軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法というもの ⑫

「痺れさせて、どうするんだ?」

「・・・神経毒で痺れると痛みを感じなくなるから、傷口を縫ったり、体の一部を切ったりする。こういう考え方は、無い?」

麻酔薬って要は神経毒で間違ってないよね?

安全マージンを取っているはずの全身麻酔でも昏睡状態から復帰しなくなったり心肺停止に陥る医療事故は起こってたんだから。

「有るには有るぞ。昏睡術式や麻痺術式だな。自由を奪ってから、こうだ」

「・・・ああ。そういう」

お師様は、立てた親指を首に当てて、スッと横に引いた。

眠らせて首をチョンパすると。

「・・・麻酔って、体の中の病気の原因を切り取ったりするのにも使えるんだよ」

「ふむ。殺すためでは無く、生かすために、毒を使うのだな」

「・・・ケガの治療や病気の治療は、普通、どうするの?」

「回復薬を使うか、光系の回復術式だな」

「・・・そっか。それが有ったね」

私の目はヘビの頭へと向く。

じゃあ、アレは持って帰っても無駄になるのかな。

ポーションはビックリするほど高いから、貴族や軍隊なら兎も角、ただの平民には負担が大きいと思ったんだけど。

ポーションの小瓶1本で金貨数枚。

物価の相場感覚を聞いたところでは、金貨1枚でトラックの荷台に山積みするぐらいの小麦が買えるんだよね。

ポーションは、日本の金銭感覚だと、たぶん数十万円だよ。

ぐりぐりと撫でられる。

「だが、マスイとやらの技術が確立できれば回復薬の節約に使えるか。高価すぎて平民は使うのもままならんし、回復術式を使える魔法術師は多くないからな」

凄い人だなあ。

私が思い付いたことに、すぐに辿り着いちゃった。

「・・・今まで毒は使っていなかった?」

「使っていたに決まっているだろう。飲ませるだけでなく、刃に塗れば殺傷力が上がる。暗殺の定番だ」

だよねえ。

誘拐や暗殺にも使うと言っていたから、敵の居室に撒いたりするのだろう。

でも、武器として使うだけが道具の使い方じゃないからね。

電子レンジは第二次世界大戦時代のレーダー技術の転用だし、インターネットも冷戦時代の軍事基地間通信技術の転用だし、もっと古いと、ツナ缶なんかの缶詰だってナポレオン時代に生まれた兵站の食料保存技術の発展形だよ。

「・・・毒でも薄めれば痺れるだけで死なないし、道具は使い方次第だと思う」

「その通りだな」

「・・・地球世界でも、なぜ麻酔が効くのかは完全に解明されている訳じゃなくて、現象として効くから利用しているだけだったよ」

「それでも有効な技術なのだろう? ならば、治療師に研究させておこう」

「・・・私がするけれど?」

「毒は毒だ。必要以上にお前が誰かの命を背負わなくていい」

凄いなあ。

たったこれだけの会話でお師様は医療事故にまで思い至るんだ。

確かに麻酔は危険な物だ。手探りで効果や用量を探る研究現場なら、尚更。

不測の事態から私を守るために言ってくれているのだと理解して、胸の中が暖かくなる。

「・・・ありがとう。お母様・・・」

私の呟きに応えたのは、私の頭を優しく撫でる母親の手だった。

あっ、そうだ。「母親」と言えば・・・。

「・・・お母様。・・・聞いて良い?」

「なんだ?」

「・・・お婆様は―――、お爺様もだけど、どうしてあんなに簡単に私を受け入れてくれたんだろう?」

「親父殿は、それなりに葛藤していたぞ?」

「・・・そうなの?」

「貴族というものは血統主義だからな。まだ早いかと言っていなかったが、お前にはそのうち、ウォーレス血統の誰かを婿に取らせることになるだろう。有象無象が寄ってくるだろうが、ウォーレス血統以外の相手が選ばれることは無い。今すぐというわけでは無いが、そういうものだと覚悟はしておけ」

「・・・分かった」

お母様のことだから、半端な相手を選ぶことは無いだろう。

私に否やは無い。

私の頭を撫でながら、お母様は追憶するようにお婆様の姿を目で追っている。

「お袋殿は、・・・まあ、慣れだろうな」

「・・・慣れ?」

「養女はお前で二人目だからな」

「・・・二人目?」

「一人目は、私だ」

「・・・えっ!?」

「お前も理解しているだろうが、率先して王国の矢面に立つウォーレス家は、常に、危険に身を晒す一族だ。更にピーシス家は、そのウォーレス家の矢面に立つ一族だ。当然、ピーシス家は最も危険な場所へ立つことになる。故に、ピーシス家は多産でなければ家の存続がままならない」

「・・・うん」

ウォーレス家系の死亡率が高いだろうことは簡単に想像が付いていた。

「ところが、共に結婚が遅かった親父殿とお袋殿は子に恵まれなくてな。戦で後嗣を失うことが多いピーシス家では、養子を取ること自体珍しくは無いんだが、子を産めなかったお袋殿を苦しめたく無かった親父殿が、苦悩の末に叔父御から取った養女が私だ。―――まあ、数年後には妹のミリアが生まれて、私を養女に取ったままにする必要は無くなったんだが」

「・・・ミリア叔母様? は、どうしてピーシス家を継がなかったの?」

「私もミリアが継ぐべきだと言ったんだがなあ・・・。戦争に行きたくないからと言い放って、勝手に自分でハロルドの親友を口説き落として王都へ輿入れして行きやがった」

「・・・おぅふ。すごい行動力」

くっくっく、とお母様は笑っていて、ミリア叔母様を嫌っていないと察せられる。

「全くな。自分の道を自分の手で切り拓くミリアも十分にウォーレスの女ってことだ。政治的な交渉力なら私でもミリアには敵わんのだから、親父殿もお袋殿も認めざるを得なかった」

「・・・お母様以上・・・」

貴族家にとって婚姻外交は政治そのものだろう。ミリア叔母様も凄い人なんだなあ。

「だから、お前も今のお前のまま突き進め。実力を身に付ければ誰もが認めるものだ」

こうやって私の背中を押してくれるお母様の顔は、誰もが恐れる貴族家ご当主様のものではなく、一人の母親のものだった。

私もこの人の力になりたい。この人が与えてくれる愛情に応えたいなあ。