作品タイトル不明
魔法というもの ⑤
立とうとしても立てず 身動(みじろ) ぎしているシカをじっと見る。
「・・・やっぱり、多いの?」
「まだ、森の浅い辺りですからね」
エゼリアさんを見上げると思案顔で頷いた。目を険しくしたお師様は、森の奥を見遣る。
「これだけバイコーンが多いとなると、バンダースナッチが南下して来かねんか」
「・・・バンダースナッチ?」
「一般的に“森オオカミ”と呼ばれる狼型の魔獣ですよ。群れで行動するので脅威度が高いのですが、本来の棲息域はウォーレス領よりもずっと北方ですね」
バンダースナッチって「不思議の国のアリス」に出てくる怪物だったよね?
200年ぐらい前にイギリスで書かれた小説だから、こっちの世界へイギリスから召喚された人も居たのかも。
こっちの世界ではオオカミみたいだけれど、「バンダースナッチ」って原作で明確な描写が無かった空想生物じゃなかったかな。
それを言っちゃったら、シカもヘビも、魔獣自体が空想生物なんだけれども。
「バイコーンも主要な棲息域は、バンダースナッチの棲息域よりも、ずっと北方ですよ」
「・・・シカの方が北なんだ?」
「主要な、ですよ。バイコーンは棲息域が広いですから、結構、どこにでも湧きます」
「そうなのよねえ。南部地域のバイコーンは小物しか出ないから問題視されていなかったけれど、ここまで数が多いとなると・・・ねえ?」
「ちょっと、笑えなくなってきましたね」
私は昨日の立派な牡ジカを思い出した。あれでも小物なのか。
「・・・北へ行くとシカも大きくなる?」
「そうですよ。北方に出るバイコーンは、ウォーレス領周辺に出る個体の倍ほども体格が有ります。角も、こう、木の枝みたいに枝分かれして大きく立派になりますし」
ディーナさんは頭の上で両手の手のひらを大きくパーの形に開いて見せた。
奈良公園のシカじゃなく、トナカイっぽいイメージになるのかな?
ちょっと待って。
2倍ってことは、シカの体長が4メートルも有るの?
軽ワンボックス車ぐらいの大きさのシカを想像する。
なんかもう、スケール感がおかしくなりそうだよ。
リテルダニア王国の北に有る黒龍山脈に近付くほど、魔獣は強く大きくなるんだっけ。
地球でも、過酷な環境に生きている個体の方が、動物の体格は良かった気がする。
「・・・バンダースナッチも大きい?」
「それなり? でしょうか。せいぜい3メテルぐらいですよ」
「・・・うぇぇ」
マジですか。
体長3メートルの狼?
それって、十分デカいじゃん。
平然と言っているけれど、こっちの世界の軍隊って、そんなのと日常的に戦っているの?
騎士団のイメージが、中世の欧州みたいな軍隊から特撮怪獣モノの防衛軍に変わりそうだよ。
デカい上に群れる生態の肉食獣は厄介そうだなあ。
「・・・それが南下してくる?」
「個体で見れば、立派な成獣に育てばバイコーンの方が強いのですが、バンダースナッチはバイコーンの仔を捕食しますから」
「・・・仔が居る群れを追ってくるってことか。そう言えば、仔ジカの足跡を見付けたことが有った」
私とエゼリアさんの遣り取りを聞いていたお婆様が頬に手を当てて思案する。
「バイコーンの群れに仔が居るのね。早めに間引きした方が良いかも知れないわ」
「出兵せねばならんというのに面倒な」
お師様は顔を顰めた。
「しかし、親父様たちまでレティアを空けるのは危険では?」
「先ずは状況の把握に努めるべきでしょう」
エゼリアさんたちの意見にお師様も頷く。
「そうだな。間引きにまで兵を割かずに済むなら、その方が良い」
「私が行くわよ。あの子たちも少し鍛えてあげたいし、フィオレちゃんの罠が有効なのは証明されているのだから、罠を用いればそれほど危険は無いでしょう」
周囲の警戒に当たっているピーシーズをチラリと見て微笑むけれど、お婆様の目には獲物を見定めた肉食獣のような光が有って、ちっとも笑っていない。
おおっ? お婆様がみんなを指導するの?
これは願っても無いチャンスだよ!
「・・・はいっ!」
「どうしたの? フィオレちゃん」
シュッと手を挙げると、お婆様は首を傾げて私を見下ろした。
私もお婆様の目をしっかりと見る。
「・・・私もお願いします!」
「あら。フィオレちゃんも鍛えて欲しいのね?」
「・・・ダメ?」
「良いのかしら?」
ワナを仕掛けるなら、ワナの指導も兼ねて同行した方が捗るよ?
私が首を傾げたら、笑い目になったお婆様も首を傾げてお師様を見た。
弟子を取っちゃって良いの? ってことかな?
いや、教育方針の違い、って意味かな。
「まだ早い、と言いたいところだが、おふ―――、お母様の教え方は実績が有るからな」
また「お袋殿」って言い掛けたよね?
お婆様にジロリと睨まれたら、お師様が言い直した。
家では両親をパパママって呼んでいるのに、外ではお父さんお母さんって呼び方を変えている思春期の子供みたいだよね。
放任主義で好き勝手を許しているように見えて、お母様は無茶や無謀は許さない教え方だからね。
お婆様は、多少は危険が有っても指南役がお手本を見せて体験させれば大丈夫、って教え方なのかな?
山本五十六方式だ。