作品タイトル不明
世界 ⑨
エルフ族が滅亡する以前に作られた高性能な魔法道具は“遺物”と呼ばれていて、市場に流通した場合は一国の財政が傾くレベルの高値で取引されるんだってさ。
お師様の愛剣も、その遺物の一つで、リテルダニア王国が宝物庫に死蔵していたものを軍功の褒賞に要求して下賜されたのだそうだ。
「・・・使ってて良いの? これ」
「何がだ」
「・・・ものすごく貴重な遺物なんじゃ?」
「道具は使ってこそ存在価値がある」
「・・・あっ、ハイ」
お師様は国宝級どころか世界遺産レベルの宝剣を実戦で日常的に振り回していると理解して、疎い私でさえ気が遠くなった。
もちろん、テレサも遠い目をしている。
地図の話に戻ろう。
その後の授業の内容は、こうだ。
六角形をしたリテルダニア王国領土の6辺の内、上辺と右肩の2辺が“魔の森”に面していて、ナーガ川を挟んで右下の1辺で接する隣国が仇敵であるカリーク公王国。
真南から真西にかけての3辺が小国連合諸国と呼ばれる小さな国が固まっている一帯で、その向こう側に有るトキオ勇王国との緩衝地帯になっている。
トキオ勇王国のさらに向こう側にあるのが神教会の本拠地で、広大な領土と領民を抱えているくせに国家では無く教会の私有地だと言い張っている事実上の宗教国家だ。
こうして地図で見ると、リテルダニア王国やカリーク公王国って大きな国なんだね。
リテルダニア領土の左面の3辺は5つの小国と国境を接していて、その小国の向こうに更に6つの小国が描かれていて、その6つの内、3つを纏めて別の国境線が描かれていることから、近い時代に3か国が統合されて1つの国になったことが伺える。
侵略戦争によって統合されたその3か国の領土を治める国の名前が、新しく書き足されている「トキオ勇王国」である。
ん? 神教会の本拠地の部分に、小さく注釈が書かれてるね。
ヘリウス? へーリウス? ヘーリオスじゃない?
そんな名前の太陽神が居た気がする。何だったかな?
日本の神道のように、すべての物や現象に神様が宿っていると考える 霊的信仰(アニミズム) に近いギリシャ神話に出てくる「太陽」の神様じゃなかったかな?
何かの本で物事の情景を神様に例える表現が有って、何の神様を例えているのかが分からなくて調べたらギリシャ神話の神様だった気がする。
違ったかな? よく覚えていないや。
え? 神教会が信仰しているのは「光の神」? 絶対、それだ!
「・・・あれ?」
「どうした?」
「・・・神教会が信仰しているのは女神って聞いた気がするけど、この“ヘリウス”っていうのが神様の名前? 男っぽい名前に思って」
身を乗り出して地図上にある初代様直筆の注釈を指す。
「ああ、それは旧神の名前だな」
「・・・きゅうしん?」
「神教会の主神は大戦の頃に変わっているんだ。今の主神はヘメラという女神だ。主神をコロコロと変えるのだから、奴等にとっての神とは、その程度のものなのだろうよ」
「・・・ふぅん。分かった」
きゅうしん? 救心? 球審? 休診?
祀っている神様が変わったってことは、旧? 旧神かな?
光の女神でヘメラ? なんが聞き覚えが有るな。
ヘメラー、ヘメーラ、ヘーメラ、ヘーメラー・・・。あっ、へーメレーか。
ギリシャ神話の昼の神様じゃなかったかな。
どっちみち光関係だ。
一説には、神教会が秘匿している勇者召喚の魔法術式は光の属性らしいのだけれど、光魔法の高度な技術そのものを神教会が独占しているらしい。
ギリシャ神話信仰って3000年近く前じゃなかったっけ?
そんなに昔の時代から勇者の召喚って有ったんだ?
エルフ族は数百年も生きる種族だったそうだから、3000年だとエルフ族で10世代かそこいらだよね。
だったら有り得るのかな。
まあいいや。
今は大陸とリテルダニア王国の地政学的見地の授業中だし、神教会のことを調べるのはまた今度にしよう。
リテルダニア王国と較べて少し小さな勇王国の領土と、リテルダニア王国の真下にあるカリーク公王国の領土と、小国連合諸国の一番南側の1国は、国土の南側が海に面していて、これらの国々は内陸部の国々に対して塩を輸出しているんだって。
リテルダニア王国とバチバチの敵対関係にあるカリーク公王国の塩が大っぴらにリテルダニア王国へ入ってくることは無く、間接的な局地的紛争までにしか至っていない仮想敵国であるトキオ勇王国の塩は小国連合諸国を通じて転売されて割高な価格で入ってくる。
カリーク公王国の分離独立って、リテルダニア王国にとっては痛かったんだねえ。
領土面積が狭い小国家群の他は、総じて各国の食料自給率が高いみたい。
食っていくだけなら既存国家は大体が自立出来ているから、流通に乗る商品は塩とか香辛料とか医薬品とか道具類とかお酒とか、限定的な範囲の商品に限られる。
主な輸送手段が馬車の時点で生鮮食料品は国境を越えた流通なんて難しいだろうけど。
こっちの世界の主食は小麦と芋。余剰生産分は輸出に回るらしい。
リテルダニア王国は食料だけでなく武器やポーションも自給できているそうだから、どうしても輸入しなきゃいけない戦略物資は塩ぐらいなんだね。
それって恵まれている方なのだと思う。
リテルダニア王国が輸入している塩は、勇王国よりも更に西側にある海に面した国で生産されたものが商人の手によって遠く運ばれて入ってくるのが主要なようで、当然のように高値で買わされている。
戦争ともなれば、戦略物資の塩の相場は、さらに跳ね上がる。
トータルの貿易収支としてはプラスが出ているみたいだけれど、それは、魔石や魔獣素材の輸出による収入が塩の輸入価格に食われているということだから、国富が他国へ流出している状態とも言える。
そこに“融和派”を通じて安い価格で同等の商品が大量に手に入ったら、消費者はどうするだろうか?
安い物ばかりを買って高い商品を買わなくなる。
例えその生産国が敵国であっても、やろうと思えば市場流通は容易に握られる。
宥和政策で勇王国やカリーク公王国から安く塩を買えるようになれば、距離が近い分、塩の輸入価格は安くはなるだろうけれど、敵国に自国の生命線を握らせるなど、馬鹿のやることだ。
マジで国が滅ぶよ。