作品タイトル不明
社交界の首領・叔母様襲来 ⑥ ※ミリア面
「フィオレちゃん。はい、これ」
「・・・あ、はい」
「姉様から、貴女への手紙よ」
「―――!」
反射的に受け取ったフィオレが薄紫色の目を見開いて、バッと手元の封書を見下ろす。
数瞬ほど封書を見つめたフィオレは顔を上げて私を見上げる。
あまり表情は変わらないけれど、フィオレの目には疑問の色がある。
「なぜ、今? って聞きたいようね?」
「・・・はい」
「貴女に必ず届けるように、って、姉様から厳命されたみたいなのよ」
「・・・よほど、大事な手紙だと」
伝聞であることを含ませて告げると、正確に意味を理解したらしく、ゆっくりと頷く。
「恐らくね。私も中身は知らないけれど、邪魔が入らない方が良いかと思ったの」
「・・・中身を確認させていただいても?」
「良いわよ」
私に断りを入れた上で封を切ったフィオレは、折りたたまれた紙を開いて目を走らせる。
それほど長い文面では無かった様子で、何度か上から下へと目線が動いた後で、こてりと首を傾げる。
「・・・・・・・ふむ?」
「姉様は何ですって? 言いたく無い話なら、それで構わないけれど」
「・・・らしくない言い回しや文言に色々と思うところはあるのですが、要点としては、お母様がウォーレス領に帰るまでに“紅蓮”を修得しておけ、と」
「そうなのね。・・・姉様ったら」
宿題を申し渡された本人に驚きは無い様子だが、要求する内容が高度すぎないだろうか。
フィオレが真っ直ぐに私の目を見上げてくる。
何やら真剣な面持ちだ。
「・・・叔母様。このお手紙は、どういった手順で送られて来ましたか?」
「手順? そうね。前線から兄様が出した手紙に添えられて、戦況を陛下へ報せる伝令がアレイオスのところへ直接持ってきたわ」
「・・・その伝令の方は、お母様の様子について、何か仰っていませんでしたか?」
予想外の質問を投げてきた。
ありのままに答えたが、それだけで納得しないフィオレは確信がある様子で問うてくる。
思わず息を呑んだ。
どうやら隠し事は通用しないようだ。
「驚いたわ・・・。分かっちゃうのね、貴女には」
「・・・どういうことでしょうか。お母様に何か有ったのですか?」
フィオレの目に力が籠もる。
しゃがんで腰を落とした私はフィオレと目線を合わせる。
「“特には何も無い”そうなのだけれど、兄様からの手紙では、姉様が精神的に少し参っているようなのよね」
「・・・精神的に?」
フィオレの目から力が抜けて動揺の色を見せる。
この子は姉様が心配なだけなのだ。
「ずっと最前線を転戦するのよ。きっと多くの人を手に掛けるし、嫌なものを沢山見ることになるわ」
「・・・嫌なものを」
納得を示して頷くと同時に、フィオレが悲しそうに眉根を寄せる。
「私には、そんなものは耐えられないと思ったから、姉様に押し付けてしまったのだけれど、姉様は“鬼気迫る働き”だそうよ。兄様も“早く終わらせてやりたい”ですって」
「・・・無理をしている、と?」
「責任感が強い人だから・・・。私よりも、ピーシス家を継ぐのは姉様の方が相応しいと思ったのよねえ」
ここまで口にするつもりは無かったのだけれど、聡いこの子には、嘘偽り無しに伝えた方が良いだろうと考えたのだ。
深刻な面持ちで目を伏せていたフィオレが顔を上げる。
「・・・ミリア叔母様。この後、レティアへ帰られるのですよね?」
「帰る―――、か。そうね、帰るわ」
この子は、いちいち私の心情の本音に近い部分を突いてくる。
頷いて返すと、とんでもない言葉を返してきた。
「・・・お婆様にお伝え願えませんか? 私は暫く採掘場に籠もります」
「ここに? 何をするつもりなのかしら」
「・・・魔法の練習をします」
確認はしたけれど、静かなフィオレの目には揺るぎない決意の光がある。
この手の目をした人間は、そう簡単に考えを変えない。
とはいえ、無茶振りをした張本人の姉様だけでなく、母様も 甚(いた) くお気に入りのこの子を“魔の森”に残してなんて帰れない。
「“紅蓮”の? レティアでも出来るでしょうに」
「・・・領主館と採掘場の往復には、2時間以上、掛かります。お母様に送る塩とお肉の調達も他人任せにはできません。お母様が“紅蓮”の修得を急げと言う以上、何かお考えが有るのでしょう。でしたら、私がすべきことの第一順位が変わりました。私は1分1秒も無駄にしたくないのです」
昔、姉様も森から帰ってこなくて大騒ぎになったことが有ったわね。
“魔の森”の木々は燃えにくいから、“紅蓮”の練習をするのに、うってつけだったらしい。
私も姉様に連れられて森で何度も“紅蓮”の練習をさせられたわ。
でも、それは今のフィオレほど幼い頃のことでは無かった。
“紅蓮”の魔力消費量は体への負担も大きい。
「出来るの? 姉様は“出来る”と言ってはいたけれど」
「・・・やります。お母様の期待を裏切ったりしません」
困ったわね。
そう言えば、魔石を使って術式を行使する方法も、この子が編み出したのだったわね。
説得を試みたけれど、フィオレの意志は固いようだ。
でも、ここで私が折れたら焚きつけた格好の私が母様に叱られるに決まっているから、もう少し頑張ろう。