作品タイトル不明
世界 ⑧
政略結婚に利用したい「王宮」の意向を拒否する困ったちゃんで有りながら、「王宮」としても“魔の森”を放置するわけにも行かず、代わりを務められる豪傑も国内にいないことから、擦った揉んだの末に公爵よりも一段低い侯爵の家格を与えられて生まれたのがウォーレス家。
歴史的経緯を聞けば、初代レティア様が「戦争しない(ウォーレス)家」と名乗ったのも、「王家」と「王宮」に対する意思表示だったんじゃないかと思えて、レティア様に心情に思いを馳せられる。
レティア卿が「王宮」の命令を蹴り飛ばしたのも、テレサと“融和派”の王宮貴族との関係を見ても分かる通り、「王宮」と「王家」の意向は別物だからと言われれば納得する。
片付けられたレティア卿の地図に代わって大机に拡げられたのは、さっきの地図よりも少しだけ新しく見える大陸全景が記された世界地図。
四方を海に囲まれた大陸が羊皮紙一杯の大きさに描かれていて、世界地図と呼ぶには程遠いとは思うのだけれど、こっちの世界の海には大量の巨大で凶暴な水棲型の魔獣が棲息していて、空にも大量の巨大で凶暴な飛行型の魔獣が棲息しているために、大陸の外への渡航は先人たちが、何百回、何千回と挑んだけれど不可能だったのだそうで、漂着物からこの大陸以外にも陸地は存在するのではないかと推測されてはいても確たる証拠は存在せず、この大陸に住まう生物のほぼ全てにとって、「世界」とはこの大陸の中を指す。
この大陸の外の世界を知る者が居るとすれば、“魔の森”の奥深くに住まうとされる飛行型最強の龍種ぐらいだろう、だってさ。
「リテルダニアは、ここだな」
広げた地図の一点を、大机の上に身を乗り出したお師様が指し示した。
地図の全景からすると、巨大なフットボール型をした大陸のほぼ中央付近に、大陸のおへそのように存在する歪な六角形の国土がリテルダニア王国だそうだ。
先ず、大陸の縦を3等分した上方3分の1辺りで山脈が横断していて、全体の4分の1ぐらいの厚みで山々の南北を分断している、この山脈が、最寄りのドラゴンが棲んでいる“黒龍山脈”らしい。
山脈以南の山脈に貼り付いた麓の辺りからリテルダニア王国の東側は全部が“魔の森”で、何と、大陸の5分の2以上を未開の森が占めている。
森と山脈が大陸の半分以上で人類の棲息領域って大陸全体で見たら4分の1程度だよ。
リテルダニア王国とカリーク公王国の2国がフタをして魔獣が漏れ出すのを防いでいて、“魔の森”の奥がどうなっていて何が棲んでいるのかは、想像によるものだけで実態は誰も知らない。
誰も知らないのに、何で大陸全景地図が有るのか不思議なんだけど、誰も知らないらしい。
山脈を北側へ越えた向こう側は“魔族”の領域で、勇者とは、この強靭で凶暴な魔族との戦いのために異世界から召喚されていたものなんだって。
魔族の領域内にも、いくつかの王国が存在するそうで、その内の一つの国から山脈を越えてくる軍勢が、いわゆる“魔王軍”。
魔王さんが一人とは限らないものね。
魔族の国の王様は、みんな魔王さんだよ。
勇者が率いる人間の連合軍が逆侵攻したときの記録上の情報では、山脈の北側は、南側と比べて寒い気候の痩せた土地なのだそうで、過酷な環境に棲息しているせいか、魔族領域から攻め入ってくる軍勢や魔物は、とても強かったらしい。
この魔王軍との戦争で“大戦”と呼ばれるほど大きなものは500年前が最後だそうで、その頃の対魔王軍最前線に存在した人間側の国が、滅亡したエルフ族の王国だった。
エルフ族の国が有ったのは、地図上で言えば大陸西側の海から1か国を挟んだ端っこの方で黒龍山脈の麓だね。
地図に描かれている山脈には山間部の切れ目のような道が有って、そこから山脈の南北を行き来できたみたい。
エルフ族の国は強力な魔法術式や魔法道具を駆使して戦う、そこそこ強い国だったらしいよ。
そんなエルフ族の王国が滅んだのは魔王軍を追い返した大戦による被害が原因では無く、神教会とヒト族の国が寄って集って難癖を付けて攻め滅ぼしたんだって。
エルフ族の国が滅ぼされた理由は諸説あって、今ではよく分からないのだそうだけれど、エルフ族が滅んだせいで、エルフ族が好んで使ったという「精霊術式」が失伝したのは、愚かなヒト族の許されざる罪だと、お師様はお冠だ。
だから、お師様やお婆様は神教会と西方諸国が大嫌い。
ついでに、カリーク公王国建国の一件でリテルダニア王国の人たちも、裏で糸を引いた神教会が大嫌い。
その結果、リテルダニア王国内に神教会の教会施設は、ほぼ存在せず、神教会が流布している「神の教え」なる亜人種排斥もリテルダニア王国の国法によって重罪とされている。
昔は精霊術式を身に付けるヒト族も少ないながらも居たそうで、お師様は凄く悔しそう。
今では伝承の中にしか残っていない精霊と言う存在は、エルフ族と共に歴史の狭間へと姿を消し、優れた技術の一体系が丸ごと世界から消失した。
お師様が愛用しているサーベルを間近に見せてくれたけれど、鏡のように磨き上げられた日本刀と同様の片刃で緩やかな反りがある刀身の腹には、こっちの世界の統一文字ではない記号のような文字が一列に彫り込まれていて、これがエルフ族の用いていた古代文字で、「刻印術式」なのだそうだ。
古代文字ってことは、大陸統一文字が生まれる前に使われていた文字だね。
この剣は「刻印術式」によって魔法の行使を補助する「杖」よりも魔力の通りが良くて、剣として斬りながら、同時に杖の役割も果たせる、一種の魔法道具らしい。
今の時代にはこの剣の複製品を再現できる者は一人も残って居ないって話だから、それって完全にロストテクノロジーだよ。
エルフ族によって書かれた古代文字の書物は現存する物も有るけれど、もう、読める者が居ない。
お師様やお婆様を含めて解読を試みた学者は山ほど居たけれど、文法も複雑で500年経っても完全に解読できた人は居ないんだって。
大陸統一文字は「平仮名」だもの、地球の言語学者のような専門知識でも無いと解読は難しいよね。
エルフ族が使っていたという高度な「刻印術式」も、エルフ族と共に亡失して、魔法道具の製造技術レベルは大きく後退したらしい。
ごく一部のドワーフ族が「刻印術式」を承継してはいるけれど、エルフ族が用いていた術式とは比べ物にならないぐらい性能が低いんだって。
世界が違っても、人間って、本当に馬鹿だよねえ。