作品タイトル不明
西部国境地域討伐軍 ⑫ ※アンサンブルキャスト面
「使者だと?」
一夜明けた本陣で報告を受けたハロルドは片眉を上げ、ハウマンが鼻息で心中を表す。
片手を挙げて許可を出したハロルドの前に、4人の騎士に周囲を固められた男が連れられて来る。
騎士たちはウォーレス領軍と西部方面隊の小隊長を務める者たちで、敵の使者を前にしても感情を顕わにはしないが、目の光を見れば今すぐにでも使者を切り捨てたがっているのが分かる。
天幕の下で軍議机を挟んで床机に座ったハロルドとハウマンの前で、鼻の下にチョビ髭を生やした小太りの小男がふんぞり返る。
金糸銀糸がふんだんに使われた華美―――、下品に飾り立てられた軍服のボタンが内側に詰まった贅肉ではち切れそうになっている。
舞台でセリフを諳んじる役者のように大袈裟な身振りで男が両腕を広げる。
「やあやあ、ウォーレス卿! 田舎からはるばるご苦労なことだ!」
「貴公は・・・、確か、ジンビーク男爵、だったか?」
使者と言うには横柄な態度をハロルドが冷めた目で眺める。
ハウマンの目にも侮蔑の色が浮かんでいる。
何の役にも立たない西部の木っ端貴族など南部の覇者はいちいち覚えていない。
ハロルドがギリギリで記憶の端に名前を覚えていたのは、王都騎士団時代の職務でこの男が警戒対象の一人だったからだ。
血統以外に誇れるものも無いくせに選民思想で平民に横暴を働く貴族はそれなりに居たが、中でも“融和派”下級貴族の行いの酷さは突出していた。
確か、この男は主家である侯爵家の出自で傍系の男爵家へ養子に出されて家を継いだが、現・侯爵家当主はこの男の実兄だったか。
何をどうやって育てれば、こんな愚物が出来上がるのか。
ハロルドが自身の名前を覚えているか怪しいと見て取った小男が青筋を立てて睨み付けてくる。
「使者とは?」と首を傾げたくなる態度だ。
「南部の“魔獣番”風情がラムレース侯爵領に土足で踏み入るなど、無礼だと思わぬのか!」
「ふむ・・・。それで?」
ラムレース侯爵とは、この敵本拠地の主で領民に過酷な徴発を課した本人だ。
醜い 小鬼(ゴブリン) と変わらぬゴミがキャンキャンと吼えたところでハロルドは揺るがない。
動じないハロルドのその態度が余計に癪に障ったようで、小男が地団駄を踏む。
「貴様ら! 兵を引かねば西部方面隊の小僧どもがどうなると思っている!」
「やはり人質に取られていたか」
「そうだ! この地には150の騎士を捕らえているのだぞ!」
反応を返したハウマンを小男が指す。
チラリとハロルドが見るとハウマンが頷いた。
「うむ。駐留部隊の配置と合致する人数だな」
「そうか。これ以上、探し回らずに済んで良かったよ」
「なに!? ―――ぐわっ!」
平然としたハロルドとハウマンにジンビークが目を剥き、ハロルドが顎先で指した瞬間、包囲していた騎士たちが寄って集ってジンビークをブン殴る。
竜の口に飛び込んで喚く愚かな小鬼など、噛み砕いたとしても腹の足しにもならない。
床机から腰を上げたハロルドたちは天幕の外へと移動する。
晩秋の空の下、氷のように冷たく厳しい濃緑色の目が、腫れ上がって顔の形が変わった小男を見下ろす。
「丁度良い。貴公にも王国に 仇成(あだな) す 輩(やから) の末路を見せてやる」
攻城戦における「包囲」とは、マンパワーで完全に取り囲むことを指さない。
城壁とは身を守る盾であると同時に身を繋ぐ檻なのだ。
いくつか有る城門からの出入りを許さず閉じ込めるだけで包囲は完成する。
東西に大手門と搦手門を持つ領都に籠城したラムレース侯爵領軍の総戦力は1万。
王都からの討伐軍と正対する大手門側の防衛に6000の兵が配置され、搦手門側の防衛には討伐軍よりも多い4000の兵力が置かれた。
万が一にも 壕(ほり) を越えて大手門が抜かれたときに敵兵の侵入を押し留めるために、城門の内側に2000の兵を残して4000の兵が大手門上の歩廊で籠城戦に備えていた。
攻城側は城門が無く出入りが出来ない城壁部分に兵を置いても意味が無く、籠城側も同様に、突破される危険性が高い城門付近に戦力を集中する。
