作品タイトル不明
世界 ⑫
「解読してみるか? エルフ族が書いた古代文字の文献なら、ピーシスの家に、いくらか有るぞ」
「・・・有るの!?」
エルフだよ! エルフ族! エルフ語!?
500年以上昔に手書きされた古文書をお師様は持っていて、それを見せて貰えるの!?
魔法道具自給の取っ掛かりが見えないと諦めていたのに、ロストテクノロジー解明の鍵になるかも知れない資料は、すでに手元に有った!
「・・・ふおおおおおおっ!」
「ドレスも装飾品も要らないから、なんて、古代文字の本を山ほど取り寄せさせられたわ。フィオレちゃんも、いつでも見に帰って来なさいな」
「食えるわけでもない宝石なんぞよりも、よほど安く上がっただろうに」
「これだもの」
肩を竦めたお婆様は、処置無しとばかりに心情を表して首を振る。
お師様らしいエピソードだと思うし、私は嬉しくなるよ。
「・・・安いの?」
「読めもしない痛んだ古文書なんぞ、研究者か好事家しか買わんからな」
「・・・なるほど」
そりゃそうか。
リテルダニア王国引き籠もり計画に一条の光明が見えたところで、「昼食の用意が出来た」とディーナさんが呼びに来て、ハロルド様の切りも良かったことからお昼前の授業はお開きになったけれど、とても有意義な時間だった。
次はカリーク公王国と勇王国と神教会の詳細が知りたいなあ。
「敵を知り己を知れば百戦 殆(あや) うからず」だよ。
孫子の兵法だっけ?
こっちから攻めに行く気は無いけれど、向こうが攻めてくる気なのは明らかなのだから、手加減も遠慮も必要なしで、全力で備えておかないとね。
私たちだけじゃなく、ハロルド様も一緒にぞろぞろと食堂へと移動する。
「・・・あ。そうだ」
「どうかしましたか?」
ハロルド様とお婆様とお母様を先頭に、お母様の後ろを固めているエゼリアさんたちが私の目の前を歩いているので、背中に向かって声を上げると、私の声に気付いたエゼリアさんが歩く速度を落として私の隣まで下がってきてくれた。
「・・・エゼリアさんたちって、いつも身体強化魔法を使ってるよね?」
「ええ。正騎士は大体みんな使いますよ」
アリアナさんの強化魔法を見て森で試す予定だったけれど、お婆様の魔法の考察で頭が一杯になったから、すっかり忘れてたんだよね。
何となくイメージはあるけれど、ヒントは多いほうが良い。
「・・・身体強化魔法って、呪文の詠唱は要らない?」
「体内の魔力を必要な場所へ集めるだけですからね」
「・・・必要な場所?」
私たちの遣り取りに気付いて振り返ったお母様と、目で問うたエゼリアさんが、チラリとアイコンタクトを交わして、お母様は前を向く。
許可の確認を取ったらしいエゼリアさんは私を見下ろした。
「例えば、こう、拳で突く場合、腕に付いている筋肉全体を使っていると思いますか?」
ボッと空を切る音をさせて、エゼリアさんは宙に向かって拳を突き出した。
自分の腕周りの筋肉に手を当てて筋肉の動きを確かめながら、私も真似して突いてみる。
腕を前へ伸ばす動作に、筋肉一つを取っても、力が入っている部位と入っていない部位が有ることを、指先に伝わる筋肉の固さが教えてくれる。
筋肉の人体模型を脳裏に思い出してみて、頭では理解しているつもりだったけれど、腕を伸ばす、という単純作業を改めて意識してみると、小さな動作一つにも筋肉は収縮したり弛緩したりと、色々な動きをしていることに気付かされる。
「・・・違うね」
「身体強化の結果を求めるなら、必要な時に必要な場所だけに魔力を流さないと、相殺して、却って効率が落ちます」
「・・・そうなんだ」
簡単なものでは無いだろうとは思っていたけれど、複雑な動きをする筋肉を選んで魔力を流すのか。
それって、自分の身体を余程正確に把握していないと難しいよね。
筋肉に並々ならぬ執着―――、もとい、愛情を持っているボディービルダーは得意そう。
でも、筋肉に魔力を流すだけ、と簡単そうに言っているけれど、きっと、そんなに単純なものでは無いと思うんだよ。
ほら。思考する私を見守っているエゼリアさんは、面白そうに目が笑っている。
これって、試されてるよね?
お師様は、自分で試行錯誤させる教育方針だし、エゼリアさんたちがお師様の方針と違うことを教えるとは思えないし、アンリカさんほどでは無いけれど悪戯好きなエゼリアさんたちが、手取り足取りで全てのハードルを取り払うような真似はしないはずだ。
ヒントは与えてくれても、それが答えそのものでは無いはずなんだよ。
どこかに肝となるハードル、というか、痛い目に遭うワナが残されているはず。
魔法は、魔力が有れば使えるのでは無く、魔力の存在を意識して、具体的なイメージに合わせて変化させるプロセスが有って、はじめて発動する。
筋肉繊維が強くなるイメージかな?
自分の右手で左手首を掴んで、左肘を曲げるのを右手で押しとどめる。
当然のことながら、右腕も左腕も等しく貧弱な私の両腕は均衡する。
そこで試しに、肘を曲げる時に固くなる筋肉を意識して魔力を少しだけ流してみる。
単に魔力を送り込んだだけでは何の変化も無いけれど、筋肉繊維が太く、強くなるようにイメージすると、他人の腕を掴んでいるように右手の力を押しきって左肘が曲がった。