作品タイトル不明
流通阻害無効化作戦 ①
私に与えられた今朝の最初のお仕事は出発前の訓示である。
昨夜、夕食直前に見取り図付きの報告書を提出しにルナリアとテレサを連れて領主執務室へ行ったときに、とても分かりやすい報告書を絶賛された上で、とても 殺(や) る気に満ちたお爺様たちから申し渡されたお仕事を、みんなに伝達する。
「・・・領主代行ハインズ様から、“わ・た・し・た・ち・に”、命令が下りました」
厩舎前の広場に整列したみんなの前で“私たちに”を強調して告げると、空気がピリッと引き締まった。
まだまだ勉強中でゴマメ扱いされることが多いピーシーズと正真正銘の子供である私たちにとって、トップ直々の“ご指名”の任務となればヤル気も出よう。
ワナ猟の方の回収と運搬を担当する猟師さんたちも、戦争で領主不在につき領主代行を任されている前領主様からのご命令と有って、気合いが入った顔つきをしている。
猟師さんたちの数が妙に多いんだけど気にしちゃダメだ。
荷馬車2台に乗りきれるのか? と疑問に思うほどの人数だけど、私も増員は聞いていたし、ここまで多いと言うことは、ハインズ様かセリーナ様の許可は取っているのだろう。
「・・・任務の大筋は昨日の作業と同じ伐採作業と狩猟ですが、枝を落として丸太材にするまでの製材作業までが私たちの仕事です。二人一組で交代しつつ、採掘場からレティアの町に向かって縄張りの範囲内の木を、安全、かつ、出来るだけ迅速に伐って行きます。狩猟の方は、往路で獲物を回収しつつ採掘場まで向かってください。復路はワナを仕掛けつつレティアの町へ帰還してください。総大将はテレサ。大将はルナリア。何か問題が起こった場合には、現場監督の私かアリアナさんに報告と確認をしてください。昨日は“一部に”危ない場面が有りましたが、気を付けて作業を進めましょう。―――総大将テレサ」
あえて言った“一部に”で、みんながクスッと笑って緊張感が少しだけ緩む。
力みすぎは良くないからね。
私の後を引き継いだテレサが、ふんわりと微笑む。
しかし、その天使のような笑顔には、言葉では言い表せない圧がある。
「わたくしたちの戦いに、王国の未来が懸かっています。皆さん、頑張りましょうね?」
テレサの背後に巨大な猛獣のようなオーラを幻視したよ!
重い! 重いよ、テレサ! みんなの顔がまた強張っちゃったじゃない!
「・・・え、えーっと。―――大将ルナリア」
今度はルナリアがハインズ様を真似た“厳めしい顔”で一歩前に出る。
ハインズ様みたいに立派なお髭が生えていたら厳めしく見えたはずなのに、ルナリアのお肌はプルプルぷにぷにだから厳めしくなかった! 残念!
