作品タイトル不明
社交界の首領・叔母様襲来 ②
「どうしますか? 町へ帰りますか?」
「・・・どうしようかな。まだ時間に余裕は有るんだよね」
今の時間は5の鐘が鳴って1時間ぐらい経っているから、午後1時前後だろうか。
午後3時には領主館に戻っておく必要が有るから、少し早いけど撤収するかなあ。
最近、私専用の馬みたいに扱われている老牝馬の鼻先に手を伸ばして撫でていると、複数の馬車の車輪が転がる音と沢山の馬の蹄の音が聞こえてきた。
魔獣や敵への警戒心から反射的に目線が向くと、荷馬車では無く2頭立ての高級そうな馬車が3台、そして、甲冑姿の騎士を乗せた騎馬が開通したばかりの街道を走ってくる。
見える範囲だと騎馬の数は100騎以上。
「「「「「―――!」」」」」
ピーシーズとテレサの護衛の騎士様たちが警戒を強めて街道側に位置取りを変える。
森の中へ貴人用の馬車が来るなんて、「珍しい」というか、採掘場はウォーレス領の重要拠点なので近付くだけでも領主代行の許可が要る。
武装した騎士の一団が領界の関所を通って来ている時点で敵対的な存在では無いはずだけど、警戒を怠るわけには行かない。
注視していると馬車が速度を落とした。私たちは街道の路上から外れた木々の間に馬を繋いでいるから、私たちに用事が有る誰かでも無ければ行き過ぎるだろうし、ハインズ様の許可を得た誰かが採掘場の視察にでも来たのかと思ったら、どうやら、用事があるのは「私たちに」のようだ。
騎士様たちが更に警戒を強めて剣の柄に手を掛けている。
最重要護衛対象のテレサが居る以上、当然の反応だろう。
私たちから程近い路上で馬車が止まる。
馬車の扉にデカデカと貼り付いているのは私が知らない紋章で、どこかの貴族家の馬車なのは分かるけど、警戒した私はテレサとルナリアの傍へと急ぐ。
ルナリアたちも馬車に気付いた様子で、皆の視線が馬車列へと向いている。
「ファーレンガルド侯爵家の馬車ですわね」
テレサが安心したように肩の力を抜いた。
うん? ファーレンガルド侯爵家って聞き覚えは有るけど何の関係だったっけな。
馬車の紋章を確認した騎士様たちも警戒を緩めて剣の柄から手を離し始めた。
アリアナさんたちも知っている紋章みたいで、武器を抜く様子も無く、アリアナさんとメリーナさんの二人が先頭の馬車へと近付いて行く。
敵では無いのが確定したみたいなので私も警戒を解く。
「叔母様の家の紋章よ」
よく分かっていない私の様子に気付いたルナリアがニコリと笑う。
ああ、そっか。
ウォーレス家の身内だったか。
そりゃあ、聞き覚えが有るわけだ。
そうは言っても、その叔母様が、どの叔母様か、私には分からないんだけどね。
ちゃんと聞いた情報なのかも怪しい。
馬車の窓から夫人用の 鍔(つば) 広(ひろ) の帽子が覘いたと思ったら、結構な勢いでドアが開いて、ドレス姿のご婦人が降りてきた。
2台目の馬車から使用人らしきメイド服と執事服が飛び出して来るけど、使用人が辿り着く前にご婦人は半ば飛び降りるようにして、開通したばかりの真新しい路上へと降りてしまった。
ご婦人は自分で帽子を脱ぐとメイドさんに押し付け、ヒョイとスカートを摘まんで裾を持ち上げて、踵の高い靴で私たちに向かってズンズンと踏み込んでくる。
ハイヒールほどの踵では無くともパンプス程度の高さは有る靴だと、細い踵が柔らかい腐葉土に刺さる。
森の中だから下草は大して生えていないけど、原生林を歩くような格好じゃないのは間違いない。
お上品そうで上流階級っぽい身なりのご婦人だけど、この行動様式は、絶対にウォーレス血統の人だと確信する。
「お、奥様! お待ちください!」
追い掛けてくる使用人さんたちが大慌てになっているけど、ご婦人は一顧だにしない。
歩幅も広くて、どこかで見た、というよりも、お母様の歩き方に似ている気がする。
お顔も―――、お婆様を若くしたら、こんな感じじゃ無いかと思うほど、お婆様に似ている。
テレサの前で足を止めたご婦人が、流れるように自然な所作で軽くカーテシーをした上でニッコリと笑う。
「アリストテレジア殿下、ご機嫌よう。ご無事で安心しましたわ」
「ファーレンガルド夫人、お久しぶりですね。どうして、こちらへ?」
「国内が色々と騒がしい折、アマリリア妃殿下から直々に、ご公務中の姫殿下の無事を確認してくるよう承ったから、という体裁になって居りますわね」
体裁ってストレートに言っちゃってるよ。
さらりと流したテレサが不安そうな顔をする。
「そうでしたか。・・・あの、お母様の容態は・・・?」
「ご安心を。姉様が改めて治癒術式を行使したことも有って、随分と回復されましたよ。王宮付き術師の見立てでは、もう、命の心配はしなくて大丈夫だそうです」
「良かったです・・・」
静かに頷いたご婦人にテレサが安堵を見せる。
良かったね、テレサ。
王妃様は快方に向かっているようだ。姉様・・・か。
もしかして、お母様のことかな? テレサが緩めていた表情を引き締める。
「王都の状況は如何ですか?」
「始まって早々は幾らか騒がしくなりましたが、今は静かなものですわ。馳せ参じた“保守派”領軍を騎士団長閣下が上手くまとめて敵対勢力を平らげられましたから」
「お父様もご無事なのですね」
テレサは今度こそ安堵の笑みを浮かべた。
テレサが笑ったことで気を抜いたのか、引き留める間もなくルナリアが駆け寄る。
しまったな。私も気を抜いてしまっていた。
「ミリア叔母様! 西部の状況はどうなのかしら!」
「ルナリア様? 今、私は姫殿下とお話し中なのですよ?」
「あ・・・! も、申しわけございません」
この人がお母様の妹か。
スッと目を細めたご婦人―――、ミリア様がルナリアを窘める。
叱られたルナリアが慌てて頭を下げた。
まあ、そうなるよね。
正確には従兄妹叔母様なんだけど、お婆様の娘で、セリーナ様から社交を叩き込まれた弟子なんだから、礼儀作法に寛容なわけがない。
町に帰ったらお婆様かセリーナ様にお説教されるだろうから、私もルナリアに付き合おう。
私がルナリアの手を握っていれば避けられたお説教だからね。
取りなすように、テレサがミリア様へと向き直る。
気になる話題に私もルナリアの隣へ付く。