作品タイトル不明
西部国境地域討伐軍 ⑤ ※アンサンブルキャスト面
「ご領主様。よろしいでしょうか」
「どうした?」
掛けられた声に振り向けば、輜重隊の部隊長の一人だ。
「兵站の調達で、気になることが」
「聞こう」
ハロルドが口を開く前に応えたのはフレイアだ。
「道中の集落で食料の補充を買い上げようとしたのですが、塩の他、食料の類いが不足しているらしく、輸出向けの小麦しか調達できませんでした」
「食料全般か?」
「干し野菜や芋、豆、干し肉も、隣領から買い付けに来た者が何人も居たらしく、どこの集落も、ほとんど残っていませんでした。これ以上は冬を越せなくなるから売れないと。特に塩は、ここ10日間以上、周辺地域に全く入って来ていないそうです」
「調達阻害、だと思うか?」
「だろうな。塩の流通阻止はフィオレの読み通りだ」
フィオレがハインズに領有宣言しろと交渉した話はシェリアから届いた手紙で伝え聞いている。
兵站の調達阻害は概ねフレイアもフィオレと同様の危惧を持っていたし、フレイアとは違った視点も有って、感心したと同時に面白くも有ったものだ。
「しかし、隣領まで食料全般が不足するほどとなると、過激すぎないか?」
「そうだな・・・。これは少し、拙いかも知れんぞ」
ハロルドが表情を険しくし、フレイアは思考を深くする。
王国は、大陸南岸産の海塩を西部国境地帯を通じて、大陸西方産の岩塩を北部国境地帯を通じて輸入している。
西部国境ルートの海塩の流通を阻止するだけで、王国内の塩の流通量は半減する。
敵が王国では生産できない塩の流通を止めることは予想できた。
攻め手が現地調達に来る前に領民から食料を徴発して兵站を阻害するのは常套手段だ。
長期保存が利く塩は特に、一部の逼迫が売り渋りや抱え込みに繋がって王国全土に波及する。
逼迫の情報が駆け巡るだけで相場価格は急騰し、実態以上に流通が阻害されることで王国内のどこも備蓄が逼迫して入手できなくなる。
ここまでは良い。
速やかに敵を排除すれば不安情報が終息して短期で逼迫状況も緩和されて行く。
だが、国内生産で賄われている他の食料まで全般的に足りなくなっているとなると話は変わる。
“融和派”領地の領民が隣領まで買い付けに来る状況だと、生活が立ち行かないほど厳しい徴発が“融和派”領内で行われている可能性が高い。
どこの農村でも生産量が多くて余り気味の小麦しか調達できなかったのが、その証拠だ。
ハウマンも顔色を変えている。
「兵站は、どの程度もつ?」
「6日―――、消費量を抑えれば7日・・・かと」
「後発の輜重部隊は追っ付け来るが、王都へ追加を要請しておこう」
「お願いします」
ハウマンの申し出をハロルドは素直に受け入れる。
最悪の事態を想定すれば、“兵站を食むのは兵だけで済まない”恐れが有る。
「奴等、何を考えている? 自領の民が飢えるほど徴発するなど常軌を逸している」
「この調子だと、収穫前の畑を焼き払うぐらいは、やっているんじゃないか?」
フレイアの指摘にハウマンが顔を顰める。
「形振り構わず・・・、か。想定以上の過剰反応だぞ」
「食えなくなれば逃亡民が発生するだろう」
ハロルドが懸念して、ハウマンの兵站追加の申し出に乗ったのも、これが理由だ。
「逃亡民の押し付けか。戦術とすれば一つの手だが、自領でやるものか?」
「まともな判断力を持っていれば、まず、やらないな」
収穫済みの作物なら領民から奪い取って運び出すだけで済むが、奪いに来た者が収穫を命じたところで奪われるのが分かっていて働く領民など居ないし、「敵の手に渡すぐらいなら」と収穫直前の乾燥した小麦畑など火を放てば、よく燃える。
畑を焼かれ、蓄えを奪われて飢えた領民は、その冬を越すことさえ出来なくなる。
持って逃げられない畑を焼かれる領民にとっては、とんでもない蛮行だが、攻め入った敵国で行えば、効率よく敵方の兵站事情を扼することが出来る有効策では有るのだ。
当然、領民からの恨みを買うし、統治を目的として見れば下策になるのだが、人というものは不安を煽られて追い込まれれば何でもやる。
侵攻した敵国で行うなら飢えるのは敵国民だが、自分が治める領地で行うなど自殺行為でしか無い。
王国民が飢えて喜ぶのは誰か?
そんなものは決まっている。フレイアは鼻で笑う。
「王国内ではない、どこかの誰かの入れ知恵だろうさ」
「間接侵略か。もはや、内戦では無いな」
“融和派”が国外勢力と結託し、癒着しているのは戦の発端となった密輸事件で明白になっている。
結果としての内戦ではなく、誰かが描いた絵に沿って起こった内戦ならば、それはもう、間接侵略となる。