作品タイトル不明
覚悟と決意 ⑭ ※アリアナ面
「―――うーん・・・」
額に触れた冷たい物の感触に、私は瞼を開きました。
「・・・起きた?」
「フィオレ様・・・?」
自分の額に手を伸ばすと、しっとりと濡れた冷たい物に指先が触れました。
これは・・・水で絞った布ですか。
広場の端に私は寝かされていて、冷たい布を私の額に乗せてくださったのはフィオレ様のようですね。
情けない・・・。
頭が冷めてみれば、自己嫌悪を覚えます。
ディーナ様に叱られた通り、フィオレ様を侮った私は自分から挑んでおいて、逃げ出した上で返り討ちに遭ったのでしたね。
「・・・問題なさそう?」
「はい」
零れ落ちそうになる溜息を堪えて体を起こすと、私の隣には、まだ2人が目を回してひっくり返っています。
確か、この子たちは、オーリアとアイシアと言いましたか。
私たちの中では年齢が低い方で、防御も回避もしきれなかったのかも知れませんね。
周りを見回せば、私たちの他には誰の姿も有りません。
「あの・・・。皆様は?」
「・・・先に厩舎の中へ行ってる」
「そうですか」
置いて行かれたわけでは無かったのですね。
安堵に小さく息を吐きます。
私の傍で、ぺたんと座り込んでいるフィオレ様は、真っ直ぐに私を見ておられます。
見れば見るほど小さな少女で、こんなに小さな子に私は負けたのか、と凹みます。
「・・・アリアナさんだよね?」
「アリアナ、と、お呼びください」
「・・・ううん。アリアナさんで」
フィオレ様は首を振られました。
私の方が年上ですから、年齢の差を気にされているのでしょうか。
私はフィオレ様と向かい合って座り直し、居住まいを正しました。
「私はフィオレ様にお仕えするのです。それでは示しが付きません」
「・・・他の人が何と言っても、どうでも良いんじゃないかな。私はお願いする側だし、私は、私がそう呼ぶべきと思う呼び方をするよ」
なかなかに頑なな方のようですね。
じっと私の目を見たままの瞳から、確固たる意思が感じ取れます。
私はこの方が抱いておられる覚悟を見誤っていたのですね。
それにしても・・・。
「お願い・・・ですか?」
「・・・私ね、テレサとルナリアを守りたいんだよ」
「殿下もですか・・・?」
「・・・お母様も守りたいし、お婆様も、お爺様も、エゼリアさんたちも、ハロルド様も、ハインズ様も、ワールターさんも、アリアナさんたちも、ウォーレスに居る、私にとって大切な人たちを、みんな守りたいんだ」
真っ直ぐな眼差しに、フィオレ様の本気が伺える。
「私たちも・・・?」
「・・・うん。でも、未熟な私が一人で守れるものなんて、何も無いんだよね」
あれだけの術式を操っても、この方は驕るのではなく、まだ足りないと考えるのですね。
苦笑を浮かべるフィオレ様の気持ちは私にも理解できる気がします。
私も姉様の力になりたいし、父様の力にも、母様の力にもなりたかったのです。
ですが、子供だった私に出来ることなど殆ど無く、今回の召集が掛かって、ようやくお力になれると勢い込んでレティアへやって来たのですから。
しかも、出だしから5歳の少女に挑んで負ける始末・・・。
私は首を振りました。
「私とて、まだまだ未熟者です」
「・・・同じなんだよ。私たち、みんな」
クスリと小さく笑ったフィオレ様は、首を振り返されます。
オーリアとアイシアも目を覚ましている様子で、身動ぎした気配が有りました。
「みんな、とは?」
「・・・私も、ルナリアも、テレサも、アリアナさんたちも。お母様たちだって、たぶん、そう思ってる」
フィオレ様は、小さな拳をキュッと握りしめて居られます。
ウォーレスでは珍しい宝石のような薄紫色の瞳には、揺るぎない決意の光がありました。
「・・・私は、みんなを守れる力が欲しいし、その力を手に入れるためなら、どんな苦労も厭わないし、どんな手を使うことだって躊躇わない。その気持ちって、アリアナさんたちも同じじゃないのかな?」
「そうですね。確かに、その通りです」
「・・・エゼリアさんたちにはお母様の傍に居て欲しいし、私とアリアナさんたちは同じ志を持つ同志だから、私はアリアナさんたちにお願いするんだよ」
「「「―――!」」」
「・・・みんな、どうか私に力を貸して欲しい」
私と膝を突き合わせて座っているフィオレ様は、私に向かって右手を差し出されました。
同志・・・。
同志ですか。
参りましたね。
自分の口元が緩んでいることを自覚してしまいました。
フレイア様の召集を耳にした時よりも胸が躍っています。
誰ですか。気に入らない、なんて思っていたのは。
しっかりとフィオレ様の手を握り返しました。
「非才の身ですが、私ごときの力であれば、ご存分にお使いください」
「私も!」
「私もです!」
バッと身を起こしたオーリアとアイシアも、繋いだ私たちの手の上に手を重ねます。
「・・・よろしくね。みんな、一緒に強くなろう」
「「「はっ」」」
屈託無く私たちに笑い返してくださるフィオレ様の笑顔は、本当に愛らしいものでした。