軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

西部国境地域討伐軍 ⑬ ※アンサンブルキャスト面

「―――、ば、馬鹿な・・・!!」

醜悪な肥満顔を、赤・青・紫、と、色とりどりに腫らした小男は、膝から崩れ落ちて呆然としている。

馬鹿はお前だとジンビークを見下ろしていたハロルドが、激しい煙を上げて赤々と染まるラムレース侯爵領の領都へと目を向ける。

王国の盾たるウォーレス領軍が敵前に堂々と居座って注意を引き、ウォーレスの剣たるピーシス領軍が攻める。

作戦としては非常に単純なものなのだが、己の戦略的価値を悉知しているフレイアが自らを囮として左翼に姿を晒し、敵の注意を一身に集めた逆方向の右翼で側近たちが警戒の薄い城壁に向けて初手の攻撃を加える。

エゼリアたち側近も“紅蓮”を使う主戦力なのだから、左翼と右翼のどちらが主戦力という分別は無い。

複数発の“紅蓮”で城壁を破れば土術式で壕を渡る通路を作り、騎馬部隊が突入する。

敵の動揺が収まらない内にフレイアも“白焔”で城壁を破り、土術式で突入路を作る。

大手門の本隊と搦手門の別働隊は状況と必要に応じて攻城戦に取り掛かる。

二方向から侵入を許した籠城側は混乱の内に総崩れを起こし、侵入した騎馬部隊が内側から城門を開いてしまえば本隊と別働隊が悠々と入城して完全制圧を行う。

平時なら人の行き来が多い城門周辺や大通り付近、住居が多い城壁付近の建物は戦場になって被害を受けやすいので、避難が済んで領民の被害は少ないはずだ。

騎士や兵士の戦闘要員は容赦無く討つが、非戦闘員の被害を増やすつもりは無い。

フレイアが攻撃開始の合図を送ってから、僅か10分ほど。

恐慌に陥っている間に雪崩れ込まれた敵本拠地は陥落し、戦況を告げる伝令よりも早く到達したピーシス隊に急襲された領主館は、抵抗する暇も与えられないままに制圧された。

武装解除され地下牢に押し込められていた西部方面隊の騎士たちは、危害を加えられる猶予もなく領主館が占拠されたため、傷を負った者の一人すら居なかった。

まさか、十数分間で戦が終わるなどと想像もしておらず領主執務室でふんぞり返っていたラムレース侯爵本人は、騒がしくなった領主館の異変に気付いたときには執務室の扉を蹴破られ、抵抗や自害を選ぶことすら許されず、顎の関節が外れて涎を垂れ流させられるほど口に布切れを詰め込まれて、ハロルドの本陣へと連行されてきた。

ズルズルと引き摺ってきたのは、大人しそうな見掛けに拠らず膂力が強いノイエラだ。

縄でグルグル巻きに縛られたラムレースが憎悪に満ちた目でハロルドを睨み付けてフガフガと呻き声を上げる。

「これでは情報を吐かせることも出来ん。口の布切れを取ってやれ」

「は~い・・・」

嫌そうな顔をしながら汚そうに端っこを摘まんだノイエラが、唾液と血でべしょべしょに濡れた布切れを引き抜く。

驚いたことに、詰め込まれていたのは布の切れ端では無く、両腕を広げたほども長さがある手ぬぐい1本丸ごとだった。

体積的に無理なんじゃ無いかと思うのが普通だろうが、前歯をへし折る程の剛力で無理やり詰め込まれた物だったらしい。

ラムレースの顔に殴られた形跡も無いことから、手ぬぐいを濡らしていた血は口裂の両端が引き裂かれたものだと想像できる。

自殺を防ぐための手ぬぐいを抜いても顎が外れていては喋れるはずもなく、“顎を嵌めてやれ”とハロルドが口を開き掛けた刹那、ハロルドの傍を金色の風が通り抜けて、だらりと下がっていたラムレースの顎が跳ね上がる。