集中した戦力同士が睨み合い、攻撃し、防御する。
これが普通だ。
しかし、王国に於いては、“城門の有無を問題としない”者たちが、ごく一部に存在する。
籠城側から見ても、その動向が最も注目される者が左翼に展開し、駆けていく馬群を追って城壁の上の守備兵2000が釣られて移動する。
最前線に甲冑も無しに現れる女など王国には―――、この大陸には一人しか居ない。
特務魔法術師という絶大な権力と武力を併せ持った非常に危険な女だ。
敵騎馬部隊の規模は、おおよそ500騎。
防御術式を張れる魔法術師の数人で特務魔法術師の強力な爆炎術式を防げるかは怪しいが、あの女を自由にさせて置くわけには行かない。
攻撃開始命令が出たら攻撃を集中して黙らせるか、城壁に近寄らせないか、あわよくば討ち取っておきたい。
あの女さえ殺せば王家の力を大きく 殺(そ) げる。
大手門周辺に配置されていた兵力の半数近くが一人の女に釣られ、左翼側に移動して大手門の守りが薄くなる。馬群の先頭で手綱を握るフレイアが抜き放ったサーベルで大きく円を描いた。
数百メテルごとに配置された騎士が腰の剣を抜き放ってフレイア同様に大きく円を描く。
次々に伝達されてきた合図を受け取ったエゼリアが剣を抜き放ち、右翼側を指し示す。
ぐらっと地面が波打ったように見えたのは、一斉に疾駆を始めた1500騎の騎馬部隊だ。
フレイアに左翼側へと釣られた守備兵たちには右翼側の動きが見えず、大手門上の歩廊に残されていた2000の守備兵たちに動揺が走る。
搦手門側にも3000騎の敵騎馬部隊が押し寄せているせいで大手門に兵力を集中できて居なかったのに、さらに半数が左翼側へ持って行かれて大手門上の兵力を右翼側へ回すと大手門の防御がガラ空きになる。
城門の内側で待機させていた2000の兵を歩廊に上がらせるにも時間が掛かるし、城門を突破されたときに敵本隊の侵入を押し止めることが出来なくなる。
慌てて500の兵を右翼側へと向かわせるも相手は騎馬部隊だ。
動揺している内に出遅れて完全武装の歩兵を走らせても追いつけるものではない。
右翼側の騎馬部隊から朱色に輝く複数の光弾が走る。
ほぼ同時に城壁と接触した光弾が一斉に巨大な華を咲かせ、轟音と地響きを伴って爆風を噴き上げる。
歩廊を懸命に駆けて防御しようとした者ほど受けた被害は甚大で、全身を炎に包まれた騎士や兵士が絶叫を上げながら宙を飛ばされ、流星群のように地表へ降ってくる。
猛烈な勢いで飛んできた瓦礫に上手く当たらずに済んだ者たちは、もうもうと舞う土埃の向こうに騎馬群の影を見た。
領都を守る城壁が破られたのだ。
土埃を突き抜けて敵騎馬部隊が雪崩れ込んでくる。
“城壁の周囲には 水(みず) 壕(ほり) が巡らされているのに何故!?”と目を剥いた部隊長の騎士は、喉元に熱を感じた瞬間、視界が上下逆さまに反転したのを認識し終わる前に、思考する自由を奪われて永遠に肉体という枷から解き放たれる。
どこかから響いてきた天地が割れるような轟音に、守備兵たちは目の前の惨劇と同様の地獄が別の場所にも顕現したことを察する。
籠城戦の失敗と領都の崩壊を悟った兵士は、風よりも 疾(はや) く押し寄せる馬群に背を向けようとして建物の壁に叩きつけられた。
チカチカと明滅する思考を叱咤して逃げようとして、喉にこみ上げる熱い物を嚥下しながらも貼り付いた壁から離れようとして離れられず、自分の胸元を見下ろして甲冑を貫通した槍で縫い止められている現実に気付く。
ほんの一瞬か数瞬か、開戦の時を固唾を呑んで待っていた籠城軍は、瞬く間に勝敗が決したことを悟り、自らが最悪の相手を敵に回してしまったことを知る。
堅固だと信じた城壁が薄布のように破られ、深い壕を騎馬が易々と渡って来ようとは、一体、誰が考えようか。
南部国境で大国と対等に渡り合う単独の貴族領など夢物語のように思っていたが、王国最強と謳われる戦鬼の群れは、西部の常識に当て嵌まらず、想像の限界と理解の範疇を超えていた。
こんな理不尽を相手に戦争など、到底、勝てるわけが無い。