軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界 ⑤ ※アンサンブルキャスト面

振っていた手を下ろした職人の一人が切なげな息を吐いた。

「はぁ・・・。やっぱり、アンリカ様は綺麗だなあ」

「綺麗と言えば、マキアナ様だろう」

それほど大きな声では無かったのに、呟きを聞きつけた別の職人が片眉を上げた。

それを聞きつけた更に別の職人たちが、やれエレーナ様だ、いやトリア様だ、と口々に自分好みの側近の名前を挙げ始めて、食肉加工場前は一気に騒がしくなる。

現当主ハロルド様の右腕であるフレイア様はご自身も大変にお美しい方だが、その側近である女性騎士たちも例外なく美人揃いである。

しかも、君主であるフレイア様が未婚なせいか、側近たちも、揃いも揃って未婚。

ウォーレス領の男どもにとって、未婚だろうが既婚だろうが、ピーシス家現当主様と側近たちの話題は最高の飲みネタであり、羨望の的なのだ。

もっとも、当の高嶺の花は領主血族の貴族家令嬢ばかりなので、到底、手が届きようのない市井の野郎どもからすれば、軍馬品評会の出走馬みたいなものである。

「なに言ってやがる。綺麗ってんなら、エゼリア様に決まってる」

「エゼリア様は、おっかねえからなあ」

「そうそう。エゼリア様とアンリカ様って言やあ、フレイア様の一つ下だろう?」

「そこまでだ。それ以上言ったらブッ飛ばす」

「なんだとぉ?」

贔屓の側近を挙げ合った職人たちが熱くなるのも日常茶飯事だ。

頭の中まで筋肉が詰まったような職人たちを纏める髭面の男は溜息を吐いた。

「止めねえか、バカども」

「親方は、どう思います?」

これは悪手である。

アッと気付いた職人たちが首を竦めて回れ右した。

無駄に真面目な顔で話を振ってきた若い職人に、親方と呼ばれた中年オヤジのこめかみにプクリと血管が浮いた。

「くだらねえこと駄弁ってる暇が有ったら、さっさと仕事に戻りやがれ!」

「へ、へい!」

一喝された職人たちが蜘蛛の子を散らして逃げて行く。

親方の傍に残ったのは、親方と付き合いが長い古株の職人だけだ。

「ったく。バカどもが」

「で? 親方は誰が一番綺麗だと思ってるんで?」

悪態を吐く親方と肩を並べて歩き出しながら、長年の友人でもある職人は笑い掛けた。

仕事中だから叱り飛ばしたが、親方とてウォーレスの男である。

貴族も平民も関係無く、定番の酒の肴になる美人の噂話が嫌いなわけでは無いのだ。

無精髭が伸びた結果の顎を撫でながら、わりと真剣に親方は唸った。

「そうだなあ・・・。お嬢ちゃんじゃねえか?」

「お嬢ちゃんって・・・。マジっすかい?」

親方と歳が近い年かさの職人は愕然と隣の髭面を見た。

寂しくなって幼女愛玩趣味の特殊な性癖に目覚めたのかと疑ったのだ。

「今はまだ子供だがよ。ありゃあ、将来、とんでも無え美人になるぞ」

普段は厳めしい顔で肉を捌いている中年男の目が柔らかく緩められているのを見て、職人は自らの誤解に気付いた。

去年、一昨年と、女房似の働き者に育った愛娘2人を立て続けに嫁に出した親方の目は、我が子の将来を思う親父の優しさを湛えていたからだ。

「あー、確かに。ルナリア様や王女殿下とは違った美人になるのは確実でしょうや」

職人は「白い少女」の姿を思い出す。

この辺境の端の端に留まっていると噂を聞いていた王女殿下が場末の加工場を訪われたことにも驚いたが、ピーシス家が異国人を養女に迎え入れたことにも心底驚かされた。

長い歴史の中で様々な血統が混じったとはいえ、ウォーレス領の血は王家を筆頭とする大陸中央部のヒト族の特徴を連綿と繋いでいて、金髪に碧い目が多い。

次期当主に決まられたルナリア様は典型的なウォーレスの「色」で、御母堂のレオノーラ様似の華やかな美女に育つことは間違いないだろう。

初めてお目に掛かった王女殿下も例に漏れず淡い金髪に深緑色の目をして居られた。

しかし、フレイア様が養女に迎えたという少女は、華やかな美女が多いウォーレス血統とは全く違う銀髪と薄紫色の目が特徴的だった。

ウォーレス血統とは、文字通り「毛色」が違うのだ。

例えるならば、ルナリア様や王女殿下が太陽を思わせる「動」であるのに対して、あの少女は満月を思わせる「静」の美少女に見えた。

高飛車でも取っ付きにくいお上品な話し方でもない、大人しそうな雰囲気によるものかも知れないが、高価な人形のように整った異国人風の顔立ちを差し引いても、間違いなく美女に育つだろうことは想像に難くない。

「それに、あの歳で食肉加工の知識を持っていて、バイコーンを獲ったのもお嬢ちゃんが仕掛けた罠だって言うじゃねえか」

「そうらしいですね。初陣を済ませて居るって話ですし、末恐ろしいお嬢ちゃんですぜ」

言葉を選ぶような独特な間で話す少女の、深い知性を伺わせる目を思い出す。

そして、塩を溶かすために赤ワインを注いだ木桶へ手を突っ込む躊躇いの無さは、貴族家の令嬢とは思えない肝の据わり具合を伺わせた。

いや。ウォーレス領に限って言えば、御令嬢でも肝が据わっているのは普通だろうか。

聞いたところ、ここ数日だけでも20頭近くの魔獣を獲っているそうだし、町の防衛にも使えるほどの罠技術を持っていて、その技術は騎士団や領軍だけでなく領民にも広く流布されるらしい。

隣国からの侵略を食い止める国境の町であるレティアでは、食肉加工を生業とする職人たちにとっても、防衛戦は他人事では無い。

いざとなれば自分たちも肉切り包丁を剣や槍に持ち替えて戦うのだから、効率よく、なおかつ安全に敵兵を倒して敵勢力を削る手段は喉から手が出るほどに欲しい。

罠の設置は戦場の矢面にまでは立てない女子供や老人でも出来る町への貢献だという。

ウォーレス領軍は強いしレティアの町が陥落することは無いだろうが、少しでも戦死者や怪我人が減るならば、なお良い。

それほどの技術が得られるだけでも、ピーシス家が養女を取る価値は十分に有るか。

10年前のカリーク公王国軍による侵攻では、当時、次期当主だったハロルド様の御長男が戦死されて、気落ちした前領主ハインズ閣下が隠居される原因になった。

主家の後嗣の戦死はピーシス家としても忸怩たる思いだっただろうし、引責でハインズ様と共に隠居した前子爵マルキオ閣下が養女に望んだのかも知れない。

数日前から隠居したはずの前領主閣下と前子爵閣下のお二人が、揃って騎士団を率いて隣領を攻め落としに行って居られたりもしたが、お元気に戻られたのは、あの少女の影響なのかもな、などと根拠も無く想像する。

「しかし、まさか、あのフレイア様が養女を取られるとはなあ。思い切ったもんだ」

「御当主様と引っ付くもんだとばかり思ってやしたが」

そう言えば、このむさ苦しい髭オヤジは昔から一貫してフレイア様を押していたから、複雑な思いが有るのだろうか。

自分たちのような平民からすれば、ウォーレス血統の女性の象徴とも言えるフレイア様なんてお方は、高嶺の花どころか雲上の天国に咲く花なのだが。

ピタリと足を止めた親方が、片眉を上げて職人を見た。

「お前、エゼリア様たちの前で口に出すんじゃ無えぞ」

「分かってやすって。俺もまだ死にたく無えですから」

一般的に「行き遅れ」と呼ばれる年齢に達した女性の前で結婚の話は御法度である。

女心が分かっていないと女房に殴られることも有るが、その程度の分別はある。

どうやらフレイア様が婿を取られるまではご自分たちも結婚する気が無い様子の側近たちは、美人揃いなだけでなく、腕っ節でも側近の名に恥じない猛者揃いなのだ。

加工場に勤める若い連中もバカ揃いだが、命が惜しければ口は滑らせないだろう。

無駄話は終わりだとばかりに、親方はバシリと手のひらに拳を打ち付ける。

「さあ、仕事だ仕事。今日のバイコーン肉は、お嬢ちゃんが言った製法で仕込むぞ」

「手順が変わりそうですが、どうしやす?」

「しばらくは最初から最後まで通して作業する。俺も加減を覚えなきゃならん」

「塩とワインの生産配分はどうしやす?」

作業台に向かいかけた親方の足が鈍る。親方が難しい顔になるのも仕方がない。

「ワインの方は試作品が出来上がって見んことには分からんからなあ」

「多めに作れとの、フレイア様の御指示が出てやしたが」

憧れの女性の名前が出て親方が唸る。

どんな職種でも加工職人というものは保守的なものだ。

己の経験と感覚で細かな調整はするが、大きな変化は敬遠する嫌いがある。

受け継がれて来た技術には、そうなった理由と経緯が有って、技術は新しければ良いというものではないのだ。

食肉加工職人というものは半ば料理人のようなものだから、ワインの漬け込み液の味見で不味い物にはならないと何となく完成品の想像はつくのだが、広く大衆の味覚に合って、なおかつ色々な料理の材料に使える物に仕上がらないと兵糧として領軍が携行する保存食としては使えない。

干し肉そのものを齧るだけなら余計な味が付いていても構わないが、野営食の食材として使う場合には、単純な塩味が付いているだけの方が調理の邪魔をしないのだ。

「そうだなあ・・・。塩を9割、ワインを1割ってところか」

「良いんですかい? ワインの方に期待されていたように見えやしたが」

「ううむ・・・。半々にしておくか」

「妥当ですかね。多めに作った方が失敗したら目も当てられやせんし」

職人は親方の判断に頷いた。

あくまで試作品の段階なのだから、完成品の把握ができていないのに大量生産には踏み切れない。

イケる、と判断した時点からでも需要に合わせて増産すればいいだろう。

あの少女も「出来るだけ早く」と言っていた。

なら、今は速度重視だ。

「ヨシ。取り掛かるぞ」

「へい」

熟練の加工職人の顔に戻った二人は作業台へと向かった。