作品タイトル不明
西部国境地域討伐軍 ④ ※アンサンブルキャスト面
「ご当主様。ゼルボー伯爵の捕縛を確認しました」
「生きているか?」
「主要な家臣ともども木に吊されて居りましたが、息は有ります」
「ご苦労。兵たちに小休止を取らせてくれ」
「はっ」
ハロルドの指示で、右拳を胸に当てて敬礼した若い騎士が踵を返して駆けていく。
床机に腰掛けたハロルドは軍議机を挟んだ向かい側の老将を見る。
「ハウマン隊長。男爵の身柄はお任せしても?」
「了解した。こちらで後送しよう」
ハウマンの合図で王都騎士団の騎士がウォーレス領軍の騎士と連れ立って行く。
騎士たちの後ろ姿を見送ったハウマンは天を仰ぐ。
中天をかなり過ぎてはいるが、まだまだ日は高い。
進軍速度が速すぎて本陣に天幕すら張れないので青天井だ。
野営地生活には慣れているが、そろそろ肌寒くなってくる季節なので、風を防ぐ天幕が無い中での軍議が続くと老体には堪える。
「また移動かな?」
「本隊を待たずに“融和派”領地へ突入することは無いでしょうが、日の有る内に進軍しないと先行しているピーシス隊に追いつけません」
「そうだな」
ハロルドもハウマンも、「木に吊されて居た」ぐらいの報告では、もう驚きもしない。
お茶を飲む猶予が有れば良かったのだが、また、革袋の水で喉を湿らす程度が精々のようだ。
この一週間、1日1領地のペースで怒濤のように突き進むフレイアたちの進軍速度は極めて速く、鎧袖一触どころか、散り散りに逃げ惑う“中立派”領軍を蹴散らして領主を捕縛しては、顔から体までボコボコに腫らした領主を見せしめに城壁や木に高く吊して先へと進んで行く。
フレイアたちが駆け抜けた跡に残っているのは吹き飛ばされた死屍累々の瓦礫の山と恐怖に腰を抜かした領軍の残党だけだ。
進路上の関所を“紅蓮”数発で吹き飛ばして押し通り、領都の城門を“白焔”の一撃でブチ破って瞬く間に領主が吊し上げられるのだから、“中立派”領地の領軍が混乱している間に王都騎士団が沈静化に入っても反発を受けるどころか、下に置かない勢いで感謝される始末だ。
ウォーレス領軍1万騎に随伴輜重部隊が2個大隊1000人、王都騎士団の西部方面隊3000騎と荷馬車に詰め込まれた王家直轄軍兵士5000人が西部国境地帯へ向かう総兵力だが、今のところ本隊に出番が回ってくる気配は無い。
これでフレイア麾下2000騎だけの戦果なのだから、ピーシス領の戦闘力の高さはウォーレス領の中でも突出している。
もちろん、フレイアが進軍を急ぐのには明確な理由が有る。
他国の支援を受けた“融和派”の籠城戦に付き合っては、攻め手側は戦地への到着が遅くなれば遅くなるほど不利な状況に追い込まれるからだ。
故に、防衛体制が整う前に強襲して一気に蹂躙する。
ハロルドやハウマンとしては、西部国境地帯の各地に駐屯している西部方面隊所属の騎士たち500騎も、王都を発って以降の連絡が途絶えているので安否が気になっている。
何の抵抗も受けずにハロルドたちウォーレス領軍本隊と王都騎士団西部方面隊が“中立派”の領都へ到着したときには、捕縛された領主たちを回収して王都へ後送するぐらいしか仕事が残っていない。
輜重の速度に合わせないと伏兵に輜重を襲撃される可能性を排除できないので進軍速度を上げるに上げられず、本隊の騎士、兵士たちにストレスが溜まりつつある。
どうやって、 殺(や) る気マンマンのフレイアたちに進軍速度を抑えるように言ったものかと、ハロルドは知恵を絞る。
小休止もそこそこに、ハロルドたちはフレイアたちの後を追って進軍を再開する。
数時間進んだ頃に、緩やかな起伏を越える手前に集結している馬群の姿が確認できた。
「む。追い付いたか」
「やれやれ、だな」
日がオレンジ色に染まりつつ有るので1時間もせずに日が暮れるだろう。
暗くなる前に野営の準備が出来そうだとハロルドもハウマンもは胸をなで下ろす。
馬の背に揺られながら、周囲の地形と記憶している地図情報を照合して現在地のアタリを付ける。
フレイアはギリギリ“融和派”領地の手前で進軍を止めてくれていたようだ。
本隊の到着で小休止中だった騎士たちが立ち上がって野営の準備に取り掛かる。
下馬して手綱を兵士に預けたハロルドは、行き交う騎士や兵士に声を掛けて激励しつつ、頭を突き合わせている一団へと歩み寄る。
「フレイア」
「おう。連中の身柄は見付けたか?」
「「「「「ご当主様、お疲れさまで~す」」」」」
手元の地図から顔を上げたフレイアが、咥えていた干し肉を持った手を挙げる。
いつもは領主館で女中の衣装を着せられている側近たちも、完全武装の甲冑の兜だけを脱いで足元に転がしている。
礼儀も作法も放り出して気兼ねなく暴れられる環境にスッキリしたのか、どの顔も晴れやかな笑みを浮かべている。
実に図太く逞しいのがウォーレスの女だ。
ハウマンたち王都の騎士は困惑気味だが、この程度で困惑していてはウォーレス領で生きていくことは難しい。
フレイアの側近たちに軽く手を挙げて応え、ハウマンに顔を振り向ける。
「ハウマン隊長の手配で後送していただいた」
「そうか。手間を掛けた」
フレイアが軽く頭を下げ、ハウマンは首を振る。
「なに。楽をさせて貰っているからな」
「明日からが本番だ。しっかり働いてもらうさ」
「お手柔らかに頼む」
苦笑で応えるハウマンを横目にハロルドは周囲の様子を確認する。
「兵の損耗は?」
「馬が1頭、足を痛めたぐらいだな。どうやら、瓦礫を踏んだらしい」
「その程度で潰すのは勿体ないな」
「療養させれば春までには治るさ。割り引いて領民にでも譲ってやればいい」
「牡か?」
「牝だ」
負傷した馬を「潰す」とは、苦しませないように「兵站の一部に加える」という意味だ。
足のケガは癖になりやすく、体重が重い馬は自重に耐えられないケガが致命傷になることも多い。
行軍に耐えられなければ潰してやるのも「優しさ」なのだ。
まだまだ働き盛りの馬を潰さずに済むなら、その方がいい。
精強で価値が高いウォーレス領産の軍馬は一財産になるので、 種牝馬(しゅひんば) として上手く繁殖させられれば一大事業になる。
疲弊した領地を復興する一助にもなるだろう。