「―――ふぐっ!」

「パグッ」っと空洞の木を叩いたような間の抜けた音を響かせたのは、フレイアの蹴りだ。

真下から顎骨をカチ上げた爪先は、ラムレースの残った前歯の全てを砕き、上手く顎の関節を嵌めた。

咎める暇も阻止する隙も無い。

しゅるりと抜き放たれたサーベルが、仰向けに転がったラムレースの右耳を貫いて顔の真横に突き刺さる。

憤怒の炎を燃やしたフレイアの目が見下ろし、ラムレースを震え上がらせる。

恐怖で心臓を鷲掴みにされたラムレースは呼吸すら忘れて青醒め、焦点の定まらない目だけを動かしてハロルドに助けを求めた。

深い溜息を吐いたハロルドがフレイアに歩み寄り、片膝を突いたままラムレースに熨し掛かっているフレイアの肩に手を置く。

「そこまでだ。フレイア」

数秒ほど身動きしなかったフレイアは、立ち上がってサーベルを血振りし、鞘に収めながら背を向ける。

マキアナとディーナが慌ててフレイアの後を追う。

天幕から出ていったフレイアの背中を見送ったハロルドがエゼリアとアンリカに何が有ったのか目で問うと、二人は難しい顔で首を振った。

「防衛拠点を落として回っているときに、見ちゃったんですよ」

「焼かれた集落で、折り重なって刺し殺されている子供たちを」

そういうことか、と、ハロルドは無言で頷く。

大方、殺された子供たちの姿をルナリアとフィオレに重ねてしまったのだろう。

呆気に取られて傍観していたハウマンも事情を聞いて沈痛な面持ちを浮かべる。

追い詰めた敵地では、凄惨な光景を目にすることが多い。

ずっと各地の戦場を転戦してきたフレイアには慣れたものだと考えていたが、フィオレという義娘を得て、麻痺していた心が感情を取り戻してきたのかも知れない。

「喜ばしいことだし、安堵もするが・・・」

フレイアは強い女だが、それ以上に優しい女でもあることをハロルドはよく知っている。

感情豊かで、すぐに怒り、よく笑い、勤勉に学ぶ、ひたむきな女だった。

子供の頃から懐かれていたハロルドにとってフレイアは妹同然の存在で、姉と慕ったレオノーラにもよく懐いていた。

子供たちが生まれたときには我が事のように喜び、戦場で長男が亡くなったときには我が子を失ったように悲しんでいた。

成り行きと責任感で引き受けた特務魔法術師の任にも手を抜くことは無かったが、マークスが失踪した頃から任務に熱が入り始め、レオノーラが亡くなった頃には鬼気迫る仕事ぶりを見せるようになった。

心の底から心配はしていたが、ハロルドには、どう慰めれば良いのか分からなかったのだ。

その結果が、ハロルドの執務室へのフレイアの入り浸りだ。

ハロルドはフレイアを咎めることも無く、フレイアの好きに振る舞わせていた。

ルナリアの失踪時に見せたフレイアの激怒ときたら、ハロルドたちに止められるものでは無かった。

己の鈍さを自覚しているハロルドでも、フレイアの心が不安定だったことに気付いていたし、フィオレという存在を得たことでフレイアの心理状態が安定してきていたことに安心して居たが、このままではフレイアの心が持たないのだろう。

早々に全ての面倒事にケリを付けた方が良さそうだ。

ハロルドの心情を汲み取ったエゼリアたちが、静かに言う。

「早めに終わらせてレティアへ帰りましょう」

「こんなの、いつまでも正常な神経を保って居られませんからね」

エゼリアたちも気持ちは同じなのだろう。

下手な男よりも強いから忘れそうになるが、彼女らもまた、本来は気立てが良く心優しい女たちなのだ。

心を引き締め直したハロルドは地面に向かって手を伸ばす。

ガッシリと掴んだのは脂ぎったラムレース侯爵の髪だ。

コイツ等のせいでフレイアが心に傷を負っている。

茫然自失で転がっていた男の頭を掴み上げ、激烈な怒りを潜ませる冷め切った目で覗き込む。

「そうだな。さっさと終わらせるとしよう」

先ずは、コイツ等が持っている情報を徹底的に絞り尽くす。

フレイアたちのことだけで無く、フレイアの帰りをレティアで待つフィオレが遭わされた災難も、ハロルドは腹に据えかねている。

常に懸命で諦めることを知らないあの娘でなければ生き残ることは無く、王国の闇に溜まった膿を取り除くことは難しかった。

王国にとって、フィオレという少女は恩人でも有るのだ。

フレイアが戦場の犠牲者となった子供たちの姿を、ハロルドたちの娘たちの姿に重ねて見てしまった気持ちも良く分かる。

愛娘の笑顔を守ってくれた恩人に報いるのは、一人の父親としての義務だ。

よく知らない者からは温厚そうに思われているハロルドだが、王都騎士団で方面隊副隊長まで務めたハロルドが罪人に対する拷問方法を悉知していないわけが無い。

ラムレースとジンビークを誘ったハロルドによる「大人の時間」は過酷を極めた。