作品タイトル不明
領有宣言 ⑦ ※ハインズ面
「ピーシーズ―――、女性騎士候補の10人がフィオレちゃん並みに戦えるのなら十分ね」
「私たちも同行するのだから大丈夫でしょう」
エゼリアたちの半分でも戦える者が10人も居れば、小隊規模程度の敵なら簡単に蹴散らせる。
殿下直衛の騎士団にセリーナとシェリアの二人が付くなら中隊規模でも後れは取るまい。
大隊規模に急襲されれば押し潰される恐れは有るが、ルナリアが狙われた事件以降、警戒監視を厳重にしている現状、小隊規模の侵入でも見落とすことは無いだろう。
「分かった。予定地の下準備は進んでいるのか?」
「昨日から先遣隊が縄張りに着手している。採掘場の周囲の伐採から始めて、レティアに向かって搬出用の街道を伸ばしてくる算段だな」
「建設作業に当たる工作兵と兵站の手配は?」
「本隊は1週間後から現地へ向かわせる予定だったが、伐採作業の進捗次第で調整しよう」
「うむ。ルナリアにも、毎日、進捗を報告するように伝えてくれ」
シェリアがマルキオに顔を向けた。
「フィオレが、紙が欲しいと言っているから、渡してあげて構わないかしら?」
「紙? 何をする気だ?」
「ルナリア様に、毎日、報告書を書かせるのだそうよ」
「フィオレが自分で書くのでは無く、ルナリア様に?」
「報告書を上げてくる側の心理が分かっていなかったら、思惑の齟齬や隠し事が読み取れない、だそうよ。練達した文官みたいな言い草で笑っちゃったわ」
「それはまた・・・。まあ、領主を務めるための良い勉強になるだろう」
書類1枚を読んだだけで細かな意図や不正の隠蔽を看破するには経験が必要だ。
子供のうちから報告書を書く側の心理を学ばせるとは、脱帽するしか無い。
「明日からは、あの子たちに昼食を持たせるようにしますからね」
「夕刻まで帰らないつもりか」
「それだけ本気で取り組んで居るのよ」
「分かっておるとも。ただまあ・・・、昼食を共に摂れぬのを残念に思っただけだ」
「確かになあ・・・」
マルキオのぼやきにハインズも眉尻を下げる。
「諦めなさいな。ハロルドたちの助けになると思えば我慢できるでしょうに」
「分かっておる。分かっておるわ」
セリーナたちは孫娘と共に出掛けるのに、ハインズたちは領主館に缶詰なのだ。
「あの子たちが何を成すのか、どこまで成せるのか、見守ってあげましょう」
「そうだな。年寄りの我が儘で冷や水を掛けるべきでは無かろう」
「成長が楽しみではあるが、寂しいものだのう・・・」
「嫁に出すことは無いのだから、共に過ごす時間はいくらでも有るでしょう?」
「儂らの歳では、いくらでも、とは行かぬであろうよ」
死は誰にでも訪れる宿命だ。
戦ばかりで、いつ死ぬか分からない人生を歩んできただけに、見られるときに孫の成長をこの目で見ておかなければ悔いが残るだろう。
「あら。そうなの? 私たちは長生きすることに決めたのだけれど。ねえ?」
「長生きなんぞ、しようと思って出来るものでは―――」
ハインズの言葉が止まる。セリーナがにんまりと目を細めている。
妻がこういう表情をするときには、何か有る。
よほど楽しい企みか、それとも、面白い玩具を見付けたか。
「本当に、そうかしらね? 私、森から帰ってから体の調子が良いのよねえ」
「何だと? 治ったのか?」
「さあ? でも、調子が良いのは確かよ」
セリーナがころころと笑う。
自らの心のコントロールには長けた女だったが、怒りに任せて庭へ飛び出して腰を痛めてから、基本的に妻の機嫌は良くなかった。
その妻の機嫌が直っている。
ハインズに思い当たるものと言えば、「アレ」しか無いが・・・。
複雑そうな顔をしているマルキオも思い当たる「モノ」が有るようだ。
「ふむ・・・。血か」
「・・・ううむ。儂も飲むべきか?」
動物の血液を用いた料理は有るには有るが、吸血種でも有るまいし、血を直接摂取する文化は王国には―――、少なくとも、この大陸には無い。
「私たちは飲むわよ? あの子たちの行く末を見届けたいもの。ねぇ?」
「ええ。出来ることなら、手助けしてあげたいですから」
「「・・・・・」」
ハインズとマルキオは顔を見合わせる。
戦場では一騎当千の強者である男たちが何とも言い表しようの無い表情をしている。
セリーナは夫に向けて首を傾げた。
「で?」
「情勢が落ち着いたら儂も行く・・・。曾孫の顔も見たいからのう」
「曾孫か・・・。ならば、長生きせねばならんな」
観念した老将たちは、手にした書類へと目を落とす作業に戻った。