軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領有宣言 ⑯ ※アンサンブルキャスト面

「マルキオ様。フィオレ様が報告に参られております」

チラリとハインズと目を合わせて、頷く。

「通してくれ」

「承知しました」

一礼して退室したワールターが、数秒して再び扉を開けた。

「・・・ハインズ様、お爺様、ただいま戻りました」

「おう。無事に戻ったか」

「・・・あ。お待ちください。戻ってそのまま来ましたから、その・・・汚れていまして」

ソファーへ移動しようと腰を上げかけたハインズたちをフィオレが制した。いつもと違うフィオレの様子を感じ取ったハインズとマルキオは執務用の椅子に腰を下ろし直した。

「フィオレ一人だけか?」

「・・・はい。ルナリアを中心にして、みんなには報告書を書かせています」

「皆で書くのか?」

「・・・今日あったこと、気付いたこと、問題点、解決案、作業の進捗を、みんなで意見を出し合って、ルナリアが取り纏めます」

「ほう? 報告書を見るのを楽しみにしておくとしよう」

「で。フィオレはどうしたのだ?」

「・・・あの。実は、今日の作業中に失敗しまして・・・。先ずはご報告を、と」

「失敗? 話してみなさい」

「・・・はい」

神妙な顔で身を小さくしている孫娘にマルキオが促す。

何の作業で、誰が何をして、どうなったか、聞いている限りは、フィオレの報告は保身を感じさせない客観的な物言いに聞こえる。

問題が起こった全ての責任は自分に有り、ルナリアやピーシーズに責任は無いと切々と訴えている。

これにはハインズもマルキオも叱る気が起こらない。

「つまり、試行錯誤に夢中になって、意図的に術式を暴発させてシェリアたちから叱責を受けたと?」

「・・・反省しております」

「負傷者は無かったのであろう? 昔のフレイアに較べれば、なあ?」

「ううむ・・・。反省しておるようでは有るし、まあ、今後は気を付けなさい」

ハインズが挙げた実例の顔を思い出してマルキオは眉尻を下げた。

子供の頃の義娘にはマルキオも手を焼いた。

何せ、あの義娘は反省の弁を述べることすら無かったのだから。

「・・・はい―――、ぴっ!」

「戻りましたよ―――、あら? どうしてフィオレが?」

ノックの音の後、ハインズの返事を待って開いた扉の方から聞こえた女声にフィオレの両肩がビクリと跳ねた。

「・・・きょ、今日の失敗を、先ず、ご、ご報告させていただいておりました」

「ぶふっ!」

しどろもどろに答えるフィオレのバツの悪そうな顔に、徹底した淑女教育を受けた淑女の鑑とも言えるセリーナが噴き出した。

「あっはっはっはっは! ああ、おかしい! 本当に面白いわね、貴女」

「・・・こここ、これは、そ、その・・・!」

「そんな顔しなくて良いわよ。叱らないから」

フィオレの意図を正確に把握しているらしいセリーナに、ハインズが胡乱な目を向ける。

「どういうことだ?」

「呼び出されて叱られるのが嫌だから、フィオレは先手を打って報告に来たのよ」

一瞬で真っ赤に茹で上がったフィオレが俯く。

セリーナが目を細めてにんまりと笑う。

まるで鼠を見付けた猫のような笑みだ。

「良いわね。社交の仕込み甲斐が有りそうだけど、貴女はフレイアの領分だから口出しはしないでおくわ」

「・・・そ、それは、つまりルナリアが―――」

別に、獲って食おうというわけでは無い。

スッと表情を改めたセリーナは厳格な祖母の顔になっていた。

「ルナリアには必要な教育ですよ。貴女に貴女の役目が有るように、ルナリアにはルナリアの役目が有るの。そんなにルナリアが心配なら、フレイアの許可を取って貴女も一緒に社交教育を受けておきなさい」

