軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

流通阻害無効化作戦 ⑧ ※アンサンブルキャスト面

「戦が続いたお陰で兵の質が維持された、か・・・。まさか、カリークの馬鹿者どもに感謝せねばならん日が来ようとはな」

「王都や西部の連中なら、時間が許せばフレイアたちが鍛えるであろうよ。しかし・・・、敵が正面から当たるのを避けるとなれば、この戦、長引くかも知れんな」

「敵領内が兵站の徴発を強めるので有れば、そのうち兵の徴発も難しくなるであろう?」

大人たちの遣り取りに、フィオレが、こてりと首を傾げる。

「・・・兵の徴発、ですか?」

「越冬できないほど食料を徴発されたら、領民はどうすると思う?」

「・・・領外へ逃げる?」

フィオレは正しく理解したようだ。

領主の命による徴発というものは一部では無く領内全体に対して行われる。

領民が食い詰めるときには領内全体が食い詰めていて、領内には領主の手元以外に食料が無いのだ。

餓死するぐらいなら領民は領外へと逃げる。

「そうだ。厳しい徴発は領民の離反逃亡を招く」

「後方から送る兵站が多いほど我が方は優位に立てるし、落とした後の統治も楽になるな」

新たに得た情報に、瞬きを忘れたフィオレが茫洋と視線を泳がせる。

この様子は、この少女が深く考えを巡らせるときの癖だ。

ハインズも最近になって分かってきた。

こうなったときは、外部からの刺激にも殆ど反応を返さなくなる。

思索の終わりを告げるように、ぱちくりと何度か瞬きをしたフィオレがハインズに視線を向けてくる。

「・・・ハインズ様。敵領内から逃亡した領民を、ウォーレス領で受け入れることは可能ですか?」

「間諜の警戒は必要だが王国の同胞だ。多少なら可能では有るが、何を考えて居る?」

「・・・逃亡して行き場が無い人たちなら、カリーク公王国との戦争には使えなくても、採掘場や開拓の労働力になるのでは無いかと」

「敵の生産力を根こそぎ奪うつもりか?」

眉尻を下げるマルキオに、照れくさそうにフィオレは笑みを浮かべる。

「・・・人助け、ですよ? 食べていけない故郷へ帰りたがるかどうかは知りませんけど」

「それはまた・・・。なかなかにエグいのう」

ハインズは戦慄する。

可憐な笑みと、言っていることの内容が噛み合っていない。

生産力とは労働力だ。

領地が有っても労働力が無ければ“死に土地”になるのだ。

微笑むフィオレは「敵を領地ごと殺す」と言っている。

セリーナやシェリアやフレイアとはまた違う恐ろしさを感じて背筋がゾクッとする。

「戦後も西部国境地域の生産力が低下しそうだが、元を辿れば“融和派”の統治が逃亡の原因なのだから、王宮も返せとは軽々に言えまいなあ」

「あら。面白い策じゃない」

マルキオは呆れたように言うが、セリーナは楽しそうに笑みを浮かべている。

強すぎるウォーレス家を危険視している王宮貴族どもとの新たな軋轢のタネになりそうなのだが、シェリアも頷いている。

「しかし、逃亡民の規模が予想できん。住居も必要になろう? 空き家屋もそれほど多くの余裕は無いぞ」

「・・・敵方が塩の流通を止めるのであれば、間違いなく王国内のどこかでは需要が逼迫するでしょう。お母様たちへ送る兵站分を差し引いた余剰分を他領へ売れば資金が手に入ります。受け入れた逃亡民に賃金を支払って住居の建設もさせれば領内の経済が回って、結果的に税収が増えて投じた資金を回収できませんか?」

「むう・・・。返す言葉も無いな」

「フィオレよ。そんな知識を誰に教わった?」

本当に5歳児か? と、疑いたくなる。

「逃亡民が出る」と聞いただけで、ここまで考えが及ぶとは、驚くべき知恵だ。

フィオレの考え方は、武力で捻伏せるウォーレス領の考え方とも、人の繋がりで絡め取るセリーナたち王都の考え方とも違う印象を受ける。

ハインズが投げ掛けた問いにフィオレが眉尻を下げる。

「・・・ああ、いえ。教わったというか、以前、干し肉のコツを加工場に教えるときに、“領民に仕事を与えるのも務め”と仰っていたのと、授業で聞いた流通の話を掛け合わせれば、可能では無いかと考えただけで・・・」

「失業の話のときか。確かに言うておったな」

あのときのフィオレの反応は強く印象に残っている。

渋るフィオレに統治者の心得としてマルキオが諭していたのをハインズも覚えている。

「上出来ですよ。満点です」

「・・・ありがとうございます。お婆様」

シェリアとフィオレが笑みを向け合っている。

岩塩鉱床の情報と安全に食肉を得る技術。

両方ともフィオレ自身が持ってきた物で、十全どころか二十全にも三十全にも活かしきる知恵まで捻り出して見せた。

幼子の身で、これだ。

セリーナも満足そうに頷いている。

「まったく。末恐ろしいのう」

「この上ない良案だと思うわよ。他領に恩を売りつつ、自領の発展を望めて、同時に敵方の戦略を完全に無効化できるわ」

「民は国の 礎(いしずえ) です。フィオレが言う通り、住居と仕事が有れば“辺境”でも定住を望む者が増えます。労働力が増えればやれることも増えますよ」

「感謝する声が大きければ、西部地域の領民を取り込んでも王宮とて黙らざるを得んか」

ぐうの音も出ない、とは、このことだ。

歯噛みする王宮貴族どもの顔が目に浮かぶ。

いや、王宮が発案者を知れば、どんな手を使ってでもフィオレを奪い取りに来るだろう。

国王陛下も間違いなく手元に欲しがる。

最悪のケースは、「奪えないのなら殺してしまえ」と暗殺対象になることだ。

そんな事態になれば、冗談抜きでフレイアが王都を丸焼きにしかねない。

将来のウォーレス領にとっても、フィオレを失うのは多大な損失になるだろう。

フレイアが傍に付いていて、その程度の判断をハロルドが誤ることなど無い。

強力なカードを切るか切らないか、戦に勝ち、フィオレを守りきれるかどうか、王都から遠く離れたレティアの地では、経験豊富なハインズにも判断が付きかねる。

「分かった。輜重にフレイアへの手紙を持たせておく。向こうの状況次第だから、どこまでやれそうか分からぬでな。この案、どう使うかはハロルドとフレイアに任せるとしよう」

王宮と遣り合うのは当代の当主で、苦労するのは前領主のハインズではない。

ブチ切れたフレイアを抑え込むのもハロルドの責任になる。

心の中で詫びながらハロルドに丸投げすると決めたハインズに、完全に楽しんでいるセリーナが追い討ちの笑みを向けてくる。

「輜重部隊の帰路は空荷でしょう? 逃亡民を乗せて帰らせれば良いし、前倒しで兵站を送る意味は有りそうね?」

「そ、そうだな。フィオレ、よくぞ提案してくれた」

これ以上を聞いたら、どれほどエグい案が出てくるか分からない。

ウォーレスの女は、強く、賢く、美しく、そして怒らせると怖い。

“融和派”が最も敵に回してはいけなかったのは、国王陛下でもフレイアでもなく、フィオレだったのかも知れない。

「・・・いいえ。ウォーレス領のためになれば幸いです」

「ワールター。急ぎ、手配の前倒しを頼む」

「承知しました」

労いに神妙な顔で一礼を返してきた謙虚な態度のフィオレ。

頭痛を覚えているハインズに、苦笑を堪えているのが丸わかりな執事が頭を垂れた。