作品タイトル不明
社交界の首領・叔母様襲来 ⑯ ※アンサンブルキャスト面
本陣の天幕の下で軍議机の前に陣取って地図を睨んでいたハロルドは、各部隊の位置を示す駒を片付けていた。
敵本拠地の陥落と領主捕縛を報せる伝令が届いたのは、ほんの1時間前のことだ。
ラムレース領に較べてポルロッカ領の抵抗は激しかったが、領都の陥落をもって敵領内の残った拠点は抵抗を諦めるだろうし、敵兵であると同時に王国民でも有る領民にまで厳しい処遇を科すつもりはない。
武装解除の命令に応じて武器を捨て、大人しく家族が待つ家へと帰れば良いのだ。
この領地での戦は終わったが、ハロルドの眉間には皺が寄ったままで、その表情は晴れない。
天幕の外から声が掛けられ、伝令役の騎士が天幕の下へと入ってくる。
「ご領主様。ポルロッカ伯爵の身柄を後送しました」
「ああ、ご苦労。手が空いた者から休息を取らせてくれ」
命令を受諾した騎士が辞し、入れ替わりにハウマンが入って来た。
「ウォーレス卿、此方の状況はどうだった?」
「ハウマン隊長」
制圧戦に参加していたハウマンの甲冑には点々と返り血が飛び散っていて、その手で何人もの敵兵を斬ったことを窺わせる。
砂埃で煤けたハウマンの顔にも戦勝の喜びは無い。
「負傷兵が十数名だ。内、重傷者は3名ほどだが命に別状は無い」
「そうか。騎士団は負傷7名だが、捕虜になっていた者が数名、拷問を受けたようでな。死者は出ていないが衰弱している者も40数名。戦線復帰出来そうな者は100名弱だ」
ハウマンが告げた王都騎士団の現況に、ハロルドが頷く。
「半月近く捕虜になっていて100名が戦線復帰とは、よく鍛えられている」
「よく言う。これだけ連戦を続けて脱落者が20名程度しか出ていないウォーレス領軍の方が驚異的であろうよ」
ハウマンの賞賛にも苦笑を浮かべただけでハロルドの表情は冴えない。
小さく溜息を吐いたハウマンが、核心に触れる言葉を紡ぐ。
「フレイアは、どうだ?」
「まだ、やる、と言っている。ポルロッカ伯爵領を落としたので、残るはアムシェリー侯爵領だけだ。疲弊はしているが、最後まで、やるつもりだろう」
難しい顔でハロルドが首を振る。
今回も先陣を切って突入したフレイアの働きは、敵兵から「化け物」、「悍ましい悪魔」、「呪わしき魔女」などと悪し様に罵声を浴びせられるほど凄まじいもので、戦の勝敗が決した辺りで全身を返り血に塗れさせて本陣に戻って来た。
表情も無く、どろりと溶けたような空虚な目差しで領都の空に立ち上る黒い煙を見つめているフレイアの姿は、戦場のどこかに感情を落としてきたように見えた。
これは非常に拙い症状だ。
このような症状を見せる騎士や兵士は、まま居る。
日常とは懸け離れた過酷な戦場で緊張と倫理観に反する己の行動から精神が摩耗し、異常行動に走るのだ。
精神の摩耗は危険察知能力を鈍らせる。
恐怖や警戒心は生存本能から生まれるものだ。
現実感を無くして生存本能が薄れた者は命を落としやすい。
険しい表情のハウマンが首を振る。
フレイアの症状はハウマンも把握するところで、ハロルド同様、ハウマンも危惧を抱いている。
「西部国境地域を取り纏めていた“融和派”の中枢だな。アムシェリー領は元々、“保守派”だった領地だ。“融和派”に鞍替えして衰えたとは言え、油断は出来ぬぞ」
「それでもフレイアは前へ出るだろう」
「娘たちの未来のため・・・、か。城塞から打って出てきてくれれば、我らでカタを付けられるのだがな」
敵が城内から出て正面衝突を選んでくれれば、戦いの主力はウォーレス領軍本隊と王都騎士団となる。
常道から外れたピーシス領軍の戦い方は奇兵なのだ。
「もはや、奴等の援軍に来る戦力は無い。野戦を選ぶことは無いだろう」
「だとすると、今回もピーシス隊が先陣になりそうだな」
深い溜息と共にハウマンが零した言葉に、ハロルドの奥歯がギリリと鳴る。
フィオレが進めている領民全体の魔力量増加によって、領軍の中でも新たな魔法術師は育ちつつ有る。
しかし、まだ戦場で使えるほど育っては居ないのだ。
ハインズやフレイアほどでは無いが、ハロルドも数々の戦場を潜り抜けてきた。
それでも、これほどの無力感に苛まれることは、かつて無かった。
大切な家族が苦しんでいるのに、代わってやることも出来ないのだ。
「歯痒いことに、ウォーレス本領にも破城槌に匹敵する火力の魔法術式を使える者は居ない。ピーシス隊が疲弊しても代わりを務められる部隊は無い」
「通常の攻城戦に切り替える手も有るが?」
「速攻重視での騎馬兵力編成が主力では歩兵が足りない。泥臭い総力戦に付き合っては、こちら側にも相当数の犠牲者を出すことになる。それこそフレイアは飲まんよ」
「騎士団の騎馬を突入部隊に追加して混成部隊とすることは出来よう? 何も、突入までピーシス隊に負わせることは無い」
戦に勝っているにも拘わらず精神的に追い詰められつつ有るハロルドに、言い含めるようにハウマンは提案する。
これが年の功というヤツか。煮詰まった頭の中を整理するようにハロルドは頭を振った。