作品タイトル不明
世界 ②
「始めますか?」
「・・・うん」
エゼリアさんの問いに答えながら、私は袖口のボタンを外して腕捲りする。
貸してもらったエプロンを着けるけれど、当然のことながら、大人用のエプロンは子供の私にはサイズが大きい。
綺麗な紫色の紐を手にしたアンリカさんが、床を引き摺りそうなエプロンを捲り上げて上手く私の腰の高さで留まるように、たくし上げて、エプロンの紐を調整してくれて、髪も首の後ろで纏めて縛ってくれた。
お姉さんスキルのレベルが高いアンリカさんは、こういう身支度の手伝いが手際良いよね。
「皆、集まれ!」
お仕事モードの凛としたエゼリアさんの号令で、職人さんたちが作業の手を止めて、わらわらと集まってきた。
「良いか! 今から、こちらのフィオレお嬢様が、異国の干し肉の作り方を見せてくださる! しっかりと覚えろ!」
「へ、へい!」
異論を許さない勢いのエゼリアさんに飲まれた職人さんたちが一斉に頷く。
異国の、か・・・。嘘では無いね。
エゼリアさんたちは知らないけれど、王国から見れば日本も確かに異国だもの。
苦笑しそうになるのを堪えて、作業台の足元に置かれた木箱の上に立つ。
木箱が高くて微妙に作業台が低くなるけれど、許容範囲かな。
作業台に上には、私の胴の太さほどもあるお肉の塊。
私の手には少し太い柄を握って、肉切り包丁を手にする。
「・・・先ず最初に、お肉を適度な大きさに切り分けます」
大丈夫か? と言った感じでオジサンたちの視線が私に集まった。
「・・・お肉を大きく切り分けるときは、筋肉の繊維に沿って切ってね」
説明しながら、筋肉の繊維と平行に包丁を入れて、私の腕ほどの太さのブロック肉に切り分ける。
「細すぎやしませんかい?」
「・・・良いんだよ」
職人さんの口から出た疑問にさっくりと答えて、ブロック肉の一つを手に取る。
「・・・次は、筋肉の繊維を断つように、繊維の方向と垂直に切ってね」
指先でお肉を示しながら説明を加える。
「塩で漬ける前に、そんなに細かく切るんですかい?」
「・・・そうだよ。後で切るか先に切るかの違い。手間は変わらないよね?」
スライスしたお肉を作業台の端へ並べて行くと、職人さんの一人が怪訝な顔をする。
「一枚を、そんなに分厚く切るんですかい?」
「・・・うん。それで、お肉を軽く叩く」
包丁の刃の向きを上へ向けて、並べたお肉を包丁の背でトントンと叩いて行く。
「・・・このお肉を叩く作業は、棍棒でやっても構わないよ」
1センチメートルの厚みに切ったお肉スライスを、半分の5ミリメートル程度の厚さを目安に叩き伸ばす。
「・・・叩きすぎると歯応えが無くなったり、干すときにお肉がバラバラになるから叩きすぎ注意ね」
「あのぅ・・・。何をされてるんで?」
「・・・こうやって叩くことで、筋肉の繊維が解けて柔らかくなるんだよ」
職人さんに答えながらも、トントンと満遍なくお肉を叩く。
お母様も感心している。
「ほう。これが、あの柔らかさのキモか」
「・・・うん。漬け込むときの手間は増えるけれど、早く乾くし、丁寧に筋肉繊維の奥まで揉み込めば、使うお塩の量が少なくて済むよ」
砕いた岩塩の粉末が山積みにされた木桶から一握り取って、叩いたお肉を塩でまぶす。
お肉の表面が、表裏まんべんなく塩で覆われてるぐらいの量かな。
へぇ? お塩に混ぜてある香草も、よく見ると香りをよく出すためか刻んでから混ぜてあるんだね。
「そんな量で良いんですかい?」
「・・・お肉の余分な水分が抜けて締まるから、お肉が腐らない程度で良いよ」
浸透圧だっけ? 塩揉みしたキュウリが萎びるのと同じ理屈だね。
こっちの世界は―――、というか、ウォーレス領の気候は湿気が少なくて、暑くも寒くも無いから、この程度で十分だと思うんだよ。
塩も香草もそれぞれに防腐効果が有るし、さっさと乾けばお肉は腐らない。
熟成―――、タンパク質のアミノ酸変異は、干している間にも進むからね。
アミノ酸って言うのは旨味そのもの。
旨味調味料のアレだね。
リンゴやマイタケの酵素でお肉を柔らかくする手もあるけどお肉に余計な味や臭いが付くし、リンゴは傷みやすいから、お肉まで傷むのが怖いから冒険はしない。
お肉を日持ちさせるのが干し肉加工の目的なのだから、物事の目的を見失ってはいけない。
簡単に答えながらも、塩を揉んだお肉を空の木桶の中に並べていく。
「・・・6~7日も置いて水分がしっかり抜けていれば、干して良いと思うよ。干す前に、さっと水に潜らせて塩を落として、干す期間は乾き具合で判断して」
「そうして出来上がった干し肉がコチラです」
料理番組のアシスタントみたいに、アンリカさんがサッとお皿を差し出した。
森で私が作った干し肉の貴重な残りだね。
ガッチリと確保していた中から、仕方なさそうにお母様が一部を見本に分けてくれたものだ。
食え、というアンリカさんの意図を察した職人さんたちが、恐る恐るお皿に手を伸ばす。