作品タイトル不明
ウォーレス領強化計画 ④ ※アンサンブルキャスト面
“バイコーン”とは、比較的、“魔の森”の浅い領域まで出てくる鹿型の魔獣だ。
夜行性で性質が大人しい部類ではあるが、魔獣は魔獣だ。雑食性で繁殖期や越冬期には人間を襲って食うこともままある。
遙か北方の黒龍山脈に近付けば近付くほど棲息する魔獣が強くなる“魔の森”では脅威度が低い方だが、侵略思想を持つ人間の方が余程厄介な南部国境地域では、十分に脅威となり得る魔獣だ。
何せ、対・人間と対・魔獣では、戦い方から装備まで、何から何まで違うのだから。
”魔の森”の畔で生きてきたウォーレス領の領民でさえも、毎年、何人かがバイコーンの被害に遭う。
そんな魔獣が至近をうろつく危険な環境で、たった一人で半年間も生き抜いたのだから、あの小さな娘と来たら。
それが、当のフィオレは魔獣を食糧としか見ていないらしい。
「胆力か」
そう言えば、フィオレはマルキオを恐れる様子も無かったな、と、思い当たる。
自らの命を繋ぐため敵や獲物の命を奪う行為にも躊躇いや恐れを持たない。
己が目指すものに対して血や泥に塗れて無様に足掻くことも厭わない。
そこまでの姿勢は、エゼリアたちだけでなく、フレイアやマルキオにも共通するものだ。
だが、フィオレは更に、得たものや与えられたものに甘えず、その先を見据えて淡々と備えようとする堅実さを持っている。
自身が持つ罠の技術や猟の成果を褒められ持ち上げられても、照れくさそうにするだけで驕らず、必要以上に知識をひけらかすこともなく、周囲の反応を確かめながら判断する慎重さが有る。
四六時中、ルナリアと共に起居していながら、ルナリアたちが眠った後の時間を使って与えられた教材で学び、ほんの3日間ほどでこちらの世界の文字を習得したらしく、一枚の紙が真っ黒になるまで文字を書く練習をしたかと思えば、今度は地図や図鑑や歴史書を求めては読み漁っていることも報告を受けている。
それらは 偏(ひとえ) に、フィオレの勤勉さと賢明さ、そして、実直さを表している。
マルキオやエゼリアたちには伝えていないが、チキュウ世界での人生経験を差し引いたとしても、過酷な環境を生き抜いたフィオレ自身が備えている資質だと言えよう。
「道理でお前たちが気に入るわけだ」
「それはフレイア様もでは?」
「そうかも知れんな」
いや、確かにそうだ、と、苦笑する。
最初に驚いたのは“魔の森”でルナリアを発見したときだった。
ルナリアは頭の良い子だ。
10歳も年が離れた兄のマークスとの会話に付いていこうと懸命に文字を覚え、小難しい座学を嫌がることもなく、ようやくマークスとの会話が噛み合うようになってきた頃にマークスが失踪した。
ルナリアの落ち込み様は酷いもので、兄の失踪に続いて母のレオノーラが他界したことで、生来の人懐っこさが影を潜めて気丈に振る舞うようになった。
あまりの痛々しさにフレイアがルナリアを弟子とすることを受け入れたのはその頃だった。
例え主家で有ってもピーシス家一党の秘術である“紅蓮”を門外へ伝えることを良しとしないマルキオは、当然ながらルナリアの弟子入りに良い顔をしなかったが、フレイアは心を壊していくルナリアを傍観していられなかったのだ。
利発で己の立場を理解しているルナリアは、幼いながらにウォーレスの血族として強く正しく有ろうとし、「気性が激しく傲慢」などと評価されがちで、同世代の子供の中に混ぜても悪目立ちして浮いている子供になった。
ルナリアにも周囲に馴染めていない自覚が有った様子で、周りを無理に従わせようとするわけでもなく、かと言って誰かと仲良くするために媚びることもなく、同世代とは距離を置くようになっていた。
コーニッツとムーアに嵌められて暗殺されそうになったのは、そんな時だった。
ルナリアは、ハロルドにとってもフレイアにとっても大切な子供だ。
ハロルドにとっては手元に残った最後の子供であり、亡くなった妻のレオノーラと生き写しのルナリアは目の中に入れても痛くない愛娘だ。
