作品タイトル不明
流通阻害無効化作戦 ⑰ ※アンサンブルキャスト面
扉をノックする音に、初老の域に差し掛かりつつある神経質そうな男は手元の書籍から目を上げた。
男の名前は、サリトガ・グライアレー。
北部地域に本領を持つ王宮貴族で、侯爵家・現当主にして、リテルダニア王国宰相を務めている。
「どうぞ」
それほど大きくは無いが 好(よ) く通る男声が応えるのを待って扉が開く。
一礼して入室してきたのは近衛騎士団所属のまだ若い騎士だ。
一応の監視は付けられているが、サリトガは罪人ではない。
要らぬ疑いを受けないために自ら進んで王宮での軟禁を申し出ただけで、近衛騎士団からも、現に、こうして丁重な扱いを受けている。
「失礼いたします」
「何事かな?」
「陛下がお見えになります」
「分かった」
小さく頷いたサリトガは、パタリと本を閉じ、テーブルに置く。
ソファーから腰を上げて歩み出し、姿勢を糺して来訪者の到着を待つ。
廊下から近付いてくる足音が耳に届いて、サリトガは片膝を突いた。
「済まぬな。邪魔をするぞ」
「いいえ。お気になさらず」
「うむ」
恭しく頭を垂れたままサリトガが応え、来訪者が鷹揚に応える。
先触れが有った通り、来訪者は、国王オーグストだ。
「下がって良い」
「はっ」
オーグストの命に反論せず、国王陛下の護衛の任に就いている近衛騎士が退室する。
護衛が護衛対象から離れて目の届かない場所に下がるのは、本来、不味いのだが、この場にいるのは、王国の権力の頂点と王宮文官の頂点で有る。
この二人の仕事は権謀術数の 政(まつりごと) なので、如何に近衛騎士と 雖(いえど) も同席は許されない。
扉が閉まって余人の目が無くなったのを確かめてから、オーグストが口を開く。
「もう、良いぞ」
「うむ」
立ち上がったサリトガが胸元のスカーフの乱れを直す。
ホストとしてオーグストにソファーを勧め、キャビネットへと向かう。
「ワインで良いか?」
「ああ。何でも構わん」
捨て鉢な口ぶりから、何か良くないことが有ったのだろうことをサリトガは察する。
「何があった?」
「フレイアが特務を退くと言ってきた」
「何?」
唱えていた栓を抜く呪文を中断したサリトガが、ソファーへ腰を下ろしたオーグストへと顔を振り向けた。
「ドネルクとハロルドもな」
「本気で“ 膿(うみ) を出す”のだな? そこまでの覚悟か」
静かに溜息を落としたサリトガは手元の作業を再開した。
再び小さく呪文を唱えると、ボトルの口を塞いでいた栓が持ち上がり、コロリと落ちる。
ふわりとワインの香りが室内に漂ったことから、サリトガが使った詠唱術式が風系統だったことが察せられる。
ボトル内の空気を膨張させて栓を抜くのは一般的な生活術式の一つだ。
グラス二つとボトルを手に戻ったサリトガは、オーグストの向かい側へと腰を下ろした。
「報告書には目を通したのであろう?」
「西部から南部か。あのボンクラどもめが、どこまでも仕事を増やしてくれる」
“中立派”まで絡んで予想よりも根が深かった事態の真相に、グラスにワインを注ぎながらサリトガが目元を厳しくする。
信頼できる王宮御用商人から禁制品流通の噂が報告され、騎士団の手には余ると看破して特務を動かすようオーグストに進言したのはサリトガだったのだ。
サリトガの悪態にグラスを手に取ったオーグストも頷く。
「全くだ。向けられる批判も憎悪も恐れず特務を勤め上げられる者など、そうは居らぬと言うのに。余計な真似をしてくれたものよ」
「頭の痛い。神教会が裏で動いている折に、領地貴族を減らし過ぎては統治が揺らぐぞ」
フレイアは苛烈な女だ。
特務魔法術師の要請でウォーレス家が本気で腰を上げた以上、脅しで終わることは無いだろう。
引責で王都騎士団長までもが退任するほどの荒療治ともなれば、国防力が下がりすぎて他国に付け入る隙を見せる事態にも、なり兼ねない。
「領地貴族を排して王家直轄領に戻すつもりだろう」
「現地へ足を運ぶことも面倒がる王宮文官で治められるか? 他国からの出入りが多い上に、西部は人が多すぎる。掌握しきれんぞ」
古いばかりで役に立たない貴族家を置いてでも統治を任せるしか無かった理由が、歴史的な地理関係に起因する人の多さだ。
目が届かなくなれば抑えきれなくなる。
サリトガ自身も「現地へ足を運ぶことも面倒がる王宮文官」だが、有能な代官を見出す目は持っている。
ただ、有能な者の数は有限で、国全体を取り纏める中央に残しておかなければ国の形を維持出来ない。
宰相の権力が有ればこそ有能な官吏の引き抜きが可能で、引き抜いたからこそ官吏に領地の経営を任せてサリトガ自身は王宮で辣腕を振るうことができる。
「それよな。直轄領であれば騎士団の常駐で国境の守りは固められようが、貧しい民を煽動工作で踊らされると他国の介入理由を作られ兼ねぬ」
「貧しい民、か。“融和派”領地の民は、どうして、ああもバカなのか」
サリトガの悪態が民にまで及んでオーグストが苦笑する。