作品タイトル不明
領有宣言 ⑥ ※ハインズ面
王国最強と名を轟かせるウォーレス家で有っても、外敵だけで無く内なる敵の顕在化で二正面戦線を強いられている現状、“魔の森”の巡回監視まで手を広げざるを得ない状況では、さすがに負担が勝っている。
領内全体に動員を掛けて完全戦時体制で臨めば対応できなくも無いが、王都方面の戦況の先行きがまだ不透明な現状では、生産活動を止めて防衛に回す完全戦時体制の発令は早すぎる。
ハロルドとフレイアという強力な2枚のカードが有ればこそ平時の二正面を押さえ込めているのだが、王国存亡に関わる大戦ともなれば、切るカードが1枚だけでは済まない。
ハロルドたちは短期決戦で王国内を抑える作戦だが岩塩鉱床の発見がカリーク公王国の野望の火に油を注ぐのは明らかだ。
国境を閉じて物流を止めれば王国の混乱を察知したカリーク公王国が動き出すのを早めるし、物流を止めなければ岩塩鉱床の情報が漏れるのも時間の問題となる。
最善策はフィオレが提示したように、採掘場そのものが防衛能力を持って戦線の負担を減らすことだが、防衛拠点の建設も建設地が“魔の森”だけ有って 生半(なまなか) では行かない。
干し肉の増産で人員の配置転換も落ち着いていない生産部門から人員を引き抜くのは躊躇われ、巡回監視の任務を担う前線から戦闘部隊を引き抜けるわけも無く、増員する工作兵の捻出に頭を悩ませていたハインズは、子供たちからもたらされた思いがけない報告に目を瞠った。
「本当に、やってのけたのか?」
「あの子は、つまらない嘘を吐く子ではありませんよ」
つい先ほど訓練に一段落を付けたフィオレが執務室へ報告しにきたのだ。
鬼気迫るハインズたちに配慮したのか代わりに対応したシェリアが廊下で聞いていたが、フィオレから聞いた話をそのまま告げたシェリアは、ハインズに向ける視線の温度を下げた。
「ああ、いや。言い方が悪かったな。疑ったわけではない」
「シェリアも分かっているわ。信じがたい報告なのは確かですからね」
「まさか、本当にアレを普及させたとは・・・」
シェリアを怒らせると色々と怖い。
セリーナが入れてくれたフォローにハインズが心の中で感謝していると、隣りの机で書類に埋もれているマルキオが唸っていた。
マルキオの言う「アレ」とは、孫娘たちが「実験と称したお披露目」でハインズたちに見せた魔法術式のことだ。
フィオレの紹介を受けた日、頭に血が上っていたハインズたちの怒りを和らげ、幼い次代に対する心許なさを払拭するために行われた 示威行動(デモンストレーション) であることぐらいは分かっていたが、見たことも無い魔法術式と孫の急成長にフレイアの思惑通り度肝を抜かれたのも確かだ。
ただ、十分な説得力を持つ可能性を示されて期待もしたが、初めて見る全く新しい魔法術式の普及など容易に出来ようはずも無いと高をくくっていた。
どこからどう発想したのか分からない術式はイメージが難しく、“紅蓮”のように個人の資質に依存する可能性が高いとマルキオは評価していた。
現当主をフレイアに譲った今でもマルキオは当代最高クラスの一流の魔法術師だ。
こうしてシェリアの報告を聞いた今でもマルキオの評価が間違っていたとは思わない。
「私たちと話し合いを持った時点で、出来る、という確信が有ったのでしょうね」
「その確信を得たのであろうときまでは、私を質問攻めにしたり、生返事しかしなくなったりしていましたけどね」
セリーナから視線を向けられたシェリアが肩を竦める。
文字を追いすぎて疲れた目頭を揉みながらハインズは昔を思い出す。
普通のモノサシで測るのは間違いか。
「フレイアと同じタイプだな。アレも昔はそうだった」
マルキオがシェリアを見る。
「ネイアはどうなった? あの娘は魔力保有量が少なかったであろう」
「魔石を介して魔法術式の発動に成功したそうよ」
マルキオだけで無くハインズも目を瞠った。
体内魔力保有量の多寡に依存しない?
「他にも、狼人族のマーミナとマーリカ。体外放出が苦手なアイシアもね」
「テレサと侍女の―――、レーテだったかしら? あの二人も魔石使用と無詠唱行使まで含めて技術を習得したそうね」
「無詠唱行使もだと?」
殿下は元から優秀な方だが、あの侍女は完全に文官タイプの下級貴族令嬢で日常生活レベルの魔法術式しか使えなかったはずだ。
熟考を要する情報が多い。理解が追い付かない。
「信じられん。全領民に普及すれば、領内の戦力は数倍に跳ね上がるぞ」
「フィオレは、まだまだ検証と訓練が必要だと言っているけれど、拠点建設と街道敷設は予定通り明朝から作業に取り掛かるそうよ」
そうだった。
事態は容赦無く進行していく。
溜息雑じりに首を振ったハインズは潔く思考を放り投げて棚上げした。
今は熟考している余裕など無い。
「護衛部隊の手配は、どうなっている?」
マルキオに目を向けようとしたハインズを、セリーナが手で制する。
「領軍から出す必要は無いそうよ。テレサの護衛だけで十分だから要らないと」
「本気だったのか・・・。殿下の護衛と言うと、王都騎士団の30騎か」
確かにフィオレは「私たちでやります」と言っていた。
そう聞きはしたが、ハインズたちは、それでは護衛面に不安が残ると工作兵の増員を捻出しようとしていたのだ。
専門の戦闘要員でなくとも数が居れば護衛部隊の真似事ぐらいは十分にできる。
さらに王女殿下自身が戦う手段を身に付けたとなれば護衛の算段が前提条件から変わってくる。