自分の子供を生むことを諦めているフレイアにとってもルナリアは、自身が姉のように慕っていた従姉妹のレオノーラが遺した忘れ形見なのだ。
ルナリアの失踪が判明した後は、ハロルドもフレイアも冷静で在り続けるために多大な苦労をしたし、無事にルナリアを取り戻せて膝から崩れ落ちそうになった。
腹を空かせてはいないだろうか、泣いてはいないだろうか、怪我を負わされてはいないだろうか、生きていてくれるだろうか、と、ハロルドやフレイアは心配に心配を重ねていたというのに、この手の中に取り戻したルナリアは、自分の身よりも先にフィオレの身を案じるほどに、べったりとフィオレに懐いていた。
“魔の森”での数日間をどう過ごしていたのかと聞けば、フィオレに助け出された後も飢えることは無く、夜の寒さに震えることもなく、フィオレから「物理法則」だったか「科学」だったかの手解きを受けたことで魔法術式に対する理解を深め、暗殺部隊を返り討ちにするほど格段の成長を遂げていた。
フィオレから聞いた話では、森に居たときのルナリアは、ただの一度も我が儘を言わず、黙々と無詠唱発動や魔石利用の練習をしたり罠の作り方を学んで大喜びしたりと、のびのび過ごしていたらしい。
フィオレという自分と同年代に見えて自分よりも強く聡い子供との衝撃的な出逢いを得たせいか、初めて触れる技術を覚えたせいか、型に囚われず、新しいものに挑戦しようとする姿勢が鮮明になっている。
フィオレの存在がルナリアに生来の天真爛漫さを取り戻させ、大きく変えたのだ。
フィオレはフィオレで、生まれ変わりというヤツか、持っている記憶はフレイアよりも年上だと言うくせに、チキュウ世界の技術や知識を持っている他は、どこからどう見ても身体の年齢相応の子供で、年上という話が嘘なのでは無いかと疑うほどだ。
人と話すのが苦手というわりには、よく喋るし、控え目なのかと思えばズケズケと踏み込むし、振れ幅が大きくて次の行動が読めないときがある。
今日のことだって、殿下たちと3人揃って倒れたと聞いたときは何事かと驚かされたが、よくよく事情を聞いてみれば誰も予想しなかった事態と殿下たちの暴走が重なっただけで、フィオレ自身は何の問題も起こして居らず、悪意の有無どころか、結果としては想定外の良い結果を引き当てている。
心が大人だと考えるから違和感を覚えるので有って、子供のすることだと考えれば何の違和感も無くなる。
謙虚な性質のフィオレが失敗を省みて次に活かそうとするなら、そのうち常識を学んで落ち着くことだろう。
むしろ、フレイアとしては、チキュウ世界の知識とこちらの世界の 理(ことわり) が噛み合ったときに何が起こるのか、フィオレが何を成すのか、心配よりも、そちらの方の興味が強い。
そこまで考えて、フレイアは自分が苦笑では無く笑みを浮かべていることに気付いた。
「ああ、なるほど。私は楽しいのか」
気付いてしまえば、答えは腹の中にストンと落ちた。
「どうやら私は、本当に気に入っているらしい」
「そのようですね」
柔らかく笑うフレイアを見上げて、エゼリアも笑う。
フィオレと出逢って以降、フレイアもルナリアも笑うことが増えたのだ。
フレイアの側近としては喜ばしい状況なのだが、エゼリアは胸中で首を傾げる。
フィオレをレティアへ連れ帰ってからというもの、フレイアはレティア内に持つ自分の屋敷へ一度も帰っていないし、ピーシス家の領地へも帰っていない。
そろそろ領地で待つ“お袋様”が押し掛けて来そうだが、指摘しておくべきだろうか。
耳が早い“お袋様”のことだからフィオレの件はすでに聞きつけているだろうし、連れ帰ってこないと判断すればご自分から攻めて来るに決まっている。
何せ、フレイアの行動力のお手本になったのは“お袋様”なのだから、間違いなく来る。
下手をすればミリア様まで押し掛けて来そうな気がして、エゼリアは考えるのを止めた。
出陣が近い現状でフレイアが領地へ帰ることなど無いだろうし、なんだかんだと忙しいのに賑やかになりそうだと溜息が漏れそうになる。
心情が表情に出ないようにしながら笑って手を振るエゼリアの前を、苦しそうな表情になってきた子供たちが4周目に突入して行った。