「オホン。―――良いわね! 伐って、伐って、伐りまくるわよ! では、ご安全に!」
「「「「「ご安全に!」」」」」
私が教え込んだ「ヒヤリハット」を防ぐハインリッヒさんの安全対策理論は活きている様子。
その合い言葉こそが、「ご安全に」の精神である。
昔、飛び込み営業でフラフラと入り込んだ建設現場で社長さんに、こっぴどく説教をいただいて、教え込まれた現代日本の建設業スピリットだ。
教えた私自身が守れていなかったのは、まあ、反省はしている。
ハインリッヒさんって損害保険屋さんだったらしいけど、「保険料を支払う保険加入者が損害事故を起こす確率が減れば保険屋さんが儲かる」って理由で書かれたリポートが業界の 聖書(バイブル) のように扱われる辺りが実に日本らしいよね。
ルナリアが“厳めしい顔”で咳払いしても可愛らしいだけなんだけど、ルナリア本人はヤル気になっているので黙っておこう。
良い感じに空気が緩んだから、行くか。
「・・・騎乗!」
全員が一斉に鞍に跨がり手綱を握る。
訓示の様子を眺めていた猟師さんたちも荷馬車に乗り込んだ。
今日もお弁当が詰められたバスケットと口直し用のブドウジュースの革袋が鞍の後ろのサイドバックに入っている。
また、ノリと勢いで始めてしまった枝葉を落とす作業では、昨日の教訓として、作業用グローブが有れば木の幹に登ったり邪魔になる枝を退けるときに手肌が傷付きにくかろう、ということで、初心者が剣の訓練で使うらしい厚手の皮製の鍋掴みのようなミトン型グローブを持っていく。
いくら肉食系の武闘派女子ばかりとはいえ、指先の肌がガサガサに傷んで“ささくれ”だらけの汚い手になってしまうと凹むものらしい。
素手で枝を掴んだりしなくても風ジェットカッター魔法で木を伐るというか、正確にはヤスリ状の回転刃で削り伐るわけだから細かい木屑や土埃が舞って全身がドロドロになる。
髪もバサバサになるので髪を覆うように三角巾も装着する。
粉塵が舞う職場で働いていると体の防衛本能で鼻毛が伸びると建設会社の社長さんが言っていたから、西部劇の盗賊のように覆面もした方が良いだろうか。
手肌の荒れで凹むのだから乙女たちは鼻毛が伸びても凹むのだろう。
手肌も鼻毛も脳筋ムーブで訓練して鍛えられる物じゃないからね。
本当なら落下物から頭を守る工事用ヘルメットと飛散物から目を守るゴーグルも全員に装備したいけど、剣と魔法の世界でヘルメットと言えば金属製の兜だし、割れやすいガラスを眼の至近距離に配置するなんて逆に危険すぎるという理由で、ヘルメットとゴーグルは諦めた。
どこかにポリカーボネートの代わりになる素材は落ちて居ないものだろうか。
いわゆる“ポリカ”とは有機ガラスとも呼ばれる透過性が高くて非常に割れにくい有機素材だ。
現代日本では大量生産されて安価に手に入る素材だったけど、田舎の高卒程度の化学知識では、何の素材でどう作られていたのかも知らない。
知らないというか、正確には興味が無かった。
確か、アクリル系樹脂だったような気がするから、市場経済を破壊したがっていた環境活動屋さんが大嫌いな石油が原料では無かっただろうか。
食べることに執着し続ける人生を送った私には永遠に理解できない人たちだったなあ。
ファーストフード店のストローが紙製になったら文句を言うくせに、石油から生み出される物は排気ガスだけじゃないんだよ。
自分が住んでいる国の経済を破壊してどうするんだろうね。
食べ物が買えなくなって食べていけなくなるじゃん。
今も食べていくために国を防衛してお肉を獲らなければならない私としては、良い思い出が一つも無い平和ボケした国のことなんて未練も無いし、知ったことじゃないんだけどね。
今日も明日もルナリアやテレサを愛でつつお母様たちが居る王国で暮らしていきたい私が、今、しなくてはいけないことは、襲って来る敵を追い払って塩とお肉を量産することだ。
今の私の幸せを守る為なら、森の木を全部伐り尽くして更地にするぐらいは、良心の呵責を感じることも無い。
警戒心が薄くてお肉が美味しい、獲っても獲っても獲り尽くせない素敵な獲物が居る森だから、木を伐り尽くしたりはしないけどね。
街道を抜いたぐらいじゃあシカやイノシシが居なくなることは無いだろう。
お肉が獲れなくなる心配が無いのなら、お仕事の時間だ。
右手で腰の大型ナイフを抜き放ち、高く掲げたルナリアが号令を発する。
「出撃!」
「「「「「はっ!」」」」」
ルナリアとテレサの乗馬を先頭にした馬列は、領主館を出発して採掘場へと向かった。