「・・・は、はい」

「ほら。私たちは大事なお話が有るから、貴女はルナリアたちを監督しに行きなさいな」

「・・・はい。では、失礼いたします」

一礼を残して扉が閉まるのを見送って、セリーナはハインズとマルキオの顔を順に見る。

「重要なお話が有ります」

「お、おう」

かつて社交界の首領と恐れられた女が放つ迫力に、蛇に睨まれた蛙の気分を味合わされて、老将たちの背筋が伸びる。

フィオレが監督しに行った報告書で詳細は届くと言うが、国家レベルの 謀(はかりごと) の中心で数多くの事例を見てきたセリーナの口から語られたのは、常識を覆す状況だった。

たった10人ばかりの少女が量産する資材の山に、予定していた工作兵部隊の任務遂行能力が追い付きそうも無いなどと、誰が予想できただろうか。

「むうう・・・。そこまでとは」

マルキオが唸る。

採掘場を守る防衛拠点の建設は、投入できる人員が極めて限られる為に、2ヶ月程度は掛かるものと試算していた。

ピーシーズの戦力化と作業の効率化を目論んだフィオレがやらかした件は、フィオレ自身の口から聞いたが、フィオレは作業の進捗状況について成果を誇ることもなく、手柄を売り込むこともしなかった。

その結果、マルキオたちは事前の試算と大きな隔たりが無かったものと受け取っていたのだが、とんでもない勢いで開拓作業が進み、シェリアが計画の見直しを提言したらしい。

「この状況を活かさない手は無いわ。2倍、いいえ、3倍の建設部隊を派遣してくださいな」

「ううむ・・・」

「秋の農繁期が終わるまで3週間も残っていないわ。農閑期に入る前に建設を終えます」

「しかしだなあ・・・」

「輜重部隊の人員は派遣せずとも構いません」

ハインズがここまで煮え切らないのは相当に珍しい。

王都方面で戦線を抱えている今、遠征に耐え得る予備戦力に手を付けるわけには行かないのだろう。

だからこそ、セリーナは夫の背中を押す。

「あなた。ここが“勝負どころ”ですよ」

「―――!」

「む―――――。そうか」

マルキオが弾かれたようにセリーナを見て、ハインズは暫し閉じた目を開く。

セリーナの一言で、ハインズとマルキオの覚悟が決まる。

ハインズたちにとって、セリーナとシェリアは勝利の女神のようなものだ。

セリーナが提示した「勝負どころ」で命を救われた経験が、ハインズたちは何度も有る。

シェリアの知恵を基にしたセリーナは、「勘どころ」を間違えない。

セリーナとシェリアの二人が言うなら賭ける価値が有る。

「領有宣言の建白書を陛下へ奉上すると同時に、2個中隊400人規模の工作兵を森へ送り込んで、2週間で建設を終わらせる―――、これで良いか?」

「領有範囲の地図は用意できている。建白書ぐらいは、すぐに書けよう? 計画の詳細を把握しているフレイアの手元に届けば、アレなら、どうとでも立ち回る」

「早馬を走らせて王都まで4~5日。建白書に基づいて陛下が領有を宣言すれば、近隣諸国へ伝わるのに、そこから1週間程度。カリークが兵を起こしてナーガ川まで進出してくるのが農繁期の終わりと同時あたりとなろう。それまでに戦力をナーガ川河畔に置き直す」

「ギリギリだが、やって、やれぬことは無い。ならば、やるしか有るまい」

ハインズの決断にマルキオが即座に応え、ハインズは、強く、賢く、美しい妻を見遣る。

「セリーナ。悪いが、手伝ってくれ」

「任せなさいな。しっかりとお尻を叩いてあげるわ」

即断即決で動き出した夫を、セリーナは信頼の籠もった目で見返した。

「シェリア様をお呼びしますか?」

「頼む」

ハインズの短い返事に一礼を返したワールターは、静かに領主執務室を後にした。

各所への通達文書や命令書の作成、部隊責任者を呼んでの摺り合わせなど、一刻を争う仕事は山ほど有る。

余裕が無い状況だからこそ、この手の裏方仕事が上手いシェリアは大きな力を発揮する。

領主館もまた総力戦で掛かるのならば、と、ワールターの頭脳も算段と段取りの組み直しに猛回転を始めていた。