作品タイトル不明
西部国境地域討伐軍 ⑩ ※アンサンブルキャスト面
火の基礎術式に“ 火(フィア) ”という初歩のものがある。
魔法術師の卵が最初に身に付けることが多い生活魔法術式の一つだが、火の術式に素養を持つ者は“火”を大きくした“火球”、“火球”の投射速度を上げた“火矢”、“火矢”を大きくした“火槍”、“火槍”の連続投射時間を延ばした“火流”などに技術を伸ばしていく。
“火球”には“火矢”とは違った方向へ派生した“火弾”という破裂する術式が有って、これは、大きさを固定した“火球”の魔力圧力を上げたもので、術式の維持を阻害する異物に接触すると押し込められていた「火」が「炎」となって炸裂する。
この“火弾”に強化を重ねて爆発力を高めた術式が“紅蓮”であり、“火弾”系術式の「現在」の極致に有るのが“白焔”だ。
フレイアは“白焔”が究極形だとは考えていない。
フィオレによる魔石の新たな利用方法を発見で“白焔”の使用可能回数が飛躍的に増加したように、魔法術式には無限とも言える可能性が秘められているのだ。
フレイアは“火弾”の術式を身に付けてから“紅蓮”のコツを掴むのは早かった。
興味本位で「どこまで圧力を高められるのか?」と試行錯誤を始めたのが最初で、「まだやれる」感触を得て「魔法技術に限界は無い」と信じるようになった。
その試行錯誤と研鑽の結果、生まれた術式が“白焔”だ。
マルキオに与えて貰ったフレイアの勉強部屋は研究室へと姿を変え、制御の失敗で研究室を吹き飛ばして以来、シェリアに屋内での実験を禁止されて、危険な実験は人が来ない“魔の森”で行うようになった。
衣服に焼け焦げを作ったり、髪を焦がしたりは日常茶飯事で、至近で“紅蓮”モドキが炸裂して大火傷を負ったこともある。
毎日、毎日、延々と実験に付き合わされたエゼリアたち側近も“紅蓮”を身に付けるに至ったのは、「可能性」を信じるフレイアにしてみれば当然の結果でしか無かった。
マルキオとシェリアに直談判して“紅蓮”を門外不出とさせたのはフレイア自身だ。
無限の可能性を信じるからこそ、ウォーレスの剣であるピーシス家系のアドバンテージとして秘匿する道を選んだ。
ピーシスの家名を背負う以上、誰よりも強くなくてはならないからだ。
非凡な才の片鱗を示したフィオレに自身の幼少期の姿を重ねたからこそフレイアはフィオレを受け入れ、フィオレはフレイアに期待以上の可能性を示し続けている。
フレイアが“紅蓮”を進化させたように、フィオレもまた“白焔”を進化させるかもしれない。
魔法術式という技術に無限の可能性を信じるフレイアだからこそ、フィオレが何を成すのかが楽しみでならないのだ。
杖の機能を持つサーベルの切っ先が指し示す前方に、白く輝く熱球が浮かぶ。
手慣れた作業だが、神経は使う。
制御を失えば熱球が崩壊し、内包された膨大な熱量は堅牢な城壁をも噴き飛ばす爆風と骨まで溶かす轟炎となって、フレイア自身を襲うのだから。
地上15メルテの宙に現れた熱球を至近で直視すると目が駄目になって視界を失うし、5メルテほどにまで近付くと熱球が発する熱で金属甲冑の中が竈のようになってしまう。
術士本人から離れた場所に術式を発現するには高度な魔力制御が必要になるので、フレイアでもこの距離が限界なのだ。
今日、8度目の使用となる“白焔”を生み出し、砦に向けて切っ先を振り下ろす。
白い光球は馬よりも速い速度で空を駆け、ビリビリと大気を震わせて炸裂する。
白色から朱色へ変化すると共に熱球は容積を膨張させ、荒れ狂う炎の濁流となって全てを呑み込む。
火球に包まれた城門が弾け飛ぶように崩壊し、ぽっかりと城壁に巨大な穴が開く。
500メテルも離れた場所に居るフレイアのところまで熱が感じられ、爆風に髪が煽られるのだから、300メテル以上の退避距離を取った騎馬兵たちが、どれほどの熱と爆風に晒されているかは想像に難くない。
