作品タイトル不明
魔法というもの ③
「・・・上っ!! お母様!」
反射的に大声が出た。
物が落ちてくる速度というのは、速い。
10メートルや15メートルの高さから落ちてくるものが地面に到達するまで、所要時間は2秒も無い。
ざっくり言って、10メートルで3階建て、15メートルで5階建てのビルの高さだよ。
幸いだったのは、巨体を一気に浮かべるのに、一旦、上方へ飛び上がったから滞空時間が延びたことだろうか。
「チッ!」
私の声に反応してハッと仰ぎ見たお母様は、抜き放った剣で頭上を一閃した。
ドスン! と重たい音が森に響いて、シンと静まった後、ワッと騒がしくなる。
「バジリスクだ!」
「落ち着け! すでに、フレイア様が斬った!」
「抑え込め!」
馬の陰に隠れて見えないけれど、殺気立ったエゼリアさんたちの大声が聞こえてくる。
しっかりと訓練されている軍馬たちは騒ぎになっても恐慌に陥ったりしないし、前を進んでいた馬が脚を止めたら手綱を引かれなくても脚を止めている。
居ても立っても居られなかった私は、思い切って鞍の上から飛び降りた。
「フィオレ!?」
自分の身長よりも高い1.5メートルもの高さから飛び降りた私は、運動エネルギーが加わった自分の体重を脚力で支えきることが出来ずに、落ち葉が積もった地面をコロコロと転がってから、ガバッと身を起こして走り出す。
「・・・お母様! お婆様!」
細い木々の林にも見える馬たちの脚の間を数メートル駆けると、先頭の馬上から、お婆様がひらりと降りてきたのが見えた。
「まあ! フィオレちゃん、助かったわ!」
ぶつかるように両腕を広げたお婆様に抱き留められて、馬たちの脚の合間から周りを見回すと、馬たちの反対側で、とうに馬から降りているお母様が足元にしゃがみ込んでいるのが見える。
「おう。フィオレ、よく気付いたな」
肩越しに私を返り見たお母様が、ふっと笑う。
良かった・・・。誰も怪我は無さそう。
お婆様に肩を抱かれて、馬たちの前を回ってお母様の傍へ行く。
馬の後ろを回っちゃダメなんだってさ。
馬は臆病な動物だから訓練された軍馬でも、馬から視認し辛い後ろをウロウロすると蹴っ飛ばされることが有るんだって。
「・・・デカい」
スッパリと首をチョンパされて転がっているヘビの頭には、額から1本の触角が生えていて、触角は力無く萎れている。
私の寝込みを襲って干し肉になったヘビよりも頭が一回りは大きいよ。
どう少なめに目算しても長さが10メートルを超えている、首を失った体の方は、うねうねと波打っているのをエゼリアさんたちの剣や槍で抑え付けられていて、自由になる尻尾の先っぽだけが、ビタン、ビタン、と地面を打っている。
「あっ。フィオレ様!」
「ありがとうございます!」
「助かりました!」
「・・・うん」
イイ顔で笑っているディーナさんたちに頷いて返す。
このヘビ、10メートル以上も上空の枝から降ってくるから、居ても見付けにくいんだよ。
蛇革の色も木の色とよく似た暗い茶色と深緑色のまだらで、パッと見では木の枝と見分け辛いし。
アマゾンのジャングルに居るアナコンダもそうなんだっけ? 視界外から襲ってくる。
日本のアオダイショウなんかもそうだったね。
アオダイショウには私も山で遭遇したことが有って、そのときも、私を狙ったわけでは無かったのだろうけど頭の上から降ってきた。
「カップは有るか?」
「お待ち下さい」
お母様からの問いにエゼリアさんがアンリカさんとアイコンタクトすると、アンリカさんが頷いて、ヘビの体を抑え込む作業をアンリカさんたちに任せたエゼリアさんは、馬の背に載せられているサイドバッグに取り付いた。
「どうぞ」
「おう。―――フィオレ」
「・・・はい」
エゼリアさんの手から金属製のマグカップを受け取ったお母様に呼ばれて歩み寄る。
「バジリスクだ。一般的には“触角ヘビ”と呼ばれているが、非常に強力な毒を持って居ることは知っているな?」
正式名称は「バジリスク」だって前にルナリアに教えて貰ったね。
地球では「ヘビの王様」って意味の魔物だっけ。
王冠を被ったヘビと伝わっていたはずだけれど、頭に生えているのは王冠じゃなく触角だったね。
今朝、魔石を使った牡ジカも正式名称は「バイコーン」だと教えて貰ったけれど、地球では「ユニコーン」みたいな馬の魔物だと伝わっているはずなのに、実物を見たらシカだった。
「・・・ルナリアから聞いた」
「前に倒した個体の頭部は埋めたらしいな」
「・・・うん」
「それで正解だ」
コクリと頷いた私に、お母様は、むんずと掴み上げたヘビの口を開いて見せる。
「この毒牙の根元、上顎の中に毒腺を持っていて、噛まれると痺れて心臓まで止まる」
「・・・やっぱり、神経毒」
「そうだ。この毒が、また危険でな。毒の臭いを嗅いだだけでも麻痺を受ける」
「・・・うん」
「暗殺や誘拐に使われることも有るから、そのうちで構わんが毒の臭いは覚えておけ」
毒の臭い・・・?
気化性なのかな?
気化ガスの神経毒?
それって・・・。
私の目が、5センチメートルも長さが有るストロー状の毒牙に釘付けになる。