軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

西部国境地域討伐軍 ⑨ ※アンサンブルキャスト面

「これは・・・、想像以上に酷いな」

国境地域へ進出したハロルドたちは絶句する。

領界を守る関所の守備隊はウォーレス領軍の姿を見た途端に関所を放り出して逃げ出し、何の抵抗もなく踏み入ってみれば、領外へ逃亡しようとしたらしい領民の死体が、そこかしこに転がっている。

遠くに見える地平の先には薄く煙が立ち上がり、どこからか“焼ける臭い”が漂ってくる。

戦場で嗅いだ記憶のあるこの臭いは、人の肉が焼ける臭いだ。

大方、関所で逃亡を見咎められて、家から持ち出してきた家財ごと兵士に燃やされたのだろう。

異変を察知する度、状況を把握するために、行軍中の馬列の中から数騎が偵察に駆けて行っては、しばらくして戻ってくる。

ハロルドたちの下に上がってくるのは、領民の死体発見と焼かれた畑の報告ばかり。

過激な徴発に抵抗した結果の見せしめなのだろうが、度が過ぎている。

まるで盗賊の襲撃にでも遭ったような有り様で、詰め込まれた住人ごと家屋が燃やされている集落もあるようだ。

斥候が領民の生き残りを発見した際には、関所を目指すように告知させてある。

焼かれた家や畑を前に絶望してへたり込んでいた領民たちは、ウォーレス領軍の指示に従って、のろのろと関所へと向かい始めているらしい。

この調子だと、ウォーレス領の人口が数万人は増えてしまいそうだ。

馬上に揺られているハロルドは冷たく鋭い目で周囲を見回し、フレイアは感情の無い目で地平の煙を眺めている。

ハウマンが目を怒らせる。

「これが領主のやることか・・・!」

「もはや、王国貴族では無い、ということだ」

人の心を無くした魔物の類いであれば、物言わぬ骸に変えても心は痛まない。

背後関係を吐かせたいので領主本人は生かして捕らえるつもりだが、配下の騎士や兵士は生かしておく意味も道理も無い。

敵兵が掻き集めた食料がどの程度回収できるか分からないが、出来るだけ多く、領民の手に戻してやりたい。

狼藉を働いた捕虜に食わせる食料が有るなら焼け出された領民に施した方が、よほど値打ちが有るだろう。

ぼやいたハロルドの傍へ、先ほどから黙りこくっていたフレイアが馬を寄せて来る。

「敵の殲滅は当然だが、領民を保護して後送してやる必要が有るな」

「分隊単位で1個大隊を探索に出す。空荷になった輜重部隊は関所で待機させておいてくれ」

やっと口を開いたと思ったら、これだ。

具体的な数字を出してきたということは、フレイアの中では、既に決定事項なのだろう。

分かってはいても、釘を刺しておく必要がある。

ここは既に敵地で有り、防衛拠点に籠もって居るであろう敵勢力の襲撃を、いつ受けるか分からないのだ。

少人数で本隊から離れて動くのはリスクが高い。

「君も探索に出るのか?」

「本隊はこのまま領都へ向かってくれ。じきに追い付く」

「無茶はしてくれるなよ? 君が戻らないとフィオレとルナリアが悲しむ」

手綱を引いて馬首を巡らそうとしていたフレイアの手が、一瞬、止まる。

「分かっている」

離れていくフレイアの馬に、エゼリアたちが馬を寄せていく。

声を掛け合ってから1騎ずつ順に速度を上げて駆けていく側近たちの馬に、ピーシス隊2000騎の中から10騎ほどが追随して行く。

フレイアたちと同様に、十数騎の小集団が、さらに散っていく。

探索に向かった300騎ほどが抜けた残りの1700騎はハロルドの指揮下に残るようだ。

フレイアの背中が見えなくなるまで見送ったハロルドは前を向く。

「こちらは領都まで、“魔物ども”を踏み潰しながら行くとするか」

