作品タイトル不明
領有宣言 ⑰
領主執務室から解放された―――、もとい、追い出された私は騎士団の小会議室の扉をノックした。
室内から返事が返ってドアが開く。
この部屋は「報告書会議」のために、お婆様にお願いして使用許可を取って貰った部屋だ。
テレサによると、先日までは王都から来た騎士団の指揮官クラスの騎士様たちが使っていた部屋だったらしい。
「・・・ありがと。メリーナさん」
ニコッと笑って背を向けたメリーナさんが、ルナリアとテレサの隣りの椅子を引いて手招きする。
私が腰を下ろすのに合わせて椅子が押し込まれ、腰を下ろしたら会議用テーブルとの丁度良い絶妙な距離なのが流石だよ。
みんなのお姉さんポジションのメリーナさんの、こういうお世話スキルには勝てる気がしない。
隣りに座ったルナリアが、にぱっと、テレサがふんわりと笑い掛けてきた。
「・・・どこまで纏められた?」
「フィオレが、やらかした件は書いたわ!」
「・・・ああ。うん」
だろうね。それが最初に来ると思ったから、叱られる前に叱られに行ってきたんだよ。
「後は、伐った本数の集計結果ですわね」
「・・・他には?」
「「・・・・・」」
あ。2人同時に目を逸らしたな。
「「「「「・・・・・」」」」」
ピーシーズに目を移したら、レーテさんも一緒に全員が一斉に目を逸らした。
纏まらなかった、と。
まあ、そうなる気がしてたよ。
「・・・そっか。じゃあ、1人ずつ、思い付くことを挙げていってくれるかな。立場とか、お姫様とか領主の娘とか、一切、関係なく」
「あのぅ・・・。本当に何でも良いのでしょうか・・・?」
小さく手を挙げたのはメイリスさんだ。
何か目上の立場だと言いにくいことかな?
「良いんだよ。次に活かすための報告書なんだから、誰かに遠慮した不正確な情報なんて残す意味が無い。分かってるよね? テレサ、ルナリア」
「分かってるわ!」
「もちろんです」
私たちが揃って頷いたことで、メイリスさんは安心したようで、表情が少し緩む。
「あ。いえ、テレサ様やルナリア様に遠慮したわけではなく、土仕事は手の肌が荒れるものではあるのですが、今回の作業は、なぜか手荒れが酷いので、何とかならないものかと」
メイリスさんと仲が良いクラリカさんをはじめ、ほぼ全員がコクコクと頷いている。
「髪も結構・・・」
「レティアに戻って洟をかんだら真っ黒で・・・」
「・・・ああ。なるほど」
全部、粉塵が原因かな。
細かな粒子の粉塵が肌や髪に付着すると水分や油脂が吸収されて荒れるんだよ。
私としては、飛んでくる土や破片で目が危ないなあ、とは思ってたけど、そっちは誰も言わないんだね。
「・・・服装で何とかなる範囲だと思うから、みんなで相談しようね」
「「「「「はいっ」」」」」
明るく元気なお返事は良いんだけど、報告書に書くのが伐った木の本数と私のやらかしだけではスカスカで、現場を見ていない人に伝わるものが無い。
「・・・アリアナさん。私のカバンは?」
「こちらに」
預けていたカバンから白紙の紙とペンを取り出して、サラサラと崖下の建設予定地と街道敷設予定地の略図を描く。
大雑把に分けた、テレサ・ルナリア・私の担当エリア分けも描き足す。
「・・・この報告書は、ハインズ様への提言の意味も有るからね?」
この時点で私が何を言わんとしているか察する人は居ないけど、みんながコクリと頷く。
伐採作業開始地点の採掘場を起点に、木を倒す方向を放射線状にしたことを示すように、倒れた木を短い直線で描き込んでいく。
倒木を示す線は、実際に伐った木の範囲と大まかに一致するだろう位置に描き込んでいる。
そこに、伐採した木の実数も書き足す。
「・・・こうやって目的地へ向けて搬出しやすくしてますよ、と絵で示せば、報告書を読んだ人が次の段取りに取り掛かりやすいと思うんだ」
「そういうものなのね」
「確かに理解しやすいですわね」
「・・・加えて書き足すなら、伐らなきゃいけない木の総数と、予定範囲の伐採が終わる予定日数まで有れば、一瞬で全体像を把握できるんじゃないかな」
とは言え、「森の木の本数を数える仕事」とか、どこのソビエト連邦の 強制収容所(ラーゲリ) かよ、と言いたくなるよね。
「・・・伐採予定の木の本数までは数えなくて良いから、作業予定範囲を図上で分割して、感覚的に、あと何日ぐらいで作業が終わりそうかの予測だけでも書いてあると助かるよね」
「あ。分かりやすいわ!」
「それ、良いですわね」
私の提案に、テレサたちだけでなく、全員が賛同した。
アリアナさんに差し出す。
「・・・これ、もう一枚、控え用に描き写してくれるかな」
「控え用、ですか?」
「・・・うん。ハインズ様に提出した書類と同じものを、私たちの方でも保管しておく」
「控えを保管する意味とは何でしょうか?」
「・・・命令や指示って、多くは口頭で来るよね?」
心当たりが有ったのだろう、みんなが頷く。
「・・・この図面が付いた報告書を基に指示が来るのだから、同じ図面が手元に有れば、指示を受けたときに図面を確認すれば何の話か誤解しなくて済むよ」
「それは助かりますね。意味を間違えて叱られることが無くなります」
「・・・命令や指示が書面で届いたら、その書面の簡単な内容と日付を書き写したものを、この控えと一緒に引っ付けておく。そうすれば、提出した書類に対する指示が、どういうものか、誰から指示されたものかが、誰にでも一目で分かる」
誰が・いつ・どういう指示を出したかが分かっていれば、後で問い合わせるのも簡単に調べられて、時間の短縮になるはずだ。
組織内で円滑にコミュニケーションを取るだけでなく、責任の所在を明らかに記録することで、上司の責任感を引き上げると同時に部下の不満が蓄積するのを回避できるはずだ。
処罰をするにも、何が間違いで、誰を罰するべきかが、すぐに分かれば、いつまでも混乱を引き摺らずに済む。
問題や厄介事は必ず起こるものだし、起こるタイミングをこちらの都合に合わせてくれたりはしないのだから。
領軍は軍隊だからこそ、判断や処理の時間は迅速であるべきだ。
書類を書く時間は必要だけど、報告書の添付図面なんてものは覚え書き程度の略図で十分だし、書類を見た者に必要な情報が正確に伝われば、それで書類の役目は十全に果たせる。
報告書そのものに書いてあるのは「図面1、参照」とか、箇条書きの短文だけだ。
箇条書きに対応する図面の方にも「図面1」と番号を振っておけば、添付図面が何枚に増えても対応が可能。
意味を読み取るのに読解力が必要な書類なんて論外だよ。
ウォーレス領における書類の在り方を私が変える。
「いつか、王宮でも導入させますわ」
私が提示した書類改革に最も目を輝かせて居たのはテレサだった。
苦労してるんだねえ。
結果として、この報告書に端を発した書類改革は、定型書式の導入に至るまで、ウォーレス領全体に波及して、最終的には王城にまで影響を及ぼすことになる。
ウォーレス領外にまで持ち出した犯人は、今、この部屋に居るテレサである。
まあ、良いんだけどね。書類の解読作業で本当に面倒くさい思いをしていたみたいだし。