高度に馴致されたウォーレス領産の軍馬で無ければ、恐慌に陥った馬に振り落とされていることだろう。
幾つもの防衛拠点を落として逃亡させた守備兵力が逃げ込んだ砦が激しい炎に包まれる。
いちいち地図情報を確認しながら転戦するより逃がした方が効率的に敵拠点へ案内してくれるから、意図的に敵兵の逃亡を許していたのだ。
今、フレイアが火の海にしたのが大手門で、搦手側をエゼリアたちに攻めさせて“紅蓮”をバンバン撃たせているので1000を超える守備兵力に逃げ場は無い。
焼き焦がされる守備兵たちの悲鳴が風に乗って響いてくる。
苦悶と怨嗟が渦巻いて、煙と共に空へ溶けていくのだが、徴発に抵抗した領民を同じように家屋へ閉じ込めて燃やした連中なのだから、同情の余地は無い。
静謐に感情の無い目で炎上する砦を眺めているフレイアの下へ、100騎ほどの馬群が戻ってくる。
馬を寄せてきたのは甲冑姿のエゼリアとアンリカだ。
ディーナのほか、側近たちがフレイアの判断を待つ。
「突入しますか?」
「放っておけ。交渉しようとしなかったのだから、人質はこの砦には居ないのだろう」
「では、本隊に合流を?」
小さく首を傾げたエゼリアにフレイアは頷いた。本隊と別行動を取り始めて3日目だ。
「そろそろ戻らんとハロルドが 煩(うるさ) かろう」
「兵を纏めます」
「おう」
馬首を巡らせたアンリカが集結を指示しに駆けていく。
フレイアの言う「人質」とは領民の類いでは無く、王都から派遣されて西部国境で駐留任務に就いていた王都騎士団西部方面隊のことだ。
この3日間でフレイアたちが陥落させた防衛拠点は6ヶ所。
そこに彼らは居なかった。
フレイアたちが「処理」した敵兵力は3000を超えるだろう。
しかも、転戦の合間に近くの集落へ数騎の騎士を走らせて、食い扶持を失って絶望の淵に有る敵領の領民に避難先としてウォーレス領が難民を受け入れる旨を告知して、希望者は領境の関所を目指すように促すことまで戦闘と並行して行う余裕まで有る。
こんな真似は、機動力が高く、魔法術師が多いピーシス領軍だからこそ可能な離れ業だ。
安全な距離から強力な術式をポンポンと放り込めるからこそ成り立つ戦術で有って、ウォーレス領軍単体でもピーシス領軍の戦術を真似るのは難しい。
凄惨な地獄を見せ付けられて恐怖に縛られた敵兵には、反攻する気概も組織力も残っていないはずだ。
背後を気にしなくて済むなら敵本拠地の攻略だけに戦力を集中できる。
かなり敵勢力を削ったはずだが、伏兵の数や配置は拠点防衛の守備兵ごときでは情報が取れないので、恐怖心で敵勢力の動きを抑制するしかない。
集結を終えた300騎を率いて領都を目指す。
敵の襲撃などで足が鈍っていなければ、ハロルドたちの本隊は領都の近くまで進出できているはずだ。
フレイア隊は本隊と並行する形で近郊の拠点を落として回っていたので、本隊とは、そう離れていない位置に居る。
本隊の進軍ルートの予測値に照らせば1日掛からずに追いつけると思われる。
ここで、やはり気になるのは、未だ接触できていない西部方面隊の騎士たちの所在か。
過酷な徴発が行われている状況で駐留任務中の騎士たちが本隊の侵攻に気付かないはずも無く、未だ向こうから合流して来ないとなれば、自由行動を許されている状況にあるとは考えにくい。
どこに彼らが囚われているか分からないからフレイアは城門付近に攻撃を集中し、拠点全体を丸ごと焼き尽くすことを避けていた。
敵本拠地にまとめて囚われている可能性が高いと踏んでいるが、人質に取られたとしても、「出入口が城門だけ」だと信じ込んでいる連中が相手なら、遣りようは有る。
フレイアたちに、「城門が有るかどうか」は関係無いのだから。