討ち倒すべき敵本拠地は三つ。王家の命を受けたハロルドたち討伐軍は、王国中心部の王都から西進してきた。

最初の敵本拠地を落としたら、そこから国境の内側を北から順に敵拠点を落としつつ南下する。

然したる抵抗も許さず“中立派”領地を駆け抜けてきたが、ここから先の“融和派”領地内では、それなりの抵抗が有ることだろう。

フレイアたちが探索に出て、すでに2時間が経つ。

進軍方向から斜め前方にズレた方角の地平の向こう側に、また立ち上る煙が新たに見えてくる。

西部方面隊が把握している防衛拠点を探らせていた斥候が小休止中に帰還して、報告を受ける。

「ご当主様! ご報告いたします!」

「ご苦労。聞こう」

「敵防衛拠点ですが、陥落済みでありました!」

「はあっ!? 陥落とは、どういうことだ!」

そんなはずは無い。

今、この地で交戦する可能性が有るのはハロルドたちと敵領軍だけのはずだ。

ハロルドは床机から腰を浮かせ、ハウマンは手元の地図を食い入るように見る。

言いにくそうに眉尻を下げた斥候は、それでも忠実に職務を完遂した。

「あの・・・。恐らく、ですが、フレイア様ではないかと」

「あいつめ・・・。無茶をするなと言っただろう」

アレか、と、ハロルドの目が地平線の先に立ち上る煙へと向く。

あの煙は敵では無くフレイアの仕業だったらしい。

目立つのを避けた斥候が地図情報に有る集落方向へ迂回して接近したところ、敵拠点の砦は既に炎上しており、崩れた城壁の壊れ方と焼け焦げた瓦礫の焼け具合から推測して、フレイアの“白焔”によるものだろうと判断したらしい。

半壊した砦には焼かれた兵士の死体が複数転がっているだけで生存者の気配は無く、守備兵力は撤退したものと推測される、とのことだった。

フレイアたちピーシス家系の者が使う“紅蓮”と“白焔”の痕跡には大きな特徴の違いがあって、ウォーレス領軍の者なら明確に見分けられる。

“白焔”が使用された場合、着弾地点の地表や石材が高熱で溶けた痕の一部が薄くガラス状に固まるのだ。

斥候が確認した砦「跡」は15キロメテルほどの距離に有るから、2時間という時間は、フレイアであれば到着した上でこんがり焼き上げるには十分な時間だろう。

また、砦周辺にフレイアの姿は無く、騎馬が駆けた痕跡が1方向にしか無かったことから、逃げた守備兵力を追撃しに行ったのではないか、だそうだ。

ハロルドは深い溜息を吐く。

極めて強力な遠距離攻撃手段を持つフレイアだけに、100や200の敵兵に後れを取ることは無いと思うが、“白焔”という激烈な魔法術式は魔力消費量が極めて多く、いくら、体内魔力保有量が人一倍多いフレイアでも、何発も連続しての使用は―――。

「ああ、いや。フィオレの魔石使用法が有ったな」

首を振ったハロルドは想像しそうになる最悪の光景を否定する。

義娘から事細かに概念やコツを聞き取っていたフレイアは、久々に得た新たな技術に目を輝かせ、ハロルドの執務室でゴロゴロしている間にも黙々と練習を続けていた。

大陸随一の魔法術式の才能を持つフレイアが、出会って身に付けられなかった魔法技術は今までに無く、今回も、実戦使用レベルにまで使いこなせるようになったと、ハロルドに得意顔を披露していた。

子供の頃から変わらないフレイアの姿にハロルドは暢気に目を細めていたわけだが、フレイアが「実戦使用レベルになった」と言った以上は使わない選択肢が有ろうはずもなく、しっかりと戦場で実戦使用して退けたわけだ。

魔力消費量による使用回数限界という枷から解き放たれたフレイアが、じっとしていられるはずが無い。「じきに追い付く」と言い残した以上、敵本拠地に着くまでには戻って来ると思うが、どこまで行ったか分からない又従兄妹に向けて、ハロルドは独りごちる。

「本当に、油断して無茶をしてくれるなよ・・・」