軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界 ④

「こんなに塩が薄くて良いんですかい?」

「・・・お酒にも、お塩にも、香草にも、防腐効果は有るんだよ。お塩が強すぎると喉が渇くよね? あれが続くと健康に良くない。お肉が傷むのが心配なら香草の量を少し増やすとか調整すれば良いと思うよ」

「健康、ですかい?」

職人さんは目を丸くして意外そうな顔をする。

やっぱり健康意識は無かったか。

赤ワインに含まれているポリフェノールには血圧やコレステロール値を下げる効果や抗酸化作用が有るから、塩分過多で高血圧気味な人やメタボリックな人の健康維持にも繋がるかもしれない。

減塩料理は素材の味と出汁の旨味で塩味の薄さをカバーするんだよ。

発酵食品を使えば酵素の働きでお肉が柔らかくなる効果も期待できるし、ワインは発酵食品だ。

アルコール成分が抜けていないお酒だから私は味見しないけれど、ワインの味がお肉に移るし、塩味を加えて有るから、漬け込み液の時点でも不味くは無いだろう。

干して水分が飛ぶ過程でお肉の旨味も増すし、塩分も濃縮されるしね。

興味津々のアンリカさんも躊躇いなく漬け込み液に指先を漬けて味見している。

アンリカさんってピーシス家傍系の貴族家出身じゃなかったっけ?

美味しかったのか、アンリカさんはイイ顔で私に向けてサムズアップしてきた。

貴族令嬢的に良いの? と思うけれど、美人さんは何をやっても絵になるから良いよね。

「・・・お塩を取り過ぎると内臓や血管に負担が掛かるから、病気で早く死ぬんだよ。長生きしたかったら、お塩を減らしてもお肉が腐らないように工夫して欲しい」

髭面の顎を撫でて唸る。

「病に・・・。そんなもんですかい」

「・・・そうだよ。奥さんやお父さんやお母さんには長生きして欲しくない?」

「そりゃあ、もちろん」

「家族を養うために、あなたたちだって元気で働けるのが一番だよね?」

「そうでやすね」

職人さんは目元を緩めた。

自分も死にたくないだろうし、大切な人たちにも長生きして欲しいよね。

日本人だった頃の私には健康を願う相手なんて一人も居なかったけれど、私も今は大切に思える人たちがたくさん居るから、みんなに長生きして欲しいと思うもの。

「お肉を叩いて柔らかく解すところまでは、さっきと同じだよ。この漬け込み液に1週間ぐらい空気に触れないようにお肉を漬け込んで、乾ききるまで干して。それで完成」

「分かりやした」

減塩の意味を理解できたかどうかは怪しいけれど、職人さんは、しっかりと頷いた。

ヨシ、ヨシ。頑張り給え。

激励するつもりで、職人さんの顔を見上げてニコリと笑う。

渾身の営業スマイルだ。

「・・・上手く調整して美味しく仕上げるのは、職人さんの腕の見せ所だよ」

「任せて下せえ!」

一瞬、私を見て呆けた職人のオジサンは、太い腕に力瘤を作って見せてニカっと笑った。

漬け込み液の木桶は群がってきた他の職人さんたちに奪われていく。

「なかなかの人タラシですね」

「・・・ん?」

「いえいえ。何でも有りませんよ」

耳の端に届いた呟きにアンリカさんを見上げると、私の反応に気付いたアンリカさんはニッコリと笑って首を振る。

まあ、良っか。聞こえていなかったことにしておこう。

一仕事終えたと木箱から降りたら、お母様とお婆様の二人を中心に囲んでエゼリアさんたちが難しい顔で頭を寄せ合っている。

「どう思う」

「どうって・・・、ねえ?」

「ワインに漬け込んだ干し肉ですよ?」

「あれ、絶対に美味しいヤツですって」

「だな」

「情報統制すべきでは?」

「美味しい物の情報は必ず洩れますからねえ」

「試食の時点で食い意地が張った男どもが確実に奪い合いを起こしますね」

「手に入れ損ねた女たちが加工場に押し掛ける恐れも警戒すべきです」

「御大が急先鋒になったら、また親父様が苦労されますねえ」

「だろうな。出来るだけ多めに作らせておけ」

「はっ」

「ピーシス領にも欲しいわ。加工場に職人の受け入れを打診しておいて頂戴な」

「もちろんです!」

職人さんたちから離れる私と擦れ違う格好のイディアさんが、気迫に満ちた顔で職人さんたちへ指示を出しに行く背中を見送る。

「・・・そこまで真面目な表情で話し合うこと?」

お母様たちの傍に近寄って声を掛けたら、一斉に見下ろされた。

みんな、戦争にでも行きそうな顔だったけれど。

「当然だろう。兵の統制に関わる」

「当然ね。治安維持に関わるもの」

「何より、私たちの 殺(や) る気に関わります!」

「・・・そ、そう」

みんなして、深く頷く。

遊ばれている可能性が有って、どこまで本気で言っているのか分からないエゼリアさんたちは兎も角、お母様やお婆様まで言うなら、そうなのだろう。

干し肉が領の治安問題にまで関わるのが当然なんだ・・・?

暴動鎮圧みたいな話にまで発展しているのが、ウォーレス領だなあ、って呆れた。

しかも、鎮圧対象の要注意人物が一族の長って、これが普通なんだろうか?

レクチャーの時間は30分間も掛かっていない。

すべきことが終わったので加工場から出ると、作業の手を止めた職人さんたちが揃って見送りに建物の外まで出て来てくれた。

「試作品が出来上がったら領主館へお届けしやすぜ」

「・・・そうなんだ?」

見本を宅配してくれるのは嬉しいんだけれど、どうするかなあ。

「・・・うーん」

「どうかしやしたかい?」

私が思案し始めたのを見て、職人さんが怪訝な顔をする。

お母様たちも足を止めて私を返り見ている。

お母様が個人的に確保していた分を見本で減らしちゃったしなあ。

エゼリアさんたちも、やる気に関わるって言ってたし。

ヨシ。決めた。

「・・・また途中経過を見に来るよ」

「むさ苦しい加工場へ、またいらっしゃるんで?」

「・・・お母様たちが楽しみにしているから、出来るだけ早く完成させたいんだよ。頑張って上手く仕上げて欲しい」

「失敗は成功の母」って言うし、商品開発なんてものは試行錯誤で改善されて行くものでは有るけれど、こまめにケアすることで回り道を少なく出来るはず。

命に関わる脅威が多い世界だからこそ、やる気で生存率が上がるなら妥協する手は無い。

私って貧乏性が体に染みついているから、他人任せや状況任せで大人しく待っていられるタイプじゃないんだよね。

生き残るためには手段を選ぶ余裕なんて無かったし。

私自身の戦闘力が不足している現状、みんなに生きて帰って欲しいからと言って、今の私が一緒に戦場へ付いていっても足手まといにしかならないから、今の私がレティアの町で出来ることに全力で取り込むよ。

目を丸くした職人のおじさんは、お母様が苦笑しているのを見て破顔した。

「そうですかい。んじゃあ、お待ちしておりやす」

「・・・うん。またね」

手を振る職人さんたちに見送られて、私も手を振り返しつつ食肉加工場を後にした。