作品タイトル不明
社交界の首領・叔母様襲来 ①
レティアの町の北門を出てコーニッツ領側へ少し行ってから、新しく出来上がった脇道の角を曲がると一直線の街道が真っ直ぐに伸びている。
樹高30メートルを超える巨木の間に幅6メートルの道が有っても、スケール感から言うと獣道みたいに見えてしまうんだね。
比較対象になる馬や馬車の姿が有ると普通の街道と同程度の規格で作られた道だと分かるのだけれど、日照量が少ない森の中だと薄暗いから余計に道幅が狭く見えてしまう。
道幅6メートルと言うと、行き交う荷馬車が路肩に避けて止まることなく擦れ違えるんだよ。
日本の交通事情で例えると、直線道路で有れば大型バスやダンプカーでも擦れ違える道路幅。
2頭牽きの馬車なら、ほとんど速度を落とさなくても安全に行き交える。
ウォーレス領とコーニッツ領を結ぶ街道の分岐点から採掘場までの距離は10キロメートルちょっと有るけど、1000本を超える木を伐るのに5日間、土の高周波振動魔法で木の根を抜くのに5日間、なだらかに路面を均して固めるのに2日間の、合計12日間で、私たちが任されていた採掘場までの街道は無事に開通した。
1日当たりのノルマは2キロメートルだからね。
子供の足でも30分間ほどで歩ける距離だから、そんなに無茶な仕事量でも無かった。
私が高周波メガネ洗浄器をイメージして木の根っこを抜いたら、みんな驚いてたけどね。
高周波でブルブルさせると振動で解された地面から根っこが浮き上がってきて簡単に抜けるんだよ。
理数系は得意じゃ無いから詳しい理論は知らない。
一番作業が大変だったのは、丸太材になった巨木を運搬する輜重部隊の人たちだったんじゃないかな。
1本で数十トンも有る丸太材を10頭の馬に牽かせるんだけど、土魔法を使える工作兵の人たちが魔法で地面の摩擦を無くしちゃうんだよ。
大型のブルドーザーで牽くなら分かるけど、馬に牽けるの? と疑問だったけど、試しに魔法が発動している地面に乗らせて貰うとアイススケートリンクみたいにツルッツルで、真っ直ぐ立っているのも難しいぐらいに摩擦が無かった。
抵抗が無くなれば馬でも意外に牽けてしまうようで、100頭以上の馬を投入した物量作戦で運びきってしまった。
凄いよねえ、流石は運搬のプロフェッショナルだよ。
まさか魔法で地面の摩擦係数をゼロに出来るなんて考えてもみなかったな。
地球の物理法則に囚われているから思い付かなかったのだと、私の発想力の足りなさを痛感させられた。
魔法は自由な物だ。
風ジェットカッター魔法や高周波振動魔法みたいに地球の物理法則からヒントを得られる場合も有るけど、私自身が自分の中の常識に凝り固まっていては、自由な発想は出来ないはずだ。
こっちの世界の技術と地球の技術の両方を知っているのが私の強味だとするなら、私の発想はもっと自由で有るべきなんだろうね。
既知の情報が足枷になるようでは宝の持ち腐れだ。
そんなこんなで、岩塩採掘は私の手から離れ、今はハインズ様たちの管轄になっている。
食肉加工場の干し肉量産も順調。
私の中では戦地へ送る兵站が最優先だけど、お肉が好きなのは地球も異世界も変わらず万国共通みたいで、魔獣が増えているところに安全にお肉を獲れる技術が普及し始めたと有って猟師さんも急増したものだから、収穫量が爆増して一般家庭の食卓に上がるお肉の量も増えたそうで、市場の様子を見に行っても町の人たちの表情が明るくなっている。
生活に余裕が出来れば料理に凝る人も出てくるようで、私が教えた赤ワイン漬けの干し肉が刺激になって色々な味付けの干し肉が出回るようになってきた。
携行食や保存食に用いられるものだから「色々な味付け」と言っても、沸かしたお湯に放り込めば簡単にスープの具になるような、主に、すごく濃い味付けのスープで煮たお肉を乾燥させたもの、かな。
完成度はまだまだだけど、インスタント食品的な発想をする人も居たようで、将来、どんな進化を見せるのか楽しみでは有る。
世界は違っても、ヒントを与えられれば技術を発展させようとする人間の逞しさは、何も変わらないことを実感した。
新しいタイプの干し肉は、今のところ、そこまで評判が良くないみたいだから兵站としての採用は見送られたけど、お母様が口にしたら、どんな反応をするのかな。
お母様たちの気分転換になれば、と、市場で片っ端から買い漁って領主館へ届けて貰ったよ。
お母様宛の荷物で送ったら、戦場でも届くよね?
お母様のことを考えていたら会いたくなってきた。
お母様たちが率いるウォーレス領軍は快進撃を続けていると聞いては居るけど、心配なのは変わらない。
早く帰ってこないかなあ。
つらつらと、色々と思い出したり考えたりしていても、長年の経験で体が技術を覚えてしまっている私の手は動き続けていて、せっせとワナを設置している。
「フィオレ! こっちは終わったわよ!」
「こちらも終わりましたわ!」
「・・・お疲れさま、二人とも」
「フィオレ様。こちらも完了です」
「・・・みんなも、お疲れさま」
集まってきたテレサとルナリアとハイタッチを交わす。
領軍の騎士様たちが互いの腕をガツンと合わせて挨拶代わりにしているのを見掛けたルナリアが真似したがって、筋肉量が足りない私たちでは骨同士が当たって痛かろう、ということでハイタッチを教えたら、ピーシーズが気に入ってしまって、私たちの間ではハイタッチでの挨拶が流行っている。
日本に居た頃はこんな感じで一体感を確かめ合うような友人が居なかった私としては、気恥ずかしさも有るけど、新鮮さも感じてしまっているので、私も結構、チョロいんだなあ、と再認識させられた。
いつも通りに、テレサ・ルナリア・私の3人をリーダーとした小グループで手分けして設置して回る。
レーテさんまで含めての14人にテレサの護衛30人を加えた44人もの大人数だと、練習も兼ねて一人3ヶ所も設置すれば合計で130ヶ所以上もワナが仕掛けられることになる。
まあ、護衛の騎士様たちとオーリアちゃんは、半分ぐらい人間用のブービートラップの研究をしているようなものだし、狩猟用のワナは100ヶ所程度かな。
一応は事故防止のために狩猟用と人間用で設置可能エリアを周知してあるので、領内の人間がワナでケガをするような事態は発生していない。
採掘場のシカを含めた獲物の回収は猟師さんたちだけじゃなく建設部隊や輜重部隊の人たちも手伝ってくれるし、私たちも血を飲む関係で任せっきりにしないから、問題無く回っている。
ここ数日は、食肉加工場に搬入される獲物の数が3桁を下回る日が無いと聞いているので、戦争後に本格化するであろう、というか、本格化させるつもりの干し肉輸出事業の下準備は着々と出来て行っていると自負している。
市場で聞いた話では、“魔の森”から離れる方向の近隣の領地では、保存食の中でも干し肉は高級品の類いらしい。
各領の産業として畜産も行われているけど、家畜を飼うには成獣に育つまでの飼料が必要で、何年もの飼育期間も必要なのだから、人間の食料確保に余裕が無ければ家畜を飼うことも簡単では無い。
エサ代だけでなく飼育期間も製品原価なんだよ。
ほんの最近までウォーレス領も似たような状況では有ったけど、魔獣肉の大量供給なんてブレイクスルーが起こったことで、ウォーレス領内は一気に潤っている。
食料関連で潤った財政は財布の紐を緩め、眠っていた需要を呼び起こして武器や調理器具の金属製品生産といった他の分野にも波及していて、日用品や衣料品といった更なる別分野の需要を喚起する結果になっている。
需要が有れば供給も始まる。
他領地の商人が塩や干し肉をウォーレス領に買い付けに来て、ウォーレス領内で不足している商品を敏感に把握した商人たちが他領地から売り込みに来るのだ。
私は食肉加工場に工場制手工業を持ち込んだけど、産業の地域特化的な分業、いわゆるプロト工業化が進むかも知れないね。
岩塩採掘事業は領主権益でガッチリ握っているからウォーレス家が儲け損なうことは無い。
ウォーレス領の好況は友好関係に有る他領地にも波及して、王国南部地域は活況を呈しているそうだ。
他領地との通商の話になると領主代行のハインズ様の仕事になるので、私の手からは離れたことになる。
私に出来ることは、売る商品の供給体制を構築してハインズ様の援護射撃をすることぐらいだけど、本来、子供の仕事は学ぶことだ。
工事任務の完了で日常のスケジュールに戻すことをお婆様から申し渡されているので、レティア町に帰ったらお勉強と訓練だね。