作品タイトル不明
社交界の首領・叔母様襲来 ⑳ ※アンサンブルキャスト面
「お前にも、やろう。ご苦労だったな」
「は、はあ・・・」
フレイアがポーチから取り出した干し肉を反射的に受け取ってしまった王都騎士団の騎士は、間の抜けた返事を返して、天幕へと去って行くフレイアの背中を見送った。
高嶺の花のフレイアが自分のお気に入りを手ずから褒美として与えるのは珍しいことなのだが、王都騎士団所属でフレイアとの交流が無い彼には、その稀少さと栄誉が理解できていない。
経緯を聞いたウォーレス領軍の騎士たちから、干し肉を貰った彼が、やっかみと羨望の袋叩きに遭わされるのは、この1時間後のことである。
「どうするんですか? あの子」
「どう、と言ってもな。神教会の勢力圏に近い西部地域には置いておけんだろう」
散々に洗浄されて、ベソをかき始めたノーアが解放されたのは2時間以上経った頃だ。
占領地のどこかからアンリカが調達してきた、サイズぴったりの真新しい服に着替えさせられたノーアは、約束通りフレイアから干し肉を貰い、干し肉を食べ終わったら今度はパンにスープに果物にと餌付けされ、安心しきった様子で毛布に包まってフレイアの天幕で眠りに就いた。
寝ている子供を玩具にして起こすほど無粋な大人は、この天幕には居ない。
とは言え、今のフレイアたちは軍事行動中の身で、いつまでも野営地に子供を置いておけるわけも無い。
明朝には最後の敵地であるアムシェリー侯爵領へ攻め込むべく行軍を開始する予定だ。
ノーアの処分は今夜中に手配を終えておく必要が有る。
「そうですね。せめて、王都よりも東の地域へ送るしか有りませんよね?」
「ですよね。でも、言葉の問題も有りますし、西方諸国の公用語まで身に付けている知識人なんて、王都にも、なかなか居ないんじゃないでしょうか」
28歳のフレイアと同年のエゼリア、アンリカだけでなく、他の側近たちも、一番歳の若いノイエラとエレーナでも24歳になる。
普通の令嬢として人生を歩んでいれば、子供の3人や4人は生んでいる年齢なのだ。
ミリアの幼少期をフレイアと共に過ごした側近たちは子供好きばかりが揃っていて、子供の扱いにも慣れている。
チラチラと視線を寄越してくる側近たちに、根負けしたフレイアは溜息を吐いた。
余程、気に入ったらしい。
獣人族―――、それも、犬系と猫系の子供は毛並みもふわふわで特に庇護欲を刺激するから好む者が多い。
「分かった、分かった。ノーアはレティアへ送る。フィオレを頼らせれば上手く対処するだろう」
「手配してきます」
「必要になる旅支度を調達してきますね」
一体、何をどれだけ調達するつもりか、フレイアの傍にエゼリアとアンリカを残して他の側近たちが天幕を飛び出して行った。
呆れた顔で見送ったフレイアがエゼリアを見る。
「紙とペンを。フィオレ宛の手紙を持たせる」
「用意してありますよ」
フレイアの目の前へ、さっとトレイを差し出したのはアンリカだ。
トレイには便箋とペンとインクが乗っている。
「恐らく、検閲されるでしょうから、封蝋は要らないでしょう」
「お前らもか」
エゼリアは首に提げられる小さな革袋を手にしている。
ニッコリと笑う最側近二人に、フレイアは小さく笑いつつ首を振った。
『良いか? フィオレに、この小袋を渡すんだぞ』
『ふぃおれ。わたす』
翌朝、 朝霞(あさがすみ) が残る野営地で、片膝を突いてノーアと目線を近くしたフレイアは、少女の首に小袋が付いた革紐を掛けた。
自分の胸に提がる小袋を小さな手で握ったノーアは、意味を分かってか分からずか、フレイアの言葉を反復する。
ノーアの手の中でカサリと音を立てた小袋には、事の顛末とノーアの身の上を書き記したフィオレ宛の手紙が入っている。
流暢に西方諸国の言葉を話すフレイアの姿に、西部地域で暮らしてきた領民たちも目を丸くしている。
南部地域から来た有名な猛将が語学にも堪能だとは思っていなかったのだろう。
『馬車が最後に着いた町にフィオレが居る。フィオレに会え。良いな?』
『ふぃおれ。あう?』
『そうだ。フィオレの名前だけは覚えておけ』
『にゃ』
理解したと信じて、ノーアの頭をぐりぐりと撫でたフレイアは立ち上がる。
レティアへと帰還する輜重部隊の随伴騎士がフレイアの視線に射すくめられて背筋を伸ばす。
「こいつを、必ずフィオレの元へ送り届けろ。良いな?」
「はっ!」
ウォーレス領軍に所属する者にとって最上位の指揮官はハロルドだが、最優先の命令系統はフレイアである。
ウォーレス領軍にとってフレイアこそが勝利の女神なのだから、生きて帰りたい者の心情としてフレイアの命令は必然、最優先となる。
騎士の返事を待って、押し合いへし合いのポジション争いに勝利したイディアが、さっとノーアを抱き上げて、輜重部隊の荷馬車へと乗せた。
荷馬車の荷台には、レティアへの移住を決めた西部の領民たちが満載されていて、イディアは同じ馬車に乗り合わせた領民たちにも、ノーアが迷子にならないように世話を申しつけている。
荷台から顔をひょこっと覘かせたノーアは、小さな体躯でも、地上に立つフレイアたちよりも高い位置に有る。
耳をペタリと伏せて泣き出しそうな顔をするノーアを見上げて、フレイアはフッと笑い掛ける。
『私たちは、まだ仕事が有るのでな。お前は先に行っていろ』
『・・・・・にゃ』
隊列の形成状態を確認し終えた護衛騎士が馬首を巡らせて東を向く。
「出発します!」
「おう。頼んだぞ」
難民を乗せた20台の荷馬車の隊列が動き始め、帰還部隊が問題無く出発できたことを見届けたフレイアは隊列に背を向ける。
撤収作業が終わりかけている野営地は慌ただしく兵たちが行き来し、南西へと向かう進軍のための馬列が形成され始めている。
一時の息抜きは終わり、更なる地獄を西部の地に生み出すために、フレイアたちは馬上の人となった。