作品タイトル不明
魔法というもの ④
「・・・お師様」
「何だ?」
これは授業だ、と思ったから、「お母様」ではなく「お師様」と呼んだら、お師様は小さく笑って目を細めた。
授業中は「先生」と呼べってルナリアが叱られてたからね。
それよりも、だよ。
「・・・この毒、肌に付いたら、どうなるの?」
「皮膚からでも麻痺を受ける。全身へ毒が回る程では無いが、毒が付着した周辺の感覚が無くなる」
「・・・そう」
ふむふむ。肌に毒が付くと局所的に麻痺する、と。
傷口に入らなければ、使えそうだよね。ポーションは、めちゃめちゃ高価だって話だし。
「お前・・・。何を考えている?」
「・・・後で言うけど、この毒腺、貰っても良い?」
今はテレサたちの目も有るしね。
地球の知識に関わることだと察したのか、お師様は追求せずに頷いてくれる。
「構わんが、話を聞いてからでしか渡さんぞ」
「・・・うん。ちゃんと説明する」
「ヨシ」
お師様から手渡されたヘビの頭は、エゼリアさんの手でサイドバッグの上へとロープで括り付けられた。
動きが鈍ってきた体の傷口から零れる血をカップに受け止めたお師様は、躊躇いも見せずにカップの中身へと口を付ける。
こくり、こくりと、何度かに分けて嚥下して、興味深そうに頷く。
「ふむ。酒・・・、という程には感じないが、確かに体内の魔力が活性化しているな」
「私にも貸しなさいな」
「おう」
お婆様に手を差し出されて、お師様は再びヘビの傷口の前へしゃがみ込む。
こちらも躊躇わずカップに口を付けたお婆様は、首を傾げる。
「ただの血ね」
「やはり、自分の手で倒すことが必須か?」
「次は私も討伐に参加してみるわ」
「なら、私は手を出さないようにしてみよう」
お師様もお婆様も楽しそうに話している。
フィールドワークに出た学者さん的な反応なのかな?
さすが母娘、というか、すごく物事に対する反応がそっくりだよね。
ロープみたいに丸く纏めて縛られたヘビの体がディーナさんたちの手で担ぎ上げられて、荷馬車へと運ばれて行った。
あのヘビ、高級食材で蛇革も高く売れるんだっけ。
お母様とお婆様が考察を交わしている様子を興味深く眺めていると、苦笑しながら私の傍まで来たアンリカさんが、地面を転がって服に付いた枯れ葉を叩き落としてくれる。
「よく似ていらっしゃるでしょう? シェリア様はフレイア様のお師匠様ですからね。私たちも、しごかれました」
私の髪の間に引っ掛かっていた枯れ葉を摘まんで抜き取りながら、遠い目をする。
「シェリア様は、王妃殿下の教師役も務めていらっしゃったんですよ。ルナリア様のお婆様であるセリーナ様もですけどね」
「・・・王妃殿下って、テレサのお母様?」
「ええ。シェリア様とセリーナ様もまた、剣も魔法術式も一流のお方です」
そうなのか。道理で先生っぽいわけだ。お婆様たちも凄い人なんだね。
「・・・お師様が留守の間、お婆様から教われる?」
「ご自分でお願いしてみると良いでしょう。喜ばれますよ」
アンリカさんも嬉しそうに笑う。
私はコクリと頷いた。
王妃様の先生って聞いたら近付きがたいというか、とてつもなく偉い人なんだと身構えてしまいそうになるけど、テレサとルナリアも 再従姉妹(はとこ) なんだから今さらか。
ウォーレス家系と王家の近さに驚く部分も有るけど、お師様の時点で王様直属の偉い人だし、本当に今さらだった。
「・・・そうしてみる。ありがとう」
松の大木に着いて罠の確認を始めた私たちは、すぐに人垣を作る羽目になった。
片側の後ろ脚を高く吊り上げられて「アハーン」のポーズで地面に横たわり荒い息遣いで威嚇している雌ジカを見下ろして、腕組みをしたお師様たちは難しい顔をしている。
特にお婆様は深刻そうに目を鋭くしている。
「いくら何でも、多すぎる気がするわね」
「昨日は4頭だったな」
連日の猟の成果に疑念を提起したお婆様に、お師様も頷いている。
まだワナを確認して回っている段階でそれぞれの獲物を絞めてはいないけれど、今日はこの雌ジカで3頭目だよ。
半分のワナが未確認だから、残りのワナにも獲物が掛かっている可能性は高そうかな。
マキアナさんとレーテさんが傍に付いてシカが暴れても脚が届かない距離は取っているものの、テレサとルナリアは二人並んでシカの近くにしゃがみ込んで、チッチッチ、と舌を鳴らして手のひらを差し伸べている。
ワナに掛かって怒っているのだから、犬や猫でも「お手」はしてくれないと思うよ?
ヒヤヒヤしている騎士様たちはテレサたちを取り巻いていて、万が一に備えてシカの動きに目を光らせている。騎士様たちの間に交じった猟師さんというか、兼業のお肉屋さんたちはワナの作りを観察しながら、あれやこれやと意見を交わしている。
ククリ罠って一般的じゃないのかな? 後で猟師さんたちの話を聞いてみよう。