作品タイトル不明
血のチカラ ⑬ ※アンサンブルキャスト面
領主執務室で書類と格闘していたハロルドとフレイアは、予定よりも早い時間なのに帰還報告に現れたメイド姿の配下の前で、珍しくも呆けた顔を見せている。
「は? 血を飲んで倒れた?」
「三人ともか? マキアナ、何が有った」
ハロルドたちの補佐をしていたワールターも、珍しく呆れた心情を表に出している。
前領主2人に加えてピーシス家が誇る精鋭8人が付いていながら、護衛対象3人が3人とも体調に異状を来たして昏倒し、慌てて連れ帰ってきたという。
そのくせ、報告を上げている配下に切羽詰まった危機感は無く、緊急性が感じられない。
赤み掛かった金色のショートカットボブの女性騎士は、淡々と説明を続ける。
このマキアナは、フレイア直属の中ではディーナに次ぐ脳筋だから少々の事態では動じない女だが、刃物に対する執着がいくらか強すぎる他は、まともで真面目な方なのだ。
ざっと聞いた概要から最初に思い浮かぶのは毒物を盛られた可能性だが、それは無いと言うし、同じものを口にしたエゼリアたちはピンピンしていると言うし、状況が見えない。
何をやっているんだ! と、怒りを覚えはするが、マルキオやエゼリアが付いていて、毒物の使用を見落とすわけが無いと納得している部分も有る。
「魔力酔いではないかと。今のところ、命に関わる様子は有りません」
ピクリとフレイアの柳眉が動いた。
「魔力酔いだと?」
「フレイア。魔力酔いとは何だ?」
「ふむ・・・。成長期の子供に症例がいくつか有ったはずだが、本当に魔力酔いであれば命に関わるようなものではないな。確か・・・身体の許容量を超える体内魔力の飽和や保有量の急激な増加が起こった場合に、酒酔いに似た酩酊状態になることがある、だったか」
目を伏せて顎先を指先でなぞる、この仕草は考え事をするときのフレイアの癖だ。
純然たる騎士タイプで魔法術式に深い知識が無いハロルドに聞き覚えが無いのも当然だろう。
魔法術式に関するあらゆる文献を読み漁ったフレイアですら、記憶を探らないと出て来ない程度のものなのだから。
「命の危険は無いのだな?」
「文献の記述上ではな。回復系術式に関するものだったと記憶している。あれは、王宮の閉架書庫で目にした統一国家時代のものだったか」
「本当に魔力酔いであれば、か・・・。マキアナ、誰の見立てだ?」
「親父様が、そう仰っておられました」
「マルキオ殿が言うなら、確度は高いな」
マキアナから即答が返り、ハロルドは緊張を解く。
フレイアの師であるマルキオもまた、魔法術式に造詣が深い。
一先ず、大事には至らなそうだ。
“保守派”の中でも筆頭格と目される貴族家で在りながら王女殿下の身を守れなかったと有っては、ウォーレス家の沽券に関わる。
フレイアが、手にしていた書類を、ハロルドの前に積まれた書類の山へと載せる。
「その親父殿と御大は何処へ行った?」
「エゼリア様の判断でお嬢様方をルナリア様のお部屋へ運ばせることになりましたので、指示を発せられた後、そのままお嬢様方に付いて行かれました」
「フレイア」
ハロルドが声を掛けたときには、すでにフレイアは腰を上げていた。
「分かっている。王家への説明も必要だろうから、見て来るとしよう」
「任せる」
フレイアの背中を見送ったハロルドは、また一枚増えた書類の山を切なげに見る。
書類というものは気を抜くと増える。
際限なく増える。
領内各地から上がってきている参陣予定者リストに、備蓄兵站放出品リストに、備蓄補充計画書に、軍馬の生産状況報告書に、出陣中の警備計画書に、農作物の収穫量報告書に、鉄鉱山の採掘量報告書に、コーニッツ・ムーア領からの流入人口状況報告書に、国境通過貨物の動向報告書に―――。
重要な情報を見落とせば、どんな危機に陥るか分からないので、一枚一枚、目を通して吟味して、早めに処置を指示しなければ、最終的に困るのはハロルド自身だ。
数日中には出陣を控えていて、無事に帰って来れば文字通りの山になっているであろう書類は、倒せるときに一枚でも多く倒しておかなければハロルドの方が倒されるのだ。
今日はフレイアが書類仕事を手伝ってくれたお陰で捗っていたというのに、救いの女神は去ってしまった。
次から次へと何なんだ・・・、と、こめかみを揉みながら溜息を吐くハロルドを横目に、ワールターは主人の心労を労うべくお茶を淹れ始めた。