
お爺様も思いは同じだったのか、二人で手を取り合って無事に脱出を果たした。
お爺様はハインズ様と合流し、セリーナ様と叔母様の動きを報告するみたい。
お爺様に優しく背中を押された私はテレサとルナリアと合流する。
私たちの側近として誇らしげに護衛に立つピーシーズが周りを固めることで、人垣を押し止める防波堤になっていて、お婆様たちのテーブルの周りみたいに、ぽっかりと空間が出来ている。
「凄いわね! フィオレ!」
「本当に、凄いですわ!」
「・・・ありがとう」
内輪で流行りが継続中のハイタッチで迎えられると、体育会系クラブの試合にでも出ているようなノリに見える。
かつての私には縁が無かった世界だけど、女の子が集まると、こんな風になるのが自然なのかもね。
「次は、わたしの出番ね!」
「・・・ルナリアも、やるの?」
「わたしの特訓の成果を見せてあげるわ!」
ぺったんこの胸を反らして宣言したルナリアが鼻息も荒く訓練場の真ん中へと向かう。
「いってらっしゃい」
「・・・おおぅ。い、いってらっしゃい」
にこやかに手を振ってルナリアを送り出したテレサに釣られて、私も手を振ってルナリアの背中を送り出した。
ルナリアが歩み出してきたことに気付いた観衆が大いに沸く。
最近は市場の視察に出たりと以前よりも領民の前への露出が高くなっていて、元気で勢いが有るわりに素直なルナリアは、お母様たちのような近付きがたい高嶺の花では無いので、領民たちの間で可愛がられて大人気らしい。
市場のオバチャンたちから貰った新味の干し肉やら果物やらを、付き添ったピーシーズとモグモグやっているのを、ちょくちょく見掛ける。
日本の常識だと、あんまり間食を食べすぎると夕食が食べられなくなるとか叱られるものだけど、魔法だの何だのと体力を使うことが多い私たちは、間食用の干し肉を常に持ち歩いて居るぐらい腹ペコなことが多い。
現領主の娘で次期領主のルナリアも、腹ペコなことが多くて遠慮なく餌付けされている。
以前はヘンな噂で敬遠されていたと言うか扱いに困られていたみたいだけど、ルナリアの可愛さに皆が気付いたのなら、それは良いことだよ。
社交界の重鎮たちが隠す素振りも無く開いていた作戦会議の迫力に押されて気付いていなかったけど、訓練場の真ん中には、いつの間にか、風ジェットカッター魔法お披露目会のときと同じように、鹵獲品のカリーク公王国の甲冑を着せられた杭が立っていた。
甲冑まで数メートルの距離を残してルナリアが足を止め、ルナリアに付き添って行ったアイシアちゃんの手から、鞘に収まったままの剣を受け取る。