作品タイトル不明
流通阻害無効化作戦 ⑨ ※アンサンブルキャスト面
「やれやれ。ようやく着いたか」
なだらかに起伏する平原のド真ん中に巨大な三重の円形城壁を備えた城塞都市が遠く望める。
外側を固める第3城壁の周囲20キロメテル、直径6キロメテル以上。
正規・不正規を問わず王都に暮らす平民が城壁の外にまで溢れ出した、平時の人口50万人を抱える大陸有数の大都市、リテルダニア王国の王都リテルだ。
あと1時間も進めば南部方面の正面玄関である第3城壁の城門に着けるだろう。
レティアの町を発って、すでに9日。
ちんたら進む行軍にフレイアの機嫌は良くない。
「護送馬車など使わず、馬で曳けば早かったんじゃないか?」
「 咎人(とがにん) を民の目に晒して王国の正義を示す意味が有ると言ったのは君だろうに」
子供たちを残してきたウォーレス領が隣国の侵攻という重大な懸念を抱えている今、行軍中で有っても状況の推移を知らせる情報はシェリアから何度も届いている。
フレイアが苛立つ気持ちはハロルドも理解できるが、フレイアの言う「曳く」とは、「曳いて歩かせる」という意味では無く、文字通り「引き摺って進む」という意味だ。
ウォーレス領から王国中央部の王都リテルまで、おおよそ500キロメテル以上もある。
500キロメテルもの距離を馬で引き摺れば、王都に着く頃には罪人の肉片すら残っていないだろう。
それを分かっていて、半ば本気で言っているのだから、どれほどフレイアが苛ついているかは想像するまでも無い。
通常、馬で1日に進める距離は60キロメテル程度。
ウォーレス領産の強靱な軍馬でも1日80キロメテルが精々だ。
護送馬車のペースに合わせて9日間で着いたのなら、十分に早い。
先触れの騎馬を2騎、先行させる。
ウォーレス領軍派兵の報せは、とうに王宮へ届いているし、城壁上で警戒監視の任務に就いている守備兵も、地平の彼方から姿を現した軍勢の接近に慌てることは無いだろう。
一先ずの旅の終わりが見えてきて、歴戦の猛者たちも気が緩みそうになった折―――、目の良いイディアが警報を発した。
「騎馬、接近!」
「「「「「―――!」」」」」
エゼリアたちが馬を前に進めて、ハロルドとフレイアの周りを固める。
警告を発したイディアは、鞍に掛けてあった弓を取り出して、すでに矢を番える用意を整え終わっている。
駆足(かけあし) 程度の速度で近付いてくる騎馬の一団は5騎だという。
「全軍停止!」
「全軍停止―――!」
大平原の真ん中にポツリと存在する王都リテルは、攻めるに易く守るに難い城塞都市だ。
幾重にも貴族領が防壁を果たすため、王都そのものは攻められる事態を重視しておらず、王都騎士団は貴族領軍に対しても警戒を緩めることが無い。
王都の外郭は水堀はおろか 壕(ほり) すら備えていないのだから、防衛任務に当たる騎士団が過敏にもなろうと言うものだ。
かつての勤務先の、その内情を、ハロルドは悉知している。
先触れまで出しているのだから、叛逆を疑われることなど無いとは思うが、無用な軋轢を避ける判断をしたハロルドの停止命令に、復唱する声が後方へと伝わっていく。
警報が届いたネルドとベルーサーも馬列の先頭まで進出してきた。
相手方が騎士団の騎士なら、同じ騎士団の幹部であるネルドとベルーサーが居る方が話は早い。
馬上の人の姿が判別出来るようになってきて、ハロルドは目を眇めた。
「む? 騎士・・・だけでは無いな」
「あれ、ミリア様じゃないですかねー」
目の上に左手で 庇(ひさし) を作ったディアナが気の抜けた声を上げる。
風に靡くシェリア譲りのウエーブが掛かった鮮やかな金髪は、確かにフレイアの妹に見える。
「あいつめ・・・。侯爵夫人が何のつもりだ」
ハロルドの傍まで乗り付け、颯爽と手綱を引いて馬の足を止めたミリアは、上品な色香を漂わせる笑みを浮かべた。
「ハロルド兄様、お久しぶりですわ」
「う、うむ。息災そうで安心したぞ」
困惑しているらしいハロルドが頷いて返す。
妹ではないミリアがハロルドを「兄様」と呼ぶのは幼少の頃からだ。
ハロルド自身もミリアを妹同然に思っている。
「姉様も。お帰りなさい―――、は、違うわね」
「ミリア。出産して間も無いくせに、馬に乗るとは何事だ」
先月、第三子の男児を産んだばかりのはずの妹を、フレイアはジロリと睨む。
ハロルドが困惑するのも無理は無い。
ウォーレスの女なのだから馬に乗れるのは当たり前ではあるのだが、乗馬を嗜む貴族夫人など圧倒的少数な上に、産後一月程度では、まだベッドの上で唸っていてもおかしくないのだ。
ミリアがぷくっと頬を膨らませる。
「姉様のせいでしょうに」
「ああ。フィオレのことか」
王妃アマリリアが床に伏せっている今、セリーナから譲られた派閥を守らなければならないミリアが、療養も社交も放り出して突撃してくる理由など、「“白焔”の後継」のことしか無いだろう。
我が意を得たり、と、破顔し、手を打ち合わせたミリアが周囲を見回す。
「そうそう! そのフィオレちゃんは? 姪の顔を見ておきたいのだけれど」
「まだ5歳だぞ。戦に連れてくるわけが有るまい」
「姉様なら連れて来てもおかしくないじゃない。まあ、良いわ。こっちで会いに行くから」
「何の話だ?」
餌を撒いたのはフレイア自身だが、このミリアがここまでする以上、ただ、「王宮や社交界がフィオレの情報を欲しがっている」だけでは無いはずだ。
訝しむフレイアに、ミリアが猫のように眼を細めて微笑む。
こうやって表情で企みを臭わせるところは、社交の師であるセリーナそっくりだ。
「色々有るのよ。だ・か・ら、王都に居る間は、うちの屋敷に滞在してよね?」
「ふむ・・・。そうだな。久々に甥たちの顔でも見に行くとするか」
来いというのだから、腹の中を話すつもりなのだろう。
騎士団の手前、あくまで家族の遣り取りの体を見せてフレイアは誘いに応じる。
恐らくは、フィオレのことで王宮の誰かに言質を取られないよう釘を刺しに、フレイアたちの登城前にミリア自身が飛んできた、というところか。
「王都の雀」たちや王宮貴族は、相変わらず謀に熱